S−1は、ハーフテールからヒナ鳥の餌になる、ミミズやら、
イモムシやらをバルコニーから受取った。
(うっ・・・!)
紙袋に入ったそれを手の平に乗せた時、まだ、全然元気で
中で蠢いているのを感じて、全身に鳥肌が立つ。
「ありがとう。」と変な笑顔を浮かべて、
「スカーフのオッサン」ハーフテールのおっさんに礼を言う。
「大丈夫かい?」と尋ねられたが、全く大丈夫ではない。
だが、この部屋に誰もいれるな、とR-1と約束したのだから、
誰の手も借りられない。
S-1は、小さな箱の中にいれていたヒナ鳥をそっと掌で包んで、膝の上に置いた。
腹が減っている所為で、壊れた機械のように
ずっとピーピー鳴いている。
(よし、頑張ろう)
別に素手で触るわけじゃない、と自分を励まして、
S-1は部屋に置いてあった歯ブラシを折って作った棒二本で、
まずはミミズを袋から引きずり出した。
そのうねうね動く姿を見ると、気持ち悪くて泣きたくなる。
けれど、床に座りこんで、膝の上に置いたヒナのクチバシの前に
ダラリと垂らしてやると、
パクリと器用に咥えて、すぐにツルツルと飲みこんだ。
「美味しいか。」とS-1はまずは、上手く食べさせられた事に安心して、
答える筈もないのに、ヒナ鳥に尋ねる。
次にイモムシを、食べさせる。
やがて、腹が膨れたヒナ鳥は、首を竦めて目を閉じた。
どうやら、眠くなったらしい。
S-1は、柔らかい紙を細かく千切って、ヒナ鳥の箱に入れてから、
また、そっと、フワフワしたヒナをその中に戻して、蓋をする。
外は、太陽がサンサンと輝いて、優しい風が吹き、良い天気だ。
「外に行きてえな。」と思うけれど、それは出来ない。
体調は、さほど悪い、と言う自覚はない。
もともと、戦闘用の肉体だから、痛覚などに鈍い様に出来ている。
「もう、治った」とS-1が感じていても、体内ではまだまだ、
健康体とは言えない状態だった。
一方、その頃。
「二次試験?」R-1はエースの言葉を聞いて眉を潜めた。
「なんで、そんな事を俺が」
一次試験、と言うのでさえ、面倒だとおもったのだ、
金を借りている義理、また、S-1を助けてくれた義理があったから、
断わらなかっただけで、何故、そこまで自分とS-1の間の事に
口を挟まれなければならないのか、と
R-1は露骨に不快感を顔に出した。
「俺は、さっき、S-1に嘘をついた。」とエースは全く違う事を答える。
「なんか、気分が重くなったな。」
「あいつに嘘をつくのはなんて言うか、」
エースは自虐的にも見える、皮肉めいた笑みを浮かべて、
「良心が痛む、と言うか。」
海賊をやってて、敵だと思う相手を数えきれないほど殺して、
欺いて、今更良心も何もあったものではない。
それなのに、「良心」と言うしおらしい言葉を自分が口に出したのが
エースが自虐的な嘲笑を浮かべた理由だ。
「それがどうした。」これ以上、関わって欲しくない、と言うR-1の気持ちは、
その口調にも、態度にも、言葉にも、露骨過ぎるほどだった。
「俺がそうなんだから、お前はどうなんだ。」とエースは
R-1の腹を探る様に目を細めて尋ねた。
二人は、今の宿を出て、落ち着いて暮らせる部屋を探している、その道すがらだ。
ログが貯まればエースはこの島を発つが、R-1達には
旅の目的がない。
もう少し、この島で暮らして、S−1が見たがっているものを見せてやりたいと
R-1は考えていたのだ。
あまり、あちこちにウロウロとすればするほど、遭遇する危険が大きいし、
腰を据えて住むことで、自分とロロノア・ゾロが他人であり、
サンジとS-1が他人である事を周りの人間が認識し、そこに身を置くほうが
安全だろう。
その考えをエースに伝えた途端、エースは肩をそびやかして笑った。
「なんでも、かんでも、あいつの為なんだな。」
「それが悪いか。」
それだけが生きている理由であり、R-1にはそれ以外に欲しいモノなど
何もないのだから、エースにそれを嘲笑されても、
R-1は全く動じない。
「全く、他に夢も希望もねえのかよ。」とエースは言うけれど、
「余計なお世話だ」とR-1は言ったきり、反論一つ、しなかった。
「S-1に嘘をつくのは、辛エが、仕方ないんだ。」とR-1はエースの
「S-1に嘘をつくのは良心が痛まないか、」と言う質問に渋々、答える。
「何が仕方ねえんだ。」
「本当に大事だと思ってるなら、嘘なんか、つかないほうがいい。」
R−1は黙り込んだ。
それくらい、判り過ぎるほど、判っている。
けれど、機械のように人の命を奪う姿をS−1が見たらどう思うだろうか。
自分からS−1が離れない事をR−1は遺伝子の、とある数字で知っていて、
確信しているけれど、それと、
嫌われてしまうかもしれない、離れてしまうかもしれない、と言う人間の
恋心と当たり前に同居する不安に囚われるのとは別の話しだ。
「あんたにはわからねえ」とR−1は呟く。
「俺達は、自分の知らない所で、オリジナルが死ねば、」
「どんなに生きたいと思っても、唐突に死ぬんだ。」
「それがいつなのか、予想もつかねえ。」
「だから、その時が来た時に後悔しないように、」
「精一杯、愛して、精一杯、幸せでいたいだけだ。」
それを聞いて、エースは黙り込む。
人間、いつ死ぬか判らないのは複製品も人間も同じだ。
けれど、人の運命に縛られていて、それを自覚しているからこそ、
自分達の未来に夢を見ることも出来ない事に同情を禁じえなかった。
「悪かったな、」とエースは自分の軽薄な言葉を素直に謝罪する。
「ただの甘やかしだとばっかり思ってたから、よ。」
「いや。」と、R−1は表情を少しも変えないまま答えた。
「別に判ってもらおうと思ってた訳じゃねえし。」
エースはR−1の、ロロノア・ゾロと全く同じ横顔を見て思う。
きっと、オリジナルも同じような事を考えて、感じて、
どこかで生きているのだろう。
精一杯、愛して、
精一杯、幸せで。
何故か、R−1のその言葉に胸が悲しいほど痛んだ。
二人はようやく、S−1が待っている部屋に戻って来た。
あれだけ約束したのだから、絶対に大人しく待っている筈なのに、
ドアを開いて、S−1の顔を見るまでは、R−1は心配だった。
その気持ちは、側にいる、エースにも部屋に近付くに連れ、
足早になるR−1の靴音で伝わる。
自分で自分の傷を抉り出すような無茶をするのだから、
S−1は何をするか、予想もつかない。
R−1が心配するのも無理のない話しだった。
「S−1、」とドアを開くなり、またR−1はS−1を呼ぶ。
温かな午後の日差しがベッドに降り注いでいて、S−1はその上で、
ベッドに斜めに体を投げ出す様にして、うつ伏せに目を閉じていた。
「S−1!」と思わず、エースの方が声を上げた。
さっきの話、
「オリジナルが死ねば、クローンも死ぬ」と言う話が脳裏をよぎる。
「S−1、S−1」とR−1はすぐにベッドに駆け寄ってs−1を抱き上げた。
太陽の温もりを浴びていた髪は、そのまま温度を吸いこんだように温かい。
が、その体はなんの抵抗もなくしなやかにR−1の腕の中に治まった。
「なんだ、」とR−1はS−1が寝息を立てているのにすぐに気がついて、
ほう、と大きく安堵の溜息を吐いた。
「紛らわしい格好で寝るな。」とR−1は小さく悪態をつき、
壊れものを扱う様にそっとS−1をベッドに横たえる。
「多分、無理ばかりしたから強制的に睡眠に入ったんだ。」
「心配ない。」とまるで、S−1に言い聞かせる様に静かにそう言った。
肉体的な損傷を補うには、それなりに膨大なエネルギーが必要で、
それを短時間でクローンの肉体は備蓄し、放出できる。
S−1は、ケスチア、銃創、それに出血、と立て続けに体にダメージを受け、
その治癒にかなり体力を消耗した。
再び、もとの体力を蓄える為に、深い睡眠で体を強制的に休めるのだ、と
R−1はエースに説明した。
それから、エースは「用がある」と言って出掛けた。
床に転がっていた箱からなにやら「ピーピー」と音がするのを
R−1は拾って、中を見る。
愛らしいヒナ鳥を暫く眺めていると、S−1が大きく欠伸をする声が聞こえた。
R−1は箱を閉め、ベッドににじり寄り、s−1の顔を覗き込んだ。
「目が醒めたか。」と囁くと、ゆっくりとS−1は瞼を開く。
アメジストのような瞳がすぐにR−1の顔を映し出した。
「昼寝してた。」とS−1は照れ笑いを浮かべる。
自分の体の特性などについてはあまり教えていないので、
S−1が強制睡眠をただの昼寝だと思っていても不思議はないのだ。
その隣にR−1もごろりと横になる。
S−1の温かな体を抱き寄せると、本当に心地の良い温度と柔らかさで、
思わず、目を閉じた。
「ここは気持ちがいいな。」
「昼寝したくなるのも判る。」と目を開いて、S−1に少しだけ
からかうような口調で言うと、
「別に昼寝するつもりだったんじゃねえよ。」と機嫌の悪い顔になった。
「退屈だったんだから、仕方ないだろ。」
「あれ、どうしたんだ」とR−1は顔だけを起こして、床に転がっている
ピーピーと鳴いている箱を顎で指した。
「あれは。」一瞬、S−1は言葉に詰った。
「貰ったんだ、となりのオッサンに。」とS−1は少し、目を泳がせて答える。
トップページ 次のページ