「R−1、ちょっと来い。」

S−1がまだ、目を醒まさないうちにエースは、
テーブルについて、器用にサラサラと地図を書いた。

「賞金稼ぎをしたくねえなんて甘い事言ってたら」
「簡単に金なんて手に入らねえ。」
「S−1を守るつもりなら、なるべく側から離れないのが一番だ。」

R−1は、椅子に腰掛けたエースの背中からその手元の紙を覗き込みながら、
エースが何を自分に示したいのか、をじっと聞いている。

「ここ、だ。」

とても詳しく書き込まれた地図だった。
その一点にエースは星印をつける。

「ここに酒場がある。」
「昨夜、俺が賞金稼ぎ達を全部片付けてきたから、狩り放題だ。」

それを聞いて、R−1は
「俺に海賊を狩って来い、と。」とエースの言葉を待たずにR−1は
先にエースの思案を口にした。

「正解。」エースはそう言うと、カラリとペンをテーブルに投げ出した。

「20人ほどだ。得物はやつらが持ってるだろうぜ。」
「貸した金の利息として、あんたの腕を検分させてくれ。」

海賊達から武器を奪って戦い、全員の首を狩る。
その様子を見たい、とエースは言っている。

R−1は沈痛な面持ちで眠りの浅いS−1の方に視線を流した。
「俺はあいつに嘘をつけない」と溜息混じりにそう呟いても、
エースは厳しい声でそれを否定した。

「言い訳は聞かねえ。」
「それが出来ねえって言うなら、」とエースは緩慢な動作で
立ち上がり、R−1を煽るような酷薄な海賊丸だしの目つきをして見せた。
「俺があいつを貰って行く。」

「俺を斬るか、俺の言うとおりにするか、どっちかを選べ。」

そう言われて、R−1はエースを睨みつけるように見返し、憮然と黙りこむ。
「冗談だなんて思って貰っちゃ困るぜ。」とエースはR−1の答えを
無理矢理凄みを利かせて促した。

R−1は黙ったままで、答えを選択するべく、今までの事を踏まえながら、
選択した答えの成り行きの予測を立ててみる。

エースを斬る、など簡単に出来る事ではない。
きっと、無事では済まない。万が一、自分にもしもの事があったら、
S−1がどれだけ動揺するか。
それに、エースと出会っていなければ、S−1を助ける事は出来なかった。

何よりも大事なS−1を守ってくれた、
(エースとやり合うよりは。)身も知らない海賊を斬るほうがいい、と
R−1は判断した。

「判った。その地図を貸してくれ。」と言うR−1の答えを聞いて、
エースは少し、表情を緩めた。

何故、エースはこれほどに、S−1にこだわるのか、R−1はまだ知らされていない。
だが、S−1を守りたいと言う気持ちは何故だか、信じられる。

「S−1、起きろ」とR−1はベッドで眠っていたS−1に、
そっと呼び掛け、揺り起こした。

「エース」いつ、帰ってきたんだ?と言いたげにエースを一瞥したS−1の
ボサボサの髪をR−1は手馴れた手つきで撫でつけながら、

「いつまでもこの宿にいられないから、住む所を探してくる。」
と至極自然に、S−1に嘘をついた。

「俺達が帰ってくるまで、絶対にこの部屋から出るな。」
「知らない人間をこの部屋に入れるな。」

口答えなど一切聞かない、と言うような厳しい声で
そうR−1に言われて、S−1は「判った」と素直に答える。

昨夜、心配させてごめん、と謝ったばかりだ。
絶対にR−1との約束は守らなけばならない、としっかりと頷いた。

「傷も熱ももういいのか。」とエースはS−1の側に近寄ってきて、
手に下げていた袋を手渡した。

「着替えだ。退屈だろうが、いい子にしといてくれよ。」と冗談めかして言うと、
さすがにS−1はその露骨に子供扱いされたのが不快だったらしく、
憮然とした態度でそれを受取った。

「すぐに帰ってくるから、帰ってきたらメシ食いに連れてってやる。」と
エースはバカに明るい声でそう言って、R−1を連れて出て行ってしまった。

(退屈だな)

二人が出ていった後、S−1はやる事などなにもないので、
窓の外をボンヤリと眺めていた。
真正面の石作りの建物と白く曇った空しか見えない。

一人にされると、やっぱりとても心細い。
退屈していると、考え事しかする事がないから、
R−1やエースが自分を大事にしてくれるのは、「サンジ」の遺伝子だから、
「サンジ」の複製品だから、と言う考えがどうしても浮かんでくる。

(そんな事考えても仕方ないのに。)と判っているのに、
自分の存在価値に自信が無くなって、それがS−1を心細くさせてしまう。

(部屋から出る訳じゃないからいいよな。)と
退屈と憂鬱な堂々巡りにもうんざりして、S−1は窓を開き、
小さなバルコニーに出て見た。

(ここは何階なんだろう。)と下の往来を見下ろして、街を歩く
小さな人形くらいの大きさに見える人を眺めていると、

どこからか、「ピーピーピーピー」と小さな音が聞こえる。

(なんだ、あの音?)と聞きなれないその可愛らしい声の出所を
辺りを見回して探しても、わからない。

右、左、下、上、とS−1は耳を欹てて(そばだてて)、
「ピーピー音」の正体を探す。

発生して、育った島には限られた種類の動物しかいなかった。
S−1は「鳥」をカモメや、数種の水鳥しか知らなかったし、本で読んで
種類だけは頭に入っていたが、実際のヒナ鳥の鳴き声など
聞いた事が無かったので、そのピイピイ言う音がヒナ鳥の声だと
判らなかったのだ。

が、判らない物をそのまま知らん顔など出来ない。
その「ピーピー音」には悲鳴というか、悲痛な感情が篭められているように
思えてならない。

早くなんの音か知って、その音を止めないとどうにも落ち着かない。
R−1がいたら、なんの音なのかすぐに教えてくれるのに、と
S−1は焦れた。

(仕方ない)
外の世界の事をあまりに知らなさ過ぎる。
知らない事は人に聞くのが一番、いい、と思い至って、
S−1は隣の部屋の男に聞きに行こう、と部屋に戻りかけた。

(いや、ダメだ)
この部屋から絶対に出るな、と言われている。
例え、隣の部屋のドアの前に行くだけでも、約束を破った事になる。
S−1はすぐに立ち止まって、数秒顎に手を添えて考える。

そして。

「おっさん、スカーフのおっさん!」とバルコニー越しに
今朝、あいすくりーむを買って来てくれた隣の部屋の人の良さそうな
「おっさん」を大声で呼んだ。

何度か呼ぶと、また、違う色のスカーフを首にクルクルと巻いた、
ハーフテールが顔を出す。

(?具合が良さそうだな。)とS−1の姿を見て、首を捻った。

昨夜は随分、弱っていたように見えたのに、今、自分を呼んでいる
"獲物"は、健康体そのものだ。
数時間で回復出来るような状態ではなさそうだったのに、ととても不思議に思えた。
が、明るい表情を装い、

「やあ、随分、元気になったんだね。」と気安く声を掛ける。
(そう言えば、まだ名前も聞いていないな。)とハーフテールはなんとなく、
そう思った。
今まで、"獲物"の名前など、聞くつもりになった事など一度も無かったのに。

「おっさん、あの音はなんだ。」とS−1はハーフテールに尋ねた。
「あの音?」

そう言われて、ハーフテールは耳に神経を集中させる。
「ああ、どこかでヒナが鳴いてる声だな。」と呟き、その音の方向へと目を走らせた。

「君の下の階のバルコニーに、巣から落ちたヒナがいる。」
「そいつの声だね。」

S−1からだと真下で見えなかった位置だが、ハーフテールからだと
斜め下になり、泊り客のいない部屋のバルコニーに、産毛でフワフワの
小さなヒナが空に向かって黄色いくちばしを大きく開けているのが見えたのだ。

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