複製品の哲学
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僅かに触れた、唇。
ほんの少しの潤いだった、唾液からそれを採取した。


そして、神の司る領域、
命の奇跡を無視して、彼は生まれた。

そして、その彼を生み出した、もう一人の男もまた、
人間の、複製品だった。


麦わらの海賊団の 「サンジ」
そして、「ロロノア・ゾロ。」、を知る者がこの島にやってきて、

二人の複製品を見たら、間違いなくそう言うだろう。

何故なら、S−1は、もう一人の「サンジ」で、
R−1は、もう一人の「ロロノア・ゾロ」だからだ。

ただ、オリジナルに限りなく近い、
人間の複製に関して狂気に近い熱意を持ち、その結果、
彼を作った優秀な科学者によって作られた R−1とは違い、

まだ、未熟な技術で作られた 
「サンジ」の複製人間である、S−1は、ほんの少し、
欠陥があった。


「サンジの知能ってどうなんだ。」とまだ、
培養液の中で、赤ん坊の姿だった時、そのデータが失われていた事に
R−1は気がついた。

もう一度、遺伝子からその数値をなんとか割り出した。
けれど、ふと、不安に駈られる。


R−1この島から出たことがない。

つまり、人生経験が全くない。
博士が採取した、ロロノア・ゾロの情報しかないのに、

今現在の「サンジ」の遺伝子に含まれた情報から割り出した知能をそのままに
複製化してしまうと、

「随分、扱いにくくなりそうだ。」と考えた。

だから、少しその数値を変えた。

自分とゾロは違う。
だから、サンジも、S−1も違う人格であって良い筈だ、と
自分の後ろ暗さを払拭する理屈で、自分を納得させた。

自分の我侭で、S−1をこの、誰もいない島に誕生させたのだから、
この島の中で、守り、育てなければ。
それがR−1の生きる目的になった。

喜怒哀楽が激しく、直情的で、時に素直で、時に我侭で、
自由で、自分勝手かと思えば、

時折、麻薬のように、気まぐれに優しくて、
毎日、毎日、R−1は、S−1に振り回された。
けれど、それがとても幸せで、楽しかった。

オリジナルの、ゾロとサンジが知らない事を、R−1だけが知っている。

二人は遺伝子レベルで惹かれ逢うのだ。
運命がどれほど過酷であろうとも、
二人がお互いを想い、惹かれ逢う事を遮えぎれない。

例え、それを彼らの人格が望んでも どうしようもない事だ、と。

誰にも、何者にも、本人達でさえも、
「ゾロ」と「サンジ」を引き裂く事は決して出来ない。

R−1は ある数値で、それを知っている。
だから、迷いも戸惑いもなく、まっすぐに S−1だけを愛せる。

オリジナルの二人がそれに気づくには、まだまだ 長い時間と、
数々の困難を越えて、積み上げて行く経験が必要だった。


「なあ、R−1」、

とある晴れた日、S−1が作った弁当を持って
もう、鉄屑を全部取り去った、島の奥にある泉まで散歩に出掛けた。

S−1は、生まれたままの姿で体を水に浸す。

ひとしきり、楽しそうにそこで泳いでから、ふと、思い付いたように
じっと、自分の姿をただ、にこやかに見守っていたR−1に声を掛けた。

「なんだ。」とR−1はすぐに反応する。

「ここが世界の全部じゃないんだろ?」
「R−1だけが人間じゃないんだろ?」



つい、1ヶ月ほど前から、S−1は字を覚え、それから
ものすごい勢いで この島に残っていた膨大な書物を読み始めていた。

一旦、回り始めた脳は、まるで乾いた土が水を吸い込むように、
どんどん、知識を吸い込んで行く。

最初はわからない事をいちいち R−1に尋ねていたが、
やはり、負けず嫌いの遺伝子が作用するのか、

自分で調べ、気がつくと、R−1でさえ、読んだ事もない
難解な医学書や、この島の先住者の残した資料まで、
理解しかけていた。

そうなると、R−1では判らない機械を直したり、設計図を見て
一人で作ったり、

とにかく、知的好奇心が旺盛で、それを全て身につける事が出来るほど、
S−1は、R−1が予想していたより、はるかに 知能指数が高いようだった。

だから、外界へ興味を持つのは当然の事だった。

「そうだが。」

R−1は答えに詰った。
この島から出ては行けない、と言う、自分を作った科学者の遺言がある。
もしも、

自分達が余所の島で暮らして、人目につけば
オリジナルに少なからず、迷惑をかけて、混乱を招く。
それに、自分達自身、予想もしない事態に陥ってしまうかもしれない。

人間が、人間を複製化する。
そんな技術が世に存在する事を証明してしまう事になったら、

こんな風にS−1だけを見て、S−1の事だけ考える、
穏やかな暮らしなど 出来なくなってしまうだろう。

「ここの生活は不服か?」と やんわり、
外を見たがっているS−1を戒めるような口調を滲ませて
R−1は尋ねた。

「退屈だ。」とS−1は、底の浅いところまで来て
そこでしゃがみこんだ。

「R−1は退屈じゃねえか。」と今度はS−1が逆にR−1に質問する。

「お前がいるからな。」と ここに誰か部外者がいたら
呆れて、苦笑いするような事を R−1はさらりと言う。

「俺は退屈だ。もっと、色んなモノを見たり、聞いたり、食べたり、」
「色んな人と喋ったりしてえ。」


惹かれ逢うだけでなく、
(結局、"ロロノア・ゾロ"の遺伝子は、"サンジ"の望みを
叶えてやろうとするらしい)と自覚しながら、

R−1は、近隣の島へ向かう準備を整える。

「これも積む。これも。これも。」とS−1は 積載量を考えず、
どんどん、と自分の身の回りの物や、食べ物を持って来る。

「そんなに遠出しないからダメだ。」と R−1は
必要な物、そうでないものを手早く分けてしまう。

「1週間航海して、島に着けなかったらもう、こんな我侭」
「2度と聞かないからな。」

と、R−1は機嫌の良くない口調で言いながら 黙々と作業を続ける。
複製品として戒められている事項を破った、

「約束」を破った事に対する苛立ちだと、R−1は自覚できず、
ただ、意味不明に機嫌が悪い。

けれど、S−1は一瞬で 無邪気に R−1の機嫌を直す。
ただ、ニコニコして、側にしゃがみ、作業を手伝う、

それだけの事で なんとなく、不可解な苛つきが薄らいで行くのだ。

「一杯冒険出来たらいいなあ、な、R−1。」と 本当に嬉しそうなS−1の
横顔をR−1はチラリと見た。


確かに、S−1が喜んで、楽しげにしている様子を見るのは楽しい。
けれど、

一緒に唐突に 
(なんか、しなくていい苦労をしなきゃならねえかも)と言う
未来予測も同時に浮かんだ。

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