ログや、海図ではなく、特殊な方法で方位を知り、
また、この時代では、突出している技術で、複製品二人を乗せた船は、
グランドラインを進む。
推進力は、もちろん、風や人力ではない。
航海をし始めて、初めての夜。
錨を下して、二人で生まれた島以外の場所での初めての夜だ。
「まだ、全然眠たくネエ」と言うS−1に、
「これから先、天候が悪くて寝れなくなったりするかもしれない。」
「だから、休める時に休まなきゃ駄目だ。」と諭して、
ハンモックの中に押しこんだ。
自分は床の上で寝る。
いつもは、R−1を作った者が、彼に残した居室にある、
一人用の寝床に二人で ぴたりと体を寄せ合って寝るのが習慣で、
S−1は、R−1と離れて寝るのは初めてで、
ハンモックの上から 不思議そうな顔で R−1をジっと見ている。
「さっさと寝ろ。」と言葉遣いは乱暴だが、
R−1は優しく、そう声をかける。
「なんで、俺はここで寝なきゃならねえの?」と聞いてきたS−1に、
「ハンモックが一つしかないからだ。」
R−1は 少し、機嫌の悪そうな声で その表向きの理由を答えた。
どうして、俺を作った博士達は、ロマンスの本などを
一冊も持ってなかったのだろう、と
R−1は 日々、募っていくやるせなさに もう この世にはいない、
彼の創造主に 見当違いの恨み言を心の中で 吐いていた。
頭の中は、イヤラシイ妄想で一杯になっている。
今にも、S−1をハンモックから引き摺り降ろして、
性行為を施したくて 堪らない。
けれど、
S−1が、生物学の本を読みながら、
「へえ、交尾で、オスとメスがするんだなあ。」
「交尾っていうのは、繁殖するためだけにするんだ。」とブツブツ言っていたのを
聞いてから、
その間違った知識を正そうにも、そこには
純粋とは今は、言いがたい欲望が 確かに含まれているのが後ろめたくて、
R−1は何も言えずにいた。
そういう学問的な事でなく、情緒的に、
S−1に 人が人を求める時、自然に体ごと、全部欲しくなるモノだと
教えてくれるような、情報こそ必要だった。
知識として知るのではなく、感情として そういう行為を知って欲しかった。
それなのに、
島には その類の本が一冊もなかったのだ。
「別にハンモックでなくてもいいだろ。」と
S−1は、そこから降りようと体を起こした。
「駄目だ、船ではハンモックで寝るんだ。それが決まりなんだ。」と
R−1は 頑として許さない。
「この船の船長は俺なんだ。船長命令が聞けないなら、帰るぞ。」と
無理矢理な理屈を押しつけて、S−1を近づけなかった。
やはり、初めて島の外へ出て、慣れない作業をしっぱなしだったせいで、
疲れたのか、
あまり、くどくは言わないで、S−1は静かに寝息を立て始める。
ハンモックが揺れると、その狭い寝床に入りきれない
長い蜂蜜色の髪も一緒に揺れる。
ほのかなカンテラの明かりにそれを見ながら、
R−1は体の内の火照りをどうにか鎮めて 眠りに落ちて行った。
翌朝。
「R−1、おい、起きろ!」とS−1の、耳元でどなる声で目が覚めた。
「島が見えたから、今、そっちに向かってる。もうすぐ着く!」と
蒼い目を輝かせていた。
はたして、
その島は、無人島だった。
かなり、大きな島なのだが、その島の周囲を廻って見ても、
桟橋も、港もない。
もちろん、人の姿も見えないし、
人の住んでいる気配がない。
「S−1、ここは無人島だ。」とR−1は断定した。
鬱蒼とした、熱帯樹林の森。
この島には、それ以外は何もなさそうだった。
だが、S−1は錨を降ろすと、服を着たまま、
R−1が止める間もなく、海へ飛び込んだ。
「こら!誰がこの島に寄るって言った?」と船の上から
もう、上陸しかけているS−1に向かって怒鳴った。
「寄らねえとも聞いてネエ。」とS−1はあっさり答えて
立ち止まるどころか、どんどん 足を進めて行く。
慌てて、R−1もその後を追う。
砂浜に着いて、ようやく、S−1に追いついた。
「お前は、色んな人と逢いたいって言ってただろ、」
「こんな無人島じゃ、その目的が果たせないだろ。」と
勝手気ままは S−1の行動を叱った。
「別に、人がいなくても、面白そうだから降りたかったんじゃねえか。」
「なんで、いちいち俺のやる事に口を出すんだよ」と
眉を潜めて 言い返してきた。
「これだけ 自然が豊かなのに、無人島だなんて、」
「おかしいと思わないか。ほら、あれ 見てみろ。」
R−1は、S−1が歩いて行こうとしていた方向を指差した。
そこには、小さな川があり、その川の流れは海へと注がれている。
「真水もある、人間が住めるはずの島に人がいないのは、」
「絶対になにか、理由がある筈だ。」
「それを知らずに 足を踏み入れたらどんな危険な目に逢うか」
「わからねえぞ。」
だが、そんな言葉を、S−1が聞き入れる訳がない。
元来、我侭で気まぐれなのは、承知しているけれど、
まだ、R−1は 扱い慣れてはいなかった。
「だったら、尚のこと面白エじゃねえか。」
「人が住んでネエ理由を調べてみようぜ。」と全く 動揺もしない。
当然、R−1の言う事に耳を貸す気など サラサラなさそうだった。
「そんなの調べたところでなんの意味もないだろ。」とR−1は、
無駄な探検には気乗りがしないのを 表情にも、声にも露骨に見せた。
その顔と声を聞いて、S−1が それ以上に、
一気に 機嫌を悪化させ怒鳴った。
「うるせえな、じゃあ、船で待ってればいいだろ!」
「俺一人で行くからよ!」
思いどおりに行かないから、キレた、と思われたかもしれない。
追い掛けて来るR−1を振りきって、S−1はジャングルに足を踏み入れた。
(追い掛けて来やしねえ。)と、R−1には先天性方向音痴と言う
持病があるのをS−1は知らないので、熱帯雨林の森、つまりジャングルに
入りこんで、暫くして振りかえっても、
R−1が追い掛けてくる様子がないのを見て、
逸れたのではなく、追い掛けてきてくれなかった、と勘違いして
急に 悲しくなった。
闇雲に歩いても、仕方がない。
一緒にいるから、些細な事も楽しいと思えるのだから。
(帰ろう)と思いなおして立ち止まり、もと来た道を戻り始めた。
そして、同じ道を数歩、歩いた時。
「!」急に足元が滑った。
声を上げる間もなく、急な勾配をS−1は転がり落ちていく。
かなり、落差のある場所で、落下スピードをつけたまま、
地面に強い力で叩きつけられる。
「痛エ。」と体をどうにか起こしてみれば、右足に
激痛が走った。
(ヤバイ、足ヤったかも。)とさすがにS−1の顔から血の気が引いた。
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