「こっちだ。」とエースは二人を誘って歩き出す。
その背中を、S−1の声が呼び止める。
「エース、」
警戒心を隠さないS−1のその声にエースは立ち止まった。
耳に木霊する声は、記憶の中で決して消えないサンジの声とまったく同じ音だ。
「どうして、そこまでしてくれるんだ。」
「お前らを放っておけねえからだ。」
S−1の質問にエースは半分だけ顔を後を歩く二人に向けてそう答えた。
「なんでだ。」
「俺が、サンジと同じ顔をしてるからか。」
エースはそれを聞いて、振り返り、二人の複製品の前へ立ちはだかる様に
向き合う。
「同じ顔じゃねえだろ。」と軽い調子で言い、
「髪の色も瞳の色も違うじゃネエか。」
「お前は、お前だ、S−1」
色素の薄い紫の色の瞳は、青い空を映せば青く染まる。
こげ茶色の髪は、太陽の光を浴びれば、向日葵色にも見える。
エースは、自分で言った言葉を自分で肯定もしているが、
それでも、やはりサンジの面影をS−1に重ねている事を
同じ言葉で改めて思い知った。
そして、この複製品のサンジの笑顔が見たかった、
だから、近付いたのだと急に思い出した。
苦しめるばかりで、サンジには何一つ出来なかった、
優しく、温かい事をたくさんしたかった筈だった。
自分を真っ直ぐに見詰めるS−1の姿にエースは自分が画策していたことは、
結局、自分以外の誰かと幸せでいる"サンジ"の笑顔を奪って、
悲しませる事になる。
S−1の声を聞き、姿を見て、そして訝しげな瞳で見つめられて
エースの心は大きく揺らぐ。
「サンジと何があったから俺は知らないけど、」
R−1には話したけれど、S−1にはサンジと何があったか、
エースがサンジに対してどういった想い入れがあるのかは
S−1は知らない。
だが、エースはイイ人だとは思うけれども、
自分を見るエースの瞳の中にはどこか苦しそうな感情が見え隠れしている。
S−1はそんな気がしてならなかった。
「俺はサンジじゃない。」サンジではない、自分がエースにしてやれることなど
何もないのに、親切にされるのは心苦しいとS−1はエースに伝えたい。
「俺は、サンジじゃないし、R−1はロロノア・ゾロじゃない。」
「俺達の事は、俺達だけで始めたいんだ。」
「親切にしてくれたのは、本当に有り難いと思ってる。」
S−1は一生懸命に言葉を考え、考え話している。
エースを傷つけない様に、不快な思いをしないように、
必死で言葉を探しているのがエースに伝わる。
「余計は世話は焼くなって事か?」とエースは自虐的な笑みを浮かべて
S−1を見返す。
「エースには、俺達がいちいち危なっかしく見えるかも知れないけど、」
「俺達は、俺達のやり方で生きていかなきゃいけないだろ。」
「R−1がいれば、俺は大丈夫だから、」
「何も心配しなくていいよ。」
それを聞いて、エースはR−1を一瞥して、s−1に尋ねた。
「R−1がお前に嘘をついてたとしたら?」
「例えば、お前には人を殺さない、って言っといて、
血まみれになって人を殺していたとしたら、どうする?」
「知ってるよ、それくらい。」
エースの問いにS−1は眉を僅かに潜めて即答した。
R−1とエースは思い掛けないS−1の言葉に唖然として言葉を無くす。
「R−1が嘘をついてることくらい、俺だって判る。」
息がかかるほど側にいて、手を繋いで話しをすれば、
相手が嘘をついているか、ついていないかぐらいは理屈を並べるまでもなく
判るものだ。
まして、特別な相手なら尚更だ。
S−1は、R−1が部屋に帰って来てから、何一つ不信な挙動などなかったけれど、
陽が注ぎ落ちていたベッドの上で横になった時に指を絡ませる様に手を繋いで、
言葉を交わした時から、R−1が自分に隠し事をしている事を察していた。
聞けば聞くほど、R−1は誤魔化そうとした。
本当の事は、隠そうとしている事の裏側にある。
(人をたくさん殺してきたんだ)とS−1は
R−1の服が見覚えないものだったことと、
その服に僅かながら血らしき沁みがあったことで、R−1の嘘を見破っていたのだ。
だが、気がつかない振りをした。
嘘をつかれている事は悲しかったけれども、
「それは、俺を騙す為の嘘じゃない。」とすぐに思い返したのだ、と
S−1は言いきった。
「R−1は嘘なんかつかない。」
「俺には、それだけでいいんだ。」
「なんで、嘘をついたのか、とか。」
「そんなのはどうだっていい。」
「それくらいの事で、」そう言うと、S−1は呆然としたままのR−1の方を見る。
当然、二人の目が合った。
見る見るうちに色素の薄いS−1の肌が桃色に染まった。
「キライになったりしないし。」
「気の回し過ぎだ、」とそれを聞いて、エースは困った様に笑って見せた。
「お前らがお互いに隠し事しようとしまいと俺には関係ねえだろ。」
「俺は、お前らが好きだから世話を焼きたい、それだけだ。」
真っ直ぐ過ぎ、素直過ぎるS−1の前では、
エースの嘘で固めた言葉の中の、今だにサンジを忘れられなくて苦しい、
色々な言い尽くせない感情をエースは穿り出される様な気がした。
嘘をつけない。
嘘をついているのが、息がつまるほどに苦しくなる。
理屈で丸め込むことが出来ないのなら、嘘をついている事を自分が忘れるほど、
自分自身にも嘘をつけばいい。それなら苦しさは半減する。
だから、至極単純な言葉と単純な感情しか自分は持っていないのだと
自分自身を欺く。
すると、嘘をつくのは案外容易い。
ただ、そうした自分自身さえも騙す嘘は、嘘ではなくなる可能性も大きいのだが。
エースは、
本気で言ってるつもりになっているのだから、S−1が鵜呑みにするのは、
全く自然な流れだった。
「でも、なんだか、悪い」とS−1はまだ、申し訳なさそうに言う。
サンジでは決して見られない、殊勝な、
(守ってやりてえ)と思わせるのに十分な、あどけない表情に
エースは苦笑いで答える。
「兄貴に甘えるつもりでいりゃいいんだ。」
エースに案内された部屋は、大通りから1本、脇に入るけれども、
通りに面している、石造りの古びた建物の二階だった。
「この古さで6階建てってのも凄エな。」と思わずR−1は下から見上げたが、
最初に見つけた部屋よりもずっと日当たりはいいし、
住んでいる住民も、窓辺に花を飾ったり、所帯じみた洗濯物をテラスに干したり、
ごく普通の家族が多いようだ。
「古いが、しっかりした建物だ。」
「賞金首と同じ面ぶらさげて暮らすには、案外、堂々とこういう暢気なところの方が
いいのかも知れねえだろ。」
エースとR−1の会話など禄に聞かずに、S−1は楽しそうに新しい部屋の中を
ウロウロと探索し始める。
「1ヶ月でなんと、6000ベリーだ。」
「なんで、そんなに安いんだよ」驚いてR−1が尋ねると、
この部屋に住んでた奴がついこの前、この部屋で首をつって死んだんだと、と
エースは事も無げに言う。
「そんな気味の悪い部屋って判って住める訳がねえだろ。」とR−1が
苦い顔でエースに文句を言っていると、
「凄エよ、R−1!家具もなにもかも揃ってる、今日からだって住めるぞ。」
「俺、ここ気に入った。すぐにこっちに移ろうぜ。」とS−1が
部屋の探索をし終わって弾むような声でリビングに戻ってきた。
「気に入った、とよ。」とエースはそう言ってR−1に意地悪く笑い掛ける。
「S−1、ここは止めといた方がいい。」とR−1は今度はベランダに出ようと
窓を開く鍵を探しているS−1の機嫌を損なわない様に、
なるべく静かにそう言った。
「なんでだよ。何か問題があるのか。」とS−1はR−1の予想どおり、
不服そうな顔で振り向く。
「幽霊が出るかも知れない」R−1は幽霊など信じていないが、
そんな血なまぐさい部屋に住むのは、あまり気持ちの良いものではないので、
出来るなら避けたい。
「別にいいよ、幽霊が出ても。」とS−1はあっさりと答える。
「死んだらどういうトコに行くのか教えてもらえるしさ。」とあっけらかんと答えた。
「悪イが、ログが貯まるまで世話になってもいいか。」と
エースはR−1に尋ねると、
「これだけ世話になってるんだから、断わる訳にはいかねえだろ。」と答え、
数日、この曰くつきの家でエースと三人で暮らす事になってしまった。
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