(酷い顔色だ)

ハーフテールは朝、一番最初に鏡に映る自分の顔を見て、
必ずと言っていいほど、そう思う。

(年の所為か)

若いとは決して言えない年齢になっているのは、記憶を無くしていても
それくらいは自覚出来る。
だが、ここ最近の顔色は酷い。なんだか、妙に青黒くて、自分の顔ながら、
思わず目を逸らしたくなるほどだ。

(商品はまだか。)と、昨夜、催促の連絡があった。

そんな催促をされたのは、この商売に手を染めてから初めての事だ。
(支払いもしてネエ癖にせっつくんじゃない)とハーフテールはふてぶてしく
そう反論したが、

どうも、今回の獲物は、特に念入りに仕留めたい、と言う気持ちが強くて、
そう簡単に暴挙に出れないでいた。

あの無垢さ、純粋さがあってこそ、彼は美しい。
朝露に濡れたほころびかけている可憐な花のような、繊細な、
それでも稀有な美しさを彼は持っている。

それを保ったまま、男に抱かれる様になれば、きっと彼自身は
そう不幸を感じないでいられるに違いない。
そう言った、あまりにも自分勝手で、あまりにも都合の良い、
自分のささやかな一見、思い遣りに見えるような、
自己満足的な理屈で、機会を狙い続けている。

彼らがヒナを引き取って、引っ越して行ってから数日経った。

あれだけ目立つ容姿をしているのだから、居所を突き止めるのは実に簡単だった。
だが、側にはやはり、黒髪の男と、翠の髪の男が張り付いている。

なんとか、同情心から身を売るような筋書きを考えなければ、と思案しながら、
ハーフテールは近すぎず、遠過ぎない場所でじっとS−1を見張っている。

「二次試験って一体なにをやらせるつもりだったんだ。」

エースのログは貯まった。
もう、明日にはこの島を出る、と言う。
S−1が側を離れた隙に、R−1はそう尋ねた。

「お前が、S−1の為に人を殺せるか、みたかったのさ。」とエースは、
事も無げに答える。

三人は、新しい生活に使う様々な物品を買い揃える為に、
仲良さげに町をぶらついていた。
S−1は、食器を扱う店に入ったきり、なかなか出てこない。

R−1もエースも、食器などどうでもいいと思う性質だし、なにより、その狭い店に
男三人で入るのは邪魔だとS−1が言い出したので、
その店の外で雑談をしながら待っている、と言う状況だった。

「S−1を守る為なら、人の首を目の前ですっ飛ばせるくらいの根性がねえと。」
「綺麗事だけじゃ、世の中、渡ってらンねえからな。」

その面をぶら下げてりゃ、厄介ごとは向こうからやってくる、とエースは
ちらちらとガラスごしに見えているS−1を目で追いながらそう言った。

「お前に根性が無くても、あいつの方が結構、腹据わってるみたいだしな。」
と皮肉めいた笑みを浮かべながらエースはそう言う。

「S−1が。」とエースの言葉をR−1は驚いて、即座に聞き返した。

「ああ。」
「お前が血みどろだろうが、クソまみれだろうが、手を繋ごうって言や、」
「繋ぐだろ。」

「例えば、なんかの厄介ごとに巻きこまれて、
お前の周りが屍の山でも、お前が生きてたら、あいつは大喜びするだろ。」
「それが判ったから、もう、いい。」

エースの言いたい事をR−1は今一つ、理解出来ない。
「よく判らねえが。」
そう呟いて見たが、判らないからと言って、完全に理解する必要性もない事だ。
「放っておいてくれるって言うなら、ありがたい」

「ムカツクぜ、全く。」とエースは嘲笑するような眼差しをR−1に向けた。
「ストレートなだけにタチが悪イ。」
「邪魔するのも、余計なおせっかい焼くのも、馬鹿馬鹿しくなるってもんだ。」

このまま、世話好きの兄貴肌の友達だと思われて別れる方がいい。
笑顔だけを覚えておけるし、好印象だけをS−1の心に残して行ける。

「しかし、たかが、食器買うだけになにをそんなに悩むんだ。」と
エースは、苦笑いしながらS−1が買い物をしている店を覗き込む。

それぞれに両手に抱えきれ無い程の荷物を抱え、雑談しながら歩く。
海へと向かう川は、運河となっていて、その川沿いはちょっと洒落た感じに
整備されていた。

三人と、一羽。
S−1の肩先には、「ピー」がまるで、羽根飾りのように大人しく
留まっている。

まだ、完全に成鳥にはなっていないので、飛びまわれ無いけれども、
S−1にはとても良く慣れていて、外に出しても、逃げようとはせず、
肩に乗ったままだ。

普通に歩いていても、目立つのに、その肩に羽毛のフワフワした鳥が
慣れた様子で留まっているとますます目を引く。

女だろうが、男だろうが、子供だろうが、S−1とすれ違う者は、大抵が、
視線でS−1を追い駆けてくる。

「綺麗なおにいちゃんだね。」と幼い子供がS−1を指差して、
母親にそう言って時など、R−1は嬉しくて仕方がなかった。

「ちょっと、休憩しようぜ。あんまり大荷物だ。」とエースがほとほと疲れた、と
言った表情を浮かべて、二人にそう言ったので、
三人と一羽は、この運河沿いの川辺に腰掛けて、のんびりと暢気に他愛ない会話を
交わしていた。

「喉、乾いただろ、なにか買ってくるよ。」とS−1が立ち上がる。
その振動で肩の上の「ピー」がヨロヨロとバランスを崩すが、それを
柔らかく手で支えてやった。

「あ、俺が行く。」とエースがすぐに立ち上がった。

S−1が一人でウロウロするとどうも心配で、帰ってくるまで気が気では無いのだ。
それはR−1も同じだろう。横を見ると、R−1ももう立ち上がっている。

「R−1が行ったら帰ってこれないかも知れないし。」とS−1は
そう言って笑った。

(やっぱり、これで良かったな、)とエースはそのなんの警戒も、なんの気遣いも、
なんのくすみもない笑顔を見て、つられて、同じ様な表情で笑っていた。
そんな風に笑ったのは、本当に久しぶりのような気がした。

エースが飲み物を買いに言っている間。

「なんだか、二人になるの久しぶりだなあ。」とs−1は嬉しそうに
R−1のすぐ隣に、軽やかに腰を下しす。その度に、「ピー」がオットト、オットト、と言った風にゆらゆらする。

(あ、そうだった。)とR−1は急に顔が火照った。
明日の夜から、エースはもういないのだ。

島でずっと二人きりだったのに、島を出てからは災難続きで、
二人でゆっくりと寝た事がないような気がする。

「あのな、S−1.」とR−1の頭の中は一気に「明日の夜の事」へと飛躍した。

(血みどろでも、クソまみれでも、手を繋ぐ)

なにをしても、きっとS−1はR−1を受け入れる、と言うエースの言葉を
鵜呑みにする訳ではない。
が、今はその言葉が大きくR−1の覚悟に影響を与えているのは確かだった。

「なんだ。」とS−1は掌の中にピーを収めて、優しくあやす様に触れながら、
R−1の顔を目許に笑みを浮かべてジっと見て、いる。

「明日の夜から、二人になる訳だが、その、」と言葉を一旦切り、
適当な言葉を必死で考える。そして、考えた挙句。

「早く寝ような。」
「は?」

(何をトンチンカンな事を言ってんだ。)とR−1は、自分で自分の言葉に呆れるが、
他にどうにも言葉が浮かばない。
「なんで。」とS−1が聞き返してくるのも全く無理はない。

「なんでって、なんでもだ。」とR−1が答えようとした時、真正面から、
「やあ、君達!」と聞き覚えのある声がして、
R−1とS−1は同時に顔をその声のした方へ向けた。

「あ、オッサン!」とS−1は嬉しそうに声を上げる。

周りには小さな子供を連れた母親達も数人いた。
そのうちの子供の一人が、そのあたりに群がる鳩を追い立てる。
凄まじい羽音がして、数十羽の鳩達が一斉に羽ばたき、飛んだ。

それに驚いたのか、S−1が無意識に肩先に乗せていたピーまでもが、ヨタヨタと
羽根を広げて、ヘタクソに作られた紙飛行機のように飛ぶ。
捕まえる間もなかった。
ピーは、ハーフテールの頭の上をヨロヨロと飛んで、ポトリと運河の流れの中に落ちた。

トップページ   次のページ