R−1が病室に戻ると、S−1の髪が綺麗に三つ編みにされて、
胸の前に垂れていた。
「看護婦さんにやってもらったんだ。」と久しぶりに嬉しそうな、
ベッドの上で、S−1らしい無邪気な笑顔がR−1を迎える。
その笑顔に釣られて、R−1も自然に笑みが零れた。
「俺、女の人って初めて見たけど、」
「話してるだけで凄く楽しくなるんだな。」
「でも、熱が高いから眠らなきゃダメだし、仕事の邪魔になるからって、」
「怒られちまった。」
それを聞いて、R−1は苦笑いしながらも、
ここ数日、ケスチアが発症する前も、元気のなかったS−1の機嫌が
治ったようだ、と安心する。
だが、少し目を離した隙に、さっそく、看護婦に懐いているのを見ると、
(やっぱり、遺伝子を少し、イジッたくらいじゃ女好きはどうにもできねえか。)と
サンジの"女好き"も、遺伝子の為せる技だったのか、と呆れた。
「腹は?」減ってないか、とR−1が
「リンゴを食べた。」とS−1は嬉しげに答える。
「美味かった、すりおろしたヤツ。」とニコニコしている。
あれだけ、自分が気を配ったつもりなのに、初対面の看護婦ごときに
リンゴを食べさせてもらったくらいで、こんなに機嫌が良くなるなんて、
なんだか、嬉しいような、腹が立つような、
複雑な気分ながら、
「良かったな、」と適当に相槌を打った。
病院のガウンを素肌に着せられたS-1に、R-1はパジャマを
手渡し、
「着替え買って来たから、着替えろ。」
「10日くらいはここで大人しくしてなきゃダメだそうだ。」と
S-1をゆっくりと起こした。
背中に回した手に感じるs-1の体温は、まだ、まだ、高い。
ちょうど、S-1がガウンを脱いで、上半身の素肌を晒した所へ、
「邪魔するぜ。」とノックもされずに、いきなりドアが開いた。
エースは、ドアを開いて、部屋へ入ろうと何気なく、顔を上げた。
すぐに、ゾロと同じ顔の向こうに、
髪の長い「サンジ」がいた。
瞬きも、呼吸も忘れるほどの衝撃を受けて、エースはその場に立ち竦む。
突然、不躾に入って来たエースに向かって、一瞬驚き、
すぐに 不振な顔つき、警戒を露骨に見せるS-1の険しい表情は、
口に煙草を咥えていないだけで、そこにサンジがいるとしか
思えないほど、サンジに瓜二つだった。
ゾロと、R-1が似ているというか、同じ顔をしているのを見て、
確かに驚いたけれど、今、エースが感じた衝撃は、
まるきり別の物だ。
「や、やあ。」と思わず、声が上ずった。
「誰だ、あんた。」とR-1が説明するより先に、s-1が
エースに 無遠慮に尋ねる。
その肌を隠すように、R-1は買って来たばかりのパジャマを
S-1の肩に羽織らせた。
「あの人のおかげで、お前は助かったんだ。」とR-1が ざっと
エースについて、S-1に説明する。
(良く似た他人だ)とエースは自分自身に言い聞かせる。
が、心臓が勝手に 早く、強く、鼓動を打ち始めた。
「右目と左目が逆って言ってたよな。」
サンジも他人に対して、警戒心が強かったが、s-1も同じだった。
エースがにこやかに話し掛けても、なかなか態度を軟化させず、
答える言葉の一つ一つに 自分の領域に異物が入った不快感からの
敵意を感じさせる。
そんなところにも、サンジとの類似点を見出し、
エースの胸が苦しくなる。
サンジより、少しだけ紫がかった瞳。
きっと、左目があの、愛しい蒼なのだ。
触れたら手触りはきっと同じだろう、糸のように細い髪も少しだけトーンが違う。
(まるきり同じじゃなくて、良かった。)とエースは思う。
もしも、本当にまるきり同じ顔をしていたら、
この複製品のサンジにも、また、辛い目に遭わせてしまったかもしれない。
S-1も、R-1も、エースに対して なかなか警戒心を解こうとしないが、
それも当たり前だ。
ずっと、二人きりで生活していて、お互い以外の人間と接触していなかったのだから、
ある意味、
この二人の絆は、オリジナルの二人よりももっと、強固であるのかもしれない。
本能的に自分達の間に波風が立てる相手を悟っての警戒だとも言える。
「ま、時々、見舞いに来させてもらうぜ。」とエースは、
最後まで、一方的ににこやかに、賑やかに喋りつづけて、その日は帰った。
翌日。
看護婦がS-1を入浴させる、と言うのを聞いて、
R-1は 「投薬と治療は自分が出来るから、」と無理矢理、
退院することにした。
小さな病院だから、看護婦は2、3人しかいない。
その数少ない看護婦全員にS-1は ずっと ニコニコと愛想を振りまいていて、
R-1が側にいても、看護婦とばかり話していて、
(ムカついた)ので、エースから金を借りているにも関わらず、
R-1は人相の悪い男を路地裏に引き摺りこんで、
部屋を借りれるだけの金を巻き上げた。
R-1の医療技術と知識を知っている医者も無理には止めない。
「10日はここにいるって言ってたのに。」とS-1は R-1の
勝手なやり方に当然、怒った。
R-1がまだ覚えられない、看護婦の名前をもうキチンと覚えているし、
女好きだと判った以上、あまり、女性と接触させたくないので、
R-1も、意見を引っ込めない。
「病院は、色んなバイキンがうようよしてて、お前は今、」
「体がとても弱っているから、そんなバイキンに感染したら、」
「俺がどうしようも出来なくなっちまうくらい、酷い目にあうんだぞ。」と
「看護婦にうつつを抜かして、うっかり、看護部の方がお前にチョッカイかけたら、」
「どうしていいのかわからなくなる。」
「そうなる前に、ここを出るんだ、」と言う
言葉を歪曲して R-1は半ば強引にS-1を納得させた。
病院をS-1を引き摺るようにして出てきたところに、ちょうど、
エースとばったり出会う。
「なんだ?もう退院するのか?」と驚いて尋ねてきた。
その一日の騒動の中、月が昇る頃、無理がたたって S-1はまた、
40度の高熱を出した。
どういう会話のなりゆきだったのか、良く判らないのだが、
いくら、R-1の知能指数が高くても、世の中の荒波にもまれて、
逞しく生きているエースの処世術には敵わない。
口車に乗せられ、借金を棒引きにしてやる替わりに、
ログが溜まるまで、この部屋に居候させる事になってしまった。
二人だけでの仮住まいのつもりだったから、台所と風呂、トイレと、
寝室が一つだけだ。
エースは、解熱剤を飲み、眠っているs-1をR-1に
気がつかれないように チラチラと盗み見る。
眼を閉じているとサンジそのものだ。
S-1にまだ、「あんた」としか呼ばれていないのだが、
「エース、」と高圧的な口調で言われたら、その瞬間に、今は
嫉妬心など微塵も起きないR-1に向かって、(猛烈に嫉妬するかも知れネエな、)と
思いながら、なんとなく、客観的に自分の行動を予測していた。
この複製品のサンジは、どんな風に笑うのだろう。
それを一度だけ見たら、もう、二人には関わるまい、とエースは自分を戒めている。
自分には、あまりに透明で儚かった本物のサンジの笑顔しか想い出には
残されなかった。
代用品で間に合わせるつもりではない。
けれど、どうしても、見てみたいのだ。
本当に、明るく笑う「サンジの顔」を。
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