エースはよく喋るし、よく食べるし、賑やかだった。

R−1の目には、一時、機嫌を直したように見えたS−1だったけれど、
体がまだ回復していない事もあってか、やはり、まだ

本来の弾けるような明るさは取り戻せない。

「なあ、あんた。」
「俺はエース、だ。」

R−1が病院へ薬を取りに出掛けた合間に、S−1は
テーブルに座って手持ち無沙汰そうにしていたエースに、
パジャマのまま近づいて来て、はじめて、自分から話しかけた。

エースはにこやかに答える。
(なんか、可愛いじゃねえか、こいつ)とS−1の体つきや、
表情などを粒さに観察して、そう思った。

サンジよりも少し、丸みのある顔、
熱があるせいか、少し湿り気の多い紫色の瞳、
同じ声なのに、警戒しつつ、近づいて来た様子があまりに
本物と違う。

サンジなら、警戒はせずにいきなり高飛車で、高圧的で、
まず、相手を威嚇して近づく。
そんな戦闘的な方法など、この複製品は知らないのだろう。

他人の血を見た事もなく、温かく、優しい場所で哀しさも
苦しさも知らないで 生きて来た
純粋で、壊れやすそうなサンジの複製品に、エースは視線をじっと、注ぐ。

自分が仲間にさえ見せたことがない、穏やかな顔付きが自然に出来ている事を
エースは自覚しつつ、S−1が真正面に座るのを待った。

「エースは、サンジを知ってるのか。」とS−1は尋ねてきた。
「ああ、良く、知ってるぜ。」とエースは澱みなく答える。

「でも、お前にはなんの関係もねえ事だろう?」

意地悪をするつもりはないけれど、エースはまだ、
S−1がサンジの12歳当時の記憶と人格しか持っていない事を知らない。
だから、当然、S−1をサンジに接していたのと同じような、
やや、ふてぶてしい態度で接する。

S−1にとって、エースはR−1以外で初めて見る"男性"だった。
女性にはなんの警戒心も起きなかったのに、
エースに対しては、"人見知り"に近い、稚拙な警戒心を抱いていた。
けれど、自分の質問に対して、ぴしゃりと
「関係ない」と言われて、言葉が何も返せない。

ただ、「サンジ」と自分の違いを聞いて見たかっただけだったのに、
S−1はもう、口を閉ざして、席を立つ。

「・・・っ。」ケスチアで死にかけていたからすっかり忘れていたけれど、
足の捻挫はまだ、治っていなかった所為で、足首に痛みが走った。

ガクン、と膝から床に躓きかけて、椅子の背を掴んだ。
よろけるS−1の体を何時の間にか、側に来ていたエースが支える。

「そうだ、まだ、休んでなきゃダメだったな。」と言いながら、
エースはS−1を抱かかえる。

(なんだ、サンジの複製品の割りに柔らかい体してるじゃねえか。)と
驚いた。

壁を刳り貫いて、寝床にするように設えてあるS−1のベッドへ
運びこむ、僅か2、3歩の距離の間に エースはs−1の表情を覗きこむ。

困ったような、恥かしがるような、なんとも 複雑な顔をしていた。
が、"サンジの顔"がそんな表情をしているのを見るのは 初めてだ。

けれど、冷静だった。
命がけで自分に向かってきた、サンジの野生の獣のような強烈な猛々しさが
S−1にはどこにも感じられない。

サンジはエースがどれだけ大切に思い、守りたいと願っても、
その掌には決して納まろうとはしなかった。
エースでなくても、きっと、ルフィだろうと、ロロノア・ゾロだろうと、
サンジを守れる者など、どこにもいないだろうと今は思う。

けれど、今、目の前にいる複製品のサンジは、R−1に守られている。
その事を受け入れている。
疑いもせずに、R−1に頼りきっている。

愛する者を守りたい、と思うロロノア・ゾロの複製品であるR−1の心を
S−1は満たしている訳だ。

「お前は、サンジの複製品だって聞いたけど、全然感じが違うんだな。」と
ベッドの縁に腰掛け、S−1の熱の有無を確かめる為にエースは
額に手を起きながら 穏やかに話し掛ける。

(まだ、熱が高いな。)とR−1が早く解熱剤を取りに行ったことを思い出す。

「俺は、サンジの12歳の時の遺伝子でクローンされたんだ。」
「だから、19歳のサンジとは色々違う。」

S−1は気だるそうに、けれど、エースの質問に素直に答える。

(なるほど、それでか。)とエースはやっと、納得が出来た。
なんとなく、S−1に幼い印象を受けた理由を知る。

だが、12歳の子供だと思えば、
笑顔を見ることなどとても簡単なことのような気がした。

「なんだか、上がやかましいな。」とエースは、さっきから
この狭い住居の上階、天井からガタガタと騒音が降ってくることを
気にして顔を上げた。

S−1もつられて天井を見上げる。

「なあ、コゲくさくないか?」と眉を寄せた。

それに、男女が言い争う声と、何人かの子供が泣いている声も聞こえる。
「夫婦喧嘩でもやってんだろ。」
「病人がいるんだ、静かにしろって言って来る。」

エースは渋い顔をして立ち上がった。
自分に言えば、もう少しましな家が借りられたのに、路地奥の湿った場所の、
狭い土地に無理やりたてた幽霊が出そうなボロい建物の上、
小分けに部屋をしきっていて、人がひしめき合うように住んでいる。
自分たちの部屋も、一人なら広いかもしれないが、男三人が住むには
あまりに狭い。

その上の階には、どうも、子沢山の夫婦が住んでいるらしい。

「エース、」S−1は天井を指差した。
隙間風が吹いてくる割れた天井の隙間から煙がゆらゆらと降りて来る。

「上、燃えてんのか?!」
炎の男のエースだが、やはり、家屋で普通に火事に遭遇すると
やや、驚く。

その時、初めて気がついた。
ドアの外に殺気を孕んだ男が何人か、自分達を待ち構えている。

(いや、奴らが待ち構えてるのは俺だけだな。)とエースは思い返し、
S−1に、
「まだ、熱があるから辛いかもしれねえが、着替えるんだ。」と
言ってたち上がった。

「追い返すだけなら簡単だが、炙り出すつもりで火をかけやがった。」
「俺の側から離れるなよ。」

S−1は何がなにやらわからない様子だったが、エースに言われたとおり、
手早く服を着替えた。

(が、流石にサンジの遺伝子だな。)とエースはS−1の様子を見て
サンジとの共通点をやっと見出し、頬に笑みを浮かべた。

ただならぬエースの様子を見ても、S−1は怯えを見せずに、
ドアの外の賞金稼ぎだろう男達に自分達の動向を悟られないように
気配を殺したのだ。

S−1を背中に庇いながら、エースは出入口の前に仁王立ちになる。
「火拳!」

腰を落とし、拳を突き出すとその拳が炎の蛇となり、ドアを一気に燃焼させて
外の男達に襲いかかった。

火拳のエースを捕らえよう、としていた賞金稼ぎだ。
装備は充分に整えていたらしく、最前列にいた男、数人の顔を焦しただけで、
相手にそう大きなダメージを与えることは出来ない。
が、そんなことは、エースも十分、計算づくだ。

次に来るのは、簡単に言えば水鉄砲のようなものだろう。
海の水を圧縮して発射し、エースをずぶぬれにして炎を封じこめる。
それを判っているから、エースはその水を一瞬で蒸発させられるほどの
高温をもって、その攻撃を封じるのだ。

が、相手はドアの外側から一斉に銃口を向けた。
「逃げ場はないぞ、火拳のエース、コックのサンジ」と賞金稼ぎの誰かが怒鳴った。

「下の階も上も、もう燃え落ちるぜ。」とエースを煽る。

自分一人なら炎の中でも平気だし、
銃をいくら撃たれても、なんのダメージも受けない。
が、S−1は普通の人間だ。炎の中では当然、息も出来ないし、銃で撃たれたら
怪我を負う。
(どうしたもんか)とエースがこの状況を打破する思案を巡らせた時、

「ハッタリじゃないか。」とエースの背中でs−1が呟いた。

「そんな事したら、あいつらだって、逃げられなくなるじゃないか。
きっと、煙を炊いてるだけで、上も下も燃えてないカモ。」

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