「あれは。」一瞬、S−1は言葉に詰った。
「貰ったんだ、となりのオッサンに。」とS−1は少し、目を泳がせて答える。

「そうか。」と、R−1は仄かに笑って、ヒナを肩に乗せた。

「エサはどうした」と何気なく尋ねる。
「オッサンが獲って来てくれた。」とs−1は眼を細めて、
ピーピー鳴くヒナを愛しそうに見て、答えた。

「随分、親切だな。」とR−1が相槌を打つと、
「でも、ミミズとかイモムシなんだ。」とS−1は指先で、
ヒナの胸のあたりの産毛を突付いた。

「他のえさとか、鳥かごが欲しいな。」とR−1をちらりと上目遣いで見る。

「腹も減ったし、食いに行くついでに飼うか。」とR−1が言うと、
パっと光りがさした様に表情が冴えた。

「ここも引き払って新しい家も探したいし、出掛けよう」

強制睡眠の後だから、恐らく、体調はほぼ、回復したと考えていいだろう、と
R−1は判断し、また、これ以上ここに閉じ込めておくと
そのうち癇癪を起こすに決っている。

そうなったらもっと面倒なので、R−1はとにかく、S−1を連れて
町をぶらつくことにした。

「なあ、R−1、」とS−1は箱にヒナをそっと入れてやりながら、
「名前考えよう。」と言う。

「名前?ああ、」ヒナの名前のことか、とすぐにR−1は察して、
「ピーピーやかましいし。P−1はどうだ。」と冗談めいた口調で言うと、

「だめだ、このヒナはクローンじゃなく、オリジナルなんだから。」
「ワン、なんていらないだろ。」
「ピーで、いい。」と口を尖らせた。

そして、数秒、R−1をじっと見ていたが、急に話題を変え、
その言葉にR−1は背中に冷や水を掛けられたような気がした。

「その服、どこで着替えてきたんだ?」
「見覚えがねえぞ。」
「着て行った服はどうしたんだ?」

R−1は答えに詰る。
海賊を殺しまくり、血を浴びて汚れたから、着がえたとは言えない。

だが、嘘は最後までつきとおし、辻褄を合わせれば、嘘は真実に擦り返られる事もある。

「これか?買ったんだ。」
「金は?」

「稼いだんだ。」
「どうやって?」

「悪い奴をぶっとばして。」

S−1の為の嘘だ。
S−1の心がもっと成長するまで、S−1の心に余計な傷をつけない為の嘘だ。
だから、R−1は自分が嘘をついている、という罪の意識を自覚しないように
自分に言い聞かせながら、平然となんの不自然さもなく、言い切った。

「なんだか、古びてるな。」
S−1はR−1の嘘を暴く為に詰問しているのではなく、
ごく、自然に、感じた疑問を口にしているだけなのだが、その一つ一つの言葉に
R−1は慎重に答える。

「古着だからな。」
「カッコイイな、俺にくれ。」

どこの誰が着ていたのかわからない、死体から剥ぎ取った薄汚い服を
S−1に着せるなど、R−1には言語道断のことだ。

「ダメだ。これはお前には似合わねえから。」と素っ気無く答えて、
「それより、早くエサと、鳥かご、それと俺達のメシも。」と言って
S−1を急かした。

二人がドアの外に出ると、どこからか帰ってきた隣室の「オッサン」と
鉢合わせする。

「やあ、」とS−1に気安く、人の良さそうな顔で短く挨拶した。
「あの鳥だがね、私もミミズやイモムシを獲りに行くのも大変だから、」
「エサを買って来て上げたよ。」とS−1の側に歩み寄ってきた。

「それと、鳥かごもね。」と言って、S−1に抱えていた紙袋を一式渡そうとしたが、
S−1の手には、「ピー」が入っている箱が既に納まっている。

「俺が。」とR−1は横合いからハーフテールに声を掛ける。
「相棒が世話になったみたいで。」とR-1はぶっきらぼうながら、
一応、軽くハーフテールに礼のような言葉を口にした。

「これ、貰っていいのか。」とS-1は弾けるような声でハーフテールに
尋ねると、
「私が持ってても仕方ないからね。」と言って恰幅の良い体を揺すって笑った。

「オッサン、俺達、ちょうどこれ、買いに行こうと思ってたところだったんだ。」
「ありがとう。」とS-1はなんの疑いもせずに、ハーフテールに素直に礼を言い、
態度と表情で感謝を表す。

これももちろん、S-1を安心させる為の罠だ。

出来るなら、薬や暴力を使った拉致よりも出来るなら、健全な精神、
健全な体のまま、淫乱な客に放りこんでやったほうが、
通好みの男娼に仕上る。

「俺達、食事に行くんだけど、おっさんも一緒にいかないか。」と
S-1はR-1に断わりもなくいきなりハーフテールを誘った。

「「え」」とハーフテールとR-1が同時に怪訝な声を上げた。

R-1はS-1と二人だけでのんびりと、気楽に楽しく、町をブラブラと
見て歩きたい。
例え、命の恩人のエースだろうと、今は邪魔をされるのは迷惑だと思っていたのに、

何故、こんな なんの関わりもない胡散臭い男と顔を突き合せて
食事をしなければならないのか、と不快に思った。

ハーフテールも意外なS-1の言葉に露骨に驚いた。
自分の腹の内をおし隠して、心と表に現す言動はまるきり裏腹なのに、
その時の驚きだけは誤魔化せなかった。

「いや、今日は遠慮しておくよ。」とR-1が迷惑そうな顔をしているのを
横目で見て、苦笑いを咄嗟にとり繕う。

「コイビト、と一緒にいるのに、お邪魔だからね。」
「食事はまた、別の機会に。」

(そう、二人きりで、油断した時に。)

ハーフテールは心の中でそう呟き、表情はあくまで気の良い紳士を装って、
「ピー」を預かって、標的とそのコイビトをにこやかに見送った。


「いい天気だなあ。」とS-1は嬉しそうに空を見上げる。
「ああ。」とR-1は短く答えて同じ様に空を見上げた。

「服を買って、それから、メシを食うか。」とR-1は隣を歩きながら、
S-1に尋ねる。

「メシが先かなア。」とS-1はにこやかに答える。

(良かった、)とR-1はその表情を見てホ、とする。
嘘をついている事など、絶対にバレていないとやっと安心出来た。

S-1は前を向き、歩き始める。
そして、独り言のように小さく呟いた。

「ごめん」

突飛なその言葉にR-1は立ち止まる。
当然、同じ速度で歩いていたから、S-1が数歩、先を歩いて
なだらかな肩と、華奢な背中に垂れ下がる三つ編みにされたこげ茶の髪が
R-1の目に飛び込んでくる。

「俺、嘘ついてた。」

紫の瞳が見ている方の頬が僅かに傾いて、
背中越しにR−1を申し訳なさそうに見ていた。

「判ってたさ。」とR-1は小さく吹き出した。
「お前がつく嘘くらい、見抜けない訳ねえだろ。」

「鳥は自分で獲ったんだろ。」とR-1はすぐに足を進めて肩を並べる。
そして、石畳の道をまた歩き出した。
「"約束"を破ったし、その上に嘘をついた。」とS-1は困ったような、
言いにくそうな事を報告する子供のような口調で言う。

「いいよ。俺を困らせる為じゃねえんだし。」
「でも、出来るなら、お前は俺に嘘をつかないでくれ。」

勝手な言い分だと口にしながらR-1は思っている。
自分はたくさんの嘘をこれからもS-1につきつづける。
S-1を傷つけない為だと言い訳しながら、本当は、

血みどろに返り血を浴びた自分の姿を、
血の匂いを纏った自分の存在その物を、

S-1に見られるのが怖いだけだ。
見られて、拒否されるのが怖いだけなのだ。

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