例の、妙な植物がS-1を襲った島を出て、沖合いに一時、
船の碇を下ろして停泊した。
「足、痛いだろう、」とすぐに眠ると思っていたのに、ハンモックの中で
黙ったまま、気味の悪いほど大人しいS-1に
R−1は声をかけた。
一刻も早く、島を出たかったからまだ、碌な手当てもしていなくて、
S−1は R−1のブカブカのシャツを前を肩に引っ掛けただけの
格好で横になっている。
とにかく、足を挫いたくらいで本当に良かった、と思いながら、
S−1を床に抱いて下す。
あまり、ベタベタと撫でたりすると嫌がって、心底迷惑そうな顔をするので
控えているけれど、
柔らかで薄桃色の頬にも、山吹色の髪にも、飽きるまで触れたいと
R−1は思っていた。
ただ、そんな事をすればきっと、それ以外にも触れた居場所に触れることを
望み、我慢できなくなるから、やらない、というのも
S−1にあまり触らない理由の一つだった。
だが、今、思い掛けない危険からs−1を取り戻した事に安堵して、
抱き下ろすと同時に、力をいつもよりも少しだけ強めて抱き締めた。
抱き締めたまま、お互いの頬を擦り合わせる。
「硬エなあ、R−1の顔」とs−1は 恥かしそうに、
けれども、いつものように、迷惑そうな苦笑いを浮かべている。
「もう、危ないところに一人で行くなよ。」
「危ないって判ってたら行かねえよ。」
その答えにR−1は なんとなく、違和感を感じた。
声に生気がない。
弾けるような明るさがない。
ジャレついてくる無邪気さがない。
余程、怖い目にあったからだろうな、とR−1は勝手に一人合点して、
手早く手当てを済ませてやる。
「随分、腫れちまったな。」
この分だと、二日は禄に歩けないだろう。
それに、痛みもさる事ながら、これだけ腫れれば熱も出る。
傷自体には、もう、熱を孕んできていた。
熱を下げる薬を飲ませて暫く立つと、S−1は R−1に凭れたままで、
ウトウトし始める。
どうにも、大人し過ぎる。
疲れているにしても、今までは、そう言う事をR−1にばれない様に、
却って 変にはしゃいでいたり、無理をしたりするのに、
今回はそれが出来ない程のショックを受けたに違いない、と
どこまで行っても、R−1はS−1の憂鬱の原因を
至極単純明快なものしか考えつかない。
そのまま、ゆっくりと床に備えつけられたベッドに横たえると、
もう眠ったと思っていたS-1が つぶやくように
「ハンモックで寝ないとダメなんだろ。」と言いながら目を開いた。
「いいんだ、今日は。特別だ。」
そう言いながら、R−1も隣に寝そべり、腫れた足の傷に
響かない様に、そっと抱き寄せてやる。
その時にはもう、S-1は眼を覚ますこともなく、小さな寝息を立てていた。
翌日も、目を醒ましてからも、なんとなく、S-1は元気がない。
「飯、作るよ、俺。」と壁に掴まり、足を引き摺って歩いて、
船の中の小さなキッチンで手早く料理を作った。
「なあ、美味いか?何が美味い?」
「これ、初めて作ったんだ、美味いか?」
「こっちは?」といつもなら、二人だけでも 充分、賑々しい食卓なのだが、
S-1は、殆ど何も食べないし、どうにも、元気がなくて、
萎れた花のようになっている。
「どこか、賑やかな島に行くか。」
機嫌を取る、と言うのではなく、s-1が黙り込んでいると、
R−1は心配で心配で、船の操舵どころでなくなって来ていた。
「昼飯は、俺が作ってやるからな。」と言うと、やっと、少し
笑った。
酷い捻挫の所為で、熱が出る事を防ぐ為にあらかじめ服用した
解熱剤が効いていて、S−1の体が、
かつて、ゴーイングメリー号の航海士の感染した病気に
蝕まれている事にも、R−1は迂闊にも気がつかないでいる。
もちろん、当の本人も、体が
(なんだか、凄エだるいな)と思うくらいだった。
早く、元気な顔をR−1に見せないと、と思っていても、
心の中に沸いた疑問への答えが見つけられない。
そんな心を隠して笑えるほど、s−1は大人ではないのだ。
感情がそのまま、態度と表情に出てしまっているだけだった。
複製品として、造られた自分。
自然の命の営みには、組み込まれない
(サンジの複製品)なら、R−1は何人でも作れる。
自分があの時、苗床にされて死んでいたとしても、
(俺の替わりなんかいくらでも造れるんだ、)
(俺を造ったみたいに。)
それに気がついた時、S−1は自分がここにいる理由と、価値が
判らなくなった。
だから、以前のように無邪気にR−1に纏わりつけない。
「俺が死んだら、俺の替わりを造るんだろ。」と聞いて、
「それの何が悪い」と言われたら、どうしよう、と思うとそれも出来なかった。
R−1が自分にとても、とても、優しいのも、
自分が(サンジ)の複製品だからで、他に理由なんか思いつかない。
S-1がそんな複雑な事を悶々と考えているなど 思いもしない
R−1は、少しでもS−1が元気な顔をするように、
いつもにも増して、世話を焼いた。
「明日の朝には、次の島に着くからな。」
「もう、足の腫れも引いてるだろうし、あちこち、見て歩こう。」
そんな事はないのに、
R−1が自分に優しければ優しいほど、
優しい眼差しで見つめられれば、見つめられるほど、
自分でない、
同じ遺伝子を持つサンジを見ているような気がして
悲しくなる。
「なあ、R−1」
R−1は絶対に嘘をつかない、つかないから、
真実を言われた時、受けとめられるか、自分でも判らなかった。
それでも、s−1は勇気を振り絞って、
R−1が船を操舵している横にしゃがみこんで口を開いた。
「ん?」
やっと、自分から近寄ってきて、口を開いたS−1にR−1は
柔らかく、微笑んでから、目線に合わせるようにしゃがんだ。
(あ)
ひょっとして、ただの勘違い、激しすぎた思い込みかもしれない、と
月明かりの下でも色が見える翡翠色の瞳に微笑まれて、
S−1は 心の中の澱んだ何かがサラサラと静かに 空気へ溶けて行くような
感じを覚えた。
さっき、勇気を出して尋ねようとした事は、まるきり無駄で、
無意味な気にさせる、R−1の声と眼差しにS−1は安心して、
やっと、緊張していた心が解れ、笑みが零れた。
「昼飯と晩飯、美味かったか?」
「うん。」
S−1は小さく頷いた。
「お前のレシピどおりに作っただけだけど、難しいな、料理って。」
そう言いながら、額と額をくっつけるように、引き寄せた。
だが、すぐにギョッとして慌てて体を離す。
「解熱剤、もう飲んでないんだよな。」
昼には足の腫れが引いていたから、薬は必要ない、と飲むのを止めていた。
足からの発熱が、こんなに高い訳がない。
体に力が入らないのか、S−1は座りこんだままで、
「頭が痛エだけで、別になんともない。」と不思議そうに思わず、慌てて立ちあがったR−1を見上げている。
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