「だから、俺はお前の全部をやりたいし、お前の全部が欲しい。」

S−1の目を見て、R−1は真剣な顔でそう言った。
「うん。」とS−1は訝しげな声と顔でそれでも、素直に頷く。

ところが、頷いては見たものの、
(意味がまるきり判らねえ。)
まるで、知らない言葉を聞いているのと同じくらいにS−1はR−1の言っている事の意味が理解出来ないでいた。

(今ごろ何を言ってるんだろう)と首を捻りたくなる。

S−1は、自分がなんの為に存在するのかをS−1なりに理解していた。

R−1が生きて行く為に自分は必要で、この体も心も全て、R−1の為だけにあると
思っている。だから、今更、「お前の全部が欲しい」と言われたら、

(何を今更)としか思えない。だから、R−1が何故、そんな事をマジメくさって
言うのか、判らない。

「判ったか?」とR−1に聞かれても、今度は「うん」とは言えなかった。
「判らないか?」と聞かれて、少し迷った。

R−1は何かを一生懸命、自分に教えようとしている。それなのに、「判らない。」と
バカ正直に答えるのは、ちょっと申し訳無いような気もしたし、なにより、
自分の頭が悪いのだとR−1に思われるのは嫌だし、悔しい。

「半分くらいは。」と曖昧に答えると、R−1は仕方なさそうに小さく笑った。

「そうか、半分判ったんだな。」と言ってまだ濡れているS−1の髪を抱きこんで、
その小さな頭に口付けた。

R−1の胸の中の動悸は少しもおさまらない。S−1の体は温かく、胸に抱いているだけで心の中が幸福感と満足でイッパイに満たされているのに、体はその華奢な体を
思う存分、愛撫したくて溜まらない、と言う衝動で熱くなって行く一方だ。

「俺が好きか?」とR−1は確認するかのように仰々しく尋ねた。
S−1は無言で頷く。

(ヤバイな)言葉が少なくなって、意味不明な受け答えをし始めると
眠くなっている証拠だ。R−1は慌ててS−1の体を抱き締める力を緩めて、
顔を覗き込んだ。

「なア。」とS−1はしっかりと目を開いていた。

「R−1は、サンジの替わりに俺を造ったんだろ。」
「もし、ここにいるのが俺じゃなく、サンジだったら?」
「サンジがもしも、目の前にいて、ずっとR−1の側にいるって言えば、」
「俺はもう要らなくなる?」

(え?)R−1は思いもかけないS−1の言葉に絶句した。
そんな事、考えた事も無かった。

R−1が自分に何をしたがっているのか、S−1はぴったりを合わせていた胸から
感じるR−1の鼓動に本能を刺激されて、なんとなく、判って来た。

愛し合う者同士が営むごく自然な行為だ。拒む理由は、戸惑いと不安だけだった。

雄同士だからオカシイ、と言う事も判っているけれど、本能と一緒に沸き上がって来たのは少し前から心の中にずっと孕んできた不安と心細さだった。
その感情を押し隠す事が出来ずに、S−1はR−1に突飛な問い掛けをしたのだ。

「そんな事、判る訳ないだろう。」

R−1は嘘や例え話、誇張を含んだ言葉を言えない性質だった。
それはオリジナルと全く同じ遺伝子を持っているのだから、仕方のない事だ。
在りもしない可能性を考えたところで、なんの根拠も無い答えは出せない。
そう思ったから出た率直過ぎる言葉だった。

けれど、S−1が欲しかったのは、そんな真っ正直な言葉ではなかった。
もっと心から溢れてくる感情、それが例え、なんの根拠も実績も捉えどころも無い
頼りない気持ちが篭った、そんな言葉こそが欲しかった。
「そんな訳ないだろ。」

一瞬で強張ったS−1の表情に、R−1は自分が言葉を間違えた事にすぐに気がついて
言い直した。

けれども、その言葉の言い間違えは決して取り消しの出来ない程大きな
傷を一瞬でS−1に負わせてしまった。

S−1はゆっくりと起き上がった。
どう言う理由なのか自分でも判らない。
R−1の側から離れたくなった。

思っていた答え、期待していた言葉とは余りに違う言葉に驚き過ぎて、
思考が完全に止まってしまって息苦しくなって来た。
悲しい、と言う感情を今まで知らなかったから 今、自分が感じているその息苦しさの理由が判らなくて、どうしていいのかもわからない。

「そんな訳ないか、ホントに?」とS−1は眉根を顰めて無理に笑った。
笑っていなければ、R−1が答えに困ると思ったからだ。

「当たり前だ。」とR−1は率直に答える。
「良かった。」とS−1は笑ってから、R−1の胸に顔を埋めた。

「俺はサンジじゃないけど、それでもイイんだよな。」
「サンジの替わりなんかじゃなく、俺だから、なんだよな。」

S−1はR−1の言葉を聞いて、それを信じたいと思った。
(いや、信じられる。)と思うのに、口に出してしまった事でS−1は
自分の中の不安の出所がはっきりと判った。

R−1を信じられないのではない。
S−1は自分自身を信じられないのだ。

S−1にとって、R−1はロロノア・ゾロがいようがいまいが、関係が無い。
R−1も同じクローンなのに、感覚としてはオリジナルの遺伝子で作られた個体と言う
認識があった。
サンジの替わりに造られたと知っていても、平気でいられたのは、
S−1の心がまだ、未熟で子供だったからだ。
不用意だったR−1の言葉の所為で、S−1の心と二人の愛情が成長を遂げていく課程で越えるべき壁が生まれてしまった。

R−1の心の中を何も疑う必要もなく、R−1に愛される価値が自分にあるのか。

戦闘力も、知能指数も、精神年齢も、瞳の色も、髪の色も違うと言う、
何もかも、サンジに劣っている自分が、

R−1の、サンジが欲しいと言う気持ちを満たす為に作られた自分が、

R−1から複製品でも代用品でも無い本当の愛を欲しいと思うのは、
身のほど知らずな事じゃないか。

「S−1、」
いつもなら、感情を腹に貯めるような事はせず、弾けるような反応を返す筈が、
じっと何かを食い縛る様に自分の胸に顔を埋めたままのS−1の体を
しっかりと抱き締めて、R−1は心細くなってS−1を呼んだ。

それでも、間違えた言葉は取り返しがつかない。言葉を重ねれば、重ねるほど、
その過ちのいい訳を重ね、より悪い方向へと事態が推移して行くのを
R−1は怖れた。

力任せに抱き締め、いつもの様に柔らかく、出来る限り優しく、口付ける。
安心しろ、こんなに大事に想っているんだから、とその最中で静かに囁いた。

「うん、」と「でも。」とS−1は溜息混じりにそう呟いた。

「でも?」とR−1は頬や瞼に唇を這わせながら聞き返す。

「もうちょっとだけ、時間、くれないか。」とS−1は顔を背けた。
「自信が欲しいんだ。」

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