「あのさ、R−1。頼みがあるだけど・・」
昨日の宿にもうすぐ帰りつく、と言うところまで来て、S−1は急に立ち止まった。

「今から、家に帰りたい。それから、」
「生まれたての人間を見てみたい」とS−1は言い出した。

明日に帰る、オンセンから帰ったらこの島を出る、と言っていたのがことごとく、
ひっくり返るが、これくらい、我侭の範囲ではない。
何か訳があるのなら、まずは、それを聞いてから、とR−1はとりあえず、
汽車に乗ることにした。

「なんで急に帰りたくなったんだ?」こんな時間から汽車に乗ったら、
自分達が住んでいる街に辿り着くのは夜中になる。天気は悪くないし、金も
まだ充分にあるし、S−1が突然、帰りたがる理由がR−1には考えつかなかった。

「さっき、牛の子供見ただろ?」
そう言うS−1の表情は、行きと同じくらいに生き生きとしている。
「ああ、それで?」とR−1が聞き返したら、
「俺達が住んでる建物に、お腹の大きな女の人がいただろ?俺がお腹が破裂するって
びっくりした・・・」とS−1は手で自分の腹辺りが膨らんだような仕草をして見せた。
「ああ、いたな。それで?」とR−1が相槌を打つと、
「あの膨らんだ腹の中に人間がいて、それが出てきたら、牛みたいに乳を飲むんだよな?」
S−1はそう言って、まるで新しいおもちゃを買いに行く子供の様に嬉しげに
ニッコリと微笑んだ。
「それが見たいんだ。もしかしたら、もう生まれてるかも知れない」
「なるほど、生まれたての人間を見たい訳で、」そう聞き返すとS−1は頷いた。
「で、その小さな生まれたての人間が乳を飲むトコロを見たい訳だな?」
(いいか、それくらい)数秒考えて、R−1はS−1の希望を叶えるのは、
色々と都合がいい、と答えを出した。
実は、そろそろ、懐が寂しくなって来ている。
長い航海の準備や次の島に着いて、腰を据えて暮す為に必要なモノが充分に揃えられない。
それには、少々手荒いやり方でR−1は金を稼がなくてはならないが、
どうも、それはS−1に対して後ろめたかった。
S−1が生まれたての子供に注意を向ける間に、手っ取り早く、稼げばいい。
賞金稼ぎでも、街のゴロツキでも、人相の悪い奴を叩きのめして金を巻き上げればいいだけの
話しだ。ロロノア・ゾロとは実戦経験は到底及び持つかないが、それでも、
軍事大国の送りこんできた刺客や、自分自身のクローン達と戦って来た経験と、
強靭な肉体がある。そう多額の賞金首でない限り、負ける気はしない。

(・・・見られてる・・・?)
もうすっかり夜も更けて、汽車の揺れに眠くなったのか、S−1はR−1の
肩に頭を乗せて、ぐっすりと眠っている。
だから、気付いていないが、R−1はこの汽車の、この車両の中から、自分達を
値踏みする様に見詰める視線がある事に神経が逆立った。

それは男同士が身を寄せ合って座っているからと、奇異に見られる目線ではない。
じっと見詰めるのではなく、自分達の気配を悟られない様に、盗み見る、それでも、
その目線にははっきりと紛れもない戦意と敵意が混ざっている。

R−1にはその目線の感触になんとなく覚えがあった。
(賞金稼ぎが賞金首を狩る時の目つきだ)
じっと息を顰めて、狙った獲物が油断する瞬間を待つ。
あるいは自分が最も攻撃しやすい場所に、獲物が足を踏み入れるのを待つ。

やがて、R−1達が降りるべき駅に汽車は到着した。
「S−1、起きろ。もう降りるぞ」とわざと大きな声でR−1はS−1を起こす。
自分達は、ロロノア・ゾロではなく、コックのサンジでもない、と正体のわからない
賞金稼ぎに教える為だ。

「・・・うん、」とS−1は大きな欠伸をしてから立ち上がる。
少しほつれたS−1の前髪をR−1は眉毛が完全に隠れる様に手早く漉き、
S−1の手首を掴んで、さっさと汽車を降りる。

眉毛が見えないし、髪の色も髪型も違う。薄暗がりと言ってもいいくらいの視界の中で、
瞳の色まで判別出来ない筈だ。
(俺がロロノア・ゾロだと間違えるくらいなら、構わねえが・・・)とR−1は
辺りを見回した。
(S−1をサンジだと思って襲われるのは避けないと・・・)
どんな小さな傷であれ、例えそれがすぐに治ると分かっていてもそんな事、絶対に
あってはならない。

汽車から降りたのは、老婆が一人、疲れた顔をした若い女が一人、
子供を連れた家族が一組。そして、汽車から降りた乗員が二人。
シンと静まり返った駅の中で、誰一人言葉を話す事もなく、響くのはおのおのの
足音だけだ。
乗客の中には、自分達を狙うような装備をした人間は誰一人いない。
武器を持たずにいる事だけが気がかりだったR−1は、狭い汽車の中に
篭っていた殺気がまだ自分達に向けられているかどうか、気を配る。
自分も充分に警戒している事を相手に知らしめる為に敢えて、気配も隠さない。
老婆が駅から出た。若い女も。そして、家族連れも、二人を追い越して駅から
去っていく。
「R−1?どうかしたのか?」わざとゆっくり歩いているR−1の行動を不思議に思ったのか、
S−1がR−1の顔を覗きこむ。

その時だった。

「ねー、坊や、私達、一度、会ったことあるわよねえ、ゲロゲロ」
深く帽子を被っていた乗員が、荷物を持っていたS−1の手首を掴む。
「え・・・?」驚いて、S−1は振りかえった。

「麦わらの一味のサンジとロロノア・ゾロよねー、あたし、しってんの」
「・・・違っ・・・」違う、と言い掛けたS−1に、S−1の顔面に、
S−1の眉間に狙いを定めて、女はなんの躊躇いもなく、銃を突き付け、すぐに引き金を引いた。

「パン!」と乾いた、軽い銃声が響く。
「S−1!」その銃声にR−1の声が重なった。

「いーねー、いーねー。スバラシイ腕だね、ファーザーズデイ」
「違うって言ってるだろ!」

いきなり撃たれそうになって、咄嗟に体を捻り、我から床に倒れこんでいた
S−1が飛び置き様にそう怒鳴った。硬い石造りの構内にその声がワ・・・ンと木霊する。
「そんな言い逃れは見苦しいんじゃないの、ゲロゲロ」と顔を醜くゆがめて、
女が再度、S−1に銃口を向ける。

「・・・女、そいつに一発でも撃ちこんでみろ、なます斬りに切刻むぞ」とR−1は
低くうめく様に女を睨みつけた。
「刀もないのに、どうやって切刻むスンポーかね、ロロノア・ゾロ?」
男はうすら笑いを浮かべてR−1を見ながら、こちらも銃をR−1に向けて来た。
「俺達は、ロロノア・ゾロでもサンジでもない」とR−1が言っても、銃口を逸らす気配は
全くない。

「サンジじゃないって言うなら、あたしから銃を奪ってごらん、ゲロゲロ」
「女好きなんだって聞いてるんだけど、ゲロゲロ。女には絶対に手向かいしないんだってね」
「あんたがサンジじゃないなら、あたしから銃を取って、あたしを奪った銃で撃ってごらんよ」
女はそう言って、S−1の薄い胸に銃口をグリグリと押しつける。

「ねー、あんたサンジじゃないって言うなら、あたしから銃を奪ってみせてよー」
「あたしから銃を取り上げないと、銃で撃ち殺されちゃうのよー?」と楽しげにS−1の
体に身を摺り寄せる。女独特の、媚びを売って、甘えている様にも見える仕草だが、
銃口はS−1の胸に、その銃の引き金に指を掛けたままで、撃鉄も下している。
いつでも、銃を発射出来る状態だ。

「ほら、痛いと思うのー」そう言い様、女は胸に押し当てていた銃をS−1の太股に
押し付け、なんの前触れもなく、引き金を引いた。
「パン!」と言う銃声、そして、
「・・・っあっ!」S−1は小さな悲鳴をあげ、ドサリと音を立てて、床にくず折れる。
「S−1!」
「おっと、動くな。動くと、ファーザーズデーの銃でサンジの頭に穴が開くスンポー」
駆け寄ろうとするR−1の前には、男の銃が立ちはだかる。

「どけ!」自分を撃とうとする男など眼中にない。
S−1を傷つけた女に血が沸き立つような殺意が込み上げて、その感情だけで
R−1は男を殴り飛ばして、女に凄い早さで駆け寄る。

「ち、近寄ったら、この男の胸を撃ち抜くわよ、ゲロゲロ!」と女はR−1の
凄まじい形相にすくみ上がって、S−1に向けていた銃をR−1に向ける。

「てめえだけは許さねえ、よくも・・・っ」女の胸倉を掴んだ時、s−1の声が
R−1の耳に飛び込んで来た。
「R−1、後ろ!」

その声が聞えて振りかえった途端、脇腹に激しい衝撃を感じ、女の胸倉を引っつかんだまま、
R−1は吹っ飛ばされる。
背中からしたたかに壁に叩き付けられたが、その痛みよりも腹が焼けつくように痛む。
「仕留めるわ、ゲロゲロ!」とさっきはS−1に突き付けていた銃を今度は女が
R−1の眉間にその銃口を押しつけた。

「やめろ、R−1から離れろ!」
そう言い様、S−1が女の手ごと、銃を蹴り飛ばす。
「・・・ギャ!」女は手首を押さえて、うずくまった。
S−1が蹴った瞬間、ボキ、と音がしたから、折れているに違いない。

「・・・恋人が殺されるとあっちゃ、女好きでも女を蹴るんだね、」と女は痛みに
ブルブル震えながらS−1を睨みつける。

「俺達はロロノア・ゾロでもなければ、サンジでもないって言ってるだろう!」と
S−1は女から蹴り飛ばした銃を拾い上げ、女の足もとに一発、ぶっ放した。

「R−1に・・・よくも、お前ら・・・」S−1の頭の中が憎しみで塗り潰される。
「・・・ぶっ殺してやる・・・・」

(クソ、迂闊だった・・・)突然の事で一瞬、R−1は動揺し、意識を失い掛けた。
だが、聞いた事もないS−1の低い声を聞いて、ハっと意識を取り戻す。

S−1の声、S−1の声音ではない。
(サンジの声だ)何かを守る為だけに本当の牙を剥く、相手の息の根を止めるまでは
決して戦う事を止めない、憎しみと怒りだけに心を支配されたs−1の声は、
S−1の声だと思えない程、険しい。

S−1がS−1ではない、違う生き物になって行くような危機感を感じて、
R−1は夢中で起き上がった。今、止めなければ、S−1の心が違うモノに変化して、
S−1が消え失せてしまう。本能的にそう思った。
同じ複製品だから、戦闘スイッチが入ってしまうとどうなるかを知っていて、だからこそ、
咄嗟にそう思ったのかも知れない。
「S−1、止めろ!俺は大丈夫だから、こんな奴らを殺すな・・・・っ」
そう言って、後ろからS−1に抱きつき、床に引き倒す。
そして、すぐにその手から銃を奪い取り、女の足、男の腕、と一気に撃ち抜いた。
「ギャ!」「うわ!」と言う悲鳴を背中で聞き、R−1はS−1の肩を両手で支える様に
抱かかえてよろめきながら走り出す。



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