(おかしい。)R-1は大人しくベッドに入る気になれず、灯りを薄くした
部屋でソファに深く腰を下して腕を組み、考える。
S-1は枕もとにピーの入った鳥かごを置いて、もう、すっかり深い眠りに
落ちていた。その寝息だけが静まり返った部屋の中で聞こえる、唯一の音だった。
(なんで、俺が考えてたみたいに事が運ばねえんだろう。)
別に特別な事じゃない筈だ。
ただ、男と女なら本能的に繁殖しようとする作用が起きやすく、
どちらからともなく 側にいるだけで発情するかも知れないが、
同姓同士では、まして、人間同士の性行為の知識を知らないS-1が
そんな気になるのは難しい事なのかも知れない。
(いや、待てよ。)S-1に対して、ムラムラする、自分が間違っているのか。
R−1は哲学書の内容を思い起こしている学者の様な顔で自問自答する。
(間違っていようといまいとそう思うのは仕方ねえ)
なら、何故、そんな気を起こしてしまうのだろう。
答えは単純だ。
S-1が好きで貯まらないからだ。
肌も、髪も、目も、頭の先から爪の先まで、細胞の一つ一つから、愛しているからだ。
実際、R-1はS−1が細胞レベルの時からずっと想って来たのだから、その感情は
あながち大袈裟ではない。
(好きなら、こう、)肌を合わせたいとか思う筈なのに、何故、S−1には
そんな欲求が起きないのだろう、と、また考えこむ。
(でも、抱き合うとか、手を繋ぐとか、)キスをするとかは全然平気で、
むしろ、S-1はオリジナルのサンジ以上にR-1の体に触りたがるくらいだ。
S−1は悪くない。でも、少しくらいは自分の気持ちを感じ取ってくれたら
こんなに悶々としなくてもいいのに、とR−1はベッドの中のs-1を首を伸ばして
少し恨めしげな眼差しで、眺めた。伏せた瞼の形も、それを縁取る睫毛も、やっぱり、
見るだけでドキドキするほど、(俺は今、物凄エ、発情してる)と自覚して、
自分の事ながら、恥ずかしくなる。
ベッドの中はとても優しい温もりで心地良いだろうと思うが、とても今は入れそうにない。幾ら発情していても、絶対に無理強いはしたくない。
仕方なく、R-1はソファの上に腰掛けたまま目を閉じた。
どれくらい眠ったか、芳ばしい匂いがしてR−1は目が醒めた。
キッチンの方へ目をやると、S-1の背中が見える。
(もう起きたのか。)よし。
今日こそ、しっかりと恋人同士の営みについて、じっくりと教育しなければ、と
R−1は自分に言い聞かせて起き上がった。
S-1の肩先にはピーが当たり前の様に乗っていて、その耳元でピーピーと
S-1に甘えた声を出していた。
(邪魔だな。)とヒナにさえ、R−1は嫉妬する。
S−1の一番近くに自分以外の者がいるのは不愉快だ。
しかも、自分が起きた事に気がつかずに、ヒナに向かって
「ピーのごはんは鳥かごの中だからな。」
「あ、でも野菜も食べるか。」と食事を作る作業を進めながら話し掛けているのにも、
宝物を横取りされたような気がする。
だからつい、
「飯作る時はトリを籠に入れろ。」といきなりぶっきらぼうに声を掛けてしまった。
唐突なR−1の不機嫌な声にS−1は振りかえった。
驚いた様で、紫色の瞳が大きく見開かれている。
久しぶりに落ちついて、ゆっくり眠れた所為か、とても顔色がいい。
「起きてたんなら、顔洗えよ。」とS−1は少しだけ、R−1の態度に不快を感じた様で、口を僅かに尖らせてそう言った。
「判ってる。」とR−1は心の中では(こんな態度は良くない)と頭では判っていても、
昨夜から引き摺っている悶々とした辺りどころのない苛立ちがつい、口から
飛び出してしまったことを後悔しつつ、洗面所に向かう。
(なんなんだよ、朝から)とR−1が洗面所に行っている間に
S−1はピーを籠に戻した。
なんだか、今朝のR−1は(怖エ顔だな)と思った。
朝食を食べている間も会話が全然弾まない。
目を合わせてくれない。
「R−1、何か怒ってるのか?俺がワインを飲んだから?」
「別に怒ってねえよ。」
真正面に座って、クリクリした目で見上げられると、全身がカっと熱くなる。
頭の中は、昨夜は不発だった事についての妄想で一杯だから、
R−1はS−1を目を合わせられないでいるのに、そんな事は
S−1には少しも伝わらない。
「熱でもあるんじゃないか?顔が赤い」と伸ばされてきた手を
余計な事をするな、といわんばかりに振り払ってしまった。
「なんだよ、さっきから。」とそのR−1の態度に流石にS−1の機嫌も
そろそろ悪くなる。
「俺が何かしたか。」と尋ねる声にははっきりと"ややムカついている"と言う
感情が混じっていた。
「何もしてねえよ。」とR−1はまた、目を合わせずに答える。
「もういい。」とS−1は乱暴に皿を片付け、テーブルを立ってしまった。
「なんか、俺の顔見たくないみたいだ。」
捨て台詞のようにそう言ったかと思うと、足早に玄関へと歩いていき、
止める間もなく、外へ飛出した。
「S−1!」とドアが閉まる音がしてはじめて、S−1が怒って部屋を飛び出した事に
気がついて、R−1は慌てて後を追う。
(なんであんなに気が短いんだ)とR−1は自分の態度の悪さを棚に上げながら、
S−1を追い掛けた。
そう言えば、最初に立ち寄った島でも、R−1の言う事を聞かないで、
勝手に島の中へ突っ込んで行った事で災難に遭ったのだ。
キレてどこかへ飛出して行く時のS−1の足はやたらと早い。
が、今日は何がなんでも追いついて、今日中に機嫌を治さないと、
もう理性の箍が外れて何をするか自分でも制御出来るかどうか判らないところまで、
R−1は切羽詰まっている。
「待て、おい!」
「なんで勝手にキレて飛出すんだよ。」
とどうにか追い付いて、手首をがっちり捕まえた。
「悪い事してるならしてるって言えばいいだろ。」
「どうせ、俺は精神年齢12歳で頭悪イよ。」
「言っても判らないって思ってんだろ。」
「そうやって俺を作ったのR−1の癖に。」と
振り解き様に一気にS−1は捲くし立てた。
「誰もそんな事言ってないし、本当に何も怒ってないんだ。」とR−1は
また慌ててS−1の手首を握り直した。
「俺はサンジとは違う。」
「R−1が何を考えててなんで怒ってるか、どうやって感じればいいのか」
「俺には判らない事だらけなのに、」
「なんでもうちょっと賢く作ってくれなかったんだよ。」
S−1はますます激しく怒ってそう怒鳴った。
怒ると、ますますサンジっぽくなる。同じ顔をしてはいるものの、中身が違うと
纏う雰囲気が変わるのか、笑っているS−1は オリジナルのサンジよりも
比較出来ないほど、R−1は好きだった。
だが、そんな顔を見ていても、
なんだか、このままだと泣かせてしまいそうでR−1は慌てる。
別に目が潤んでいるわけでもないし、語尾が震えている訳でもないので、
あくまで、R−1がかってにそう思っただけだが。
無意識に両手でS−1の片腕を掴んでいた。
「痛いじゃないか!」とそれを振り解こうとS−1はR−1の足をガンガンと
思い切り蹴って来た。
「怒らないでくれ。」と真っ直ぐに目を見て、S−1の声に掻き消されるような声で
R−1はそう言った。
「ちゃんと、話すから。」
「機嫌治してくれ。」
怒るだけなら必死になるだけで済むけれど、S−1の涙など見たら
己の未熟さにとてつもなく深い後悔と自責の念に駆られて今以上に苦しくなるに
違いない。今夜の計画云々ではなく、S−1を悲しませたり落ち込ませる原因に
自分がなるのは絶対に嫌だ、とR−1はますます焦る。
「話すって何を」とS−1は憮然とした顔をR−1に向ける。
「俺がお前と目をあわさなかった理由とか。」とやっと、自分の方に顔を向かせる事が
出来て、R−1はほ、とする。
「お前に覚えてほしい事があって、ずっとそれについて考えた事とか。」と
R−1はゆっくりと部屋の方へとS−1の手を片手で握ったまま、歩く。
「それは難しい事か?」とS−1は心配そうに尋ねる。
自分の精神年齢が12歳だと知っている所為で、それが逆にコンプレックスになっている事にR−1はその心細げな表情で初めて知った。
「簡単な事だ。」
二人がやっと、部屋のある建物のところまで帰りついた。
「あ。」玄関の階段の所にくたびれた男が腰掛けている。
「おっさん。」どう言うわけか、憔悴しきった顔をしたハーフテールが
二人を待っていた様で、S−1の呼び掛けにゆっくりと顔をあげた。
「やあ」と返事をする、その声がやけに弱弱しい。
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