「S−1、S−1!」

もう、どんなに呼んでも、揺すっても、S−1は意識を取り戻さない。
ぐったりと燃える様に熱い体をR−1に預け、
荒い息を苦しそうに吐くだけで、何も答えず、眉を潜めたままだ。

「もうすぐ、もうすぐに島に着くから、頑張るんだぞ。」と
S−1を毛布に包んで、抱き締めたまま、R−1は船を必死で進ませる。

それこそ、最高速度で。

やっと、島陰が見え、そこから風を受けて、まっすぐに港に向かって、
波をきり、船はどんどん進む。
それでも、R−1は船足が遅く感じて、全身に冷たい汗が噴出した。

S−1の呼吸が弱くなる。早過ぎる鼓動が遠くなる。

そう感じる度に、R−1は、S−1を必死に叫ぶような声で呼んだ。

やっと、内海に入り、停泊できそうな場所を探せるほど、
島に近づいた。

その時。
船が横波を食らったかのように、大きく傾いだ。
同時に何かが激突したような衝撃音と衝撃も起こり、船を激しく揺らした。

「悪イ、ぶつかっちまった!」と全く悪びれない若い男の声がして、
遠慮など全くしない様子で R−1の船に飛び乗ってきた。

「変わった船だ゙な。」そういいつつ、近づいて、R−1の顔を見、
「お前、こんなところで一体何をやってんだ。」と驚いた様子を見せた。

それから、どんな会話を交わしたか、r−1はあまり覚えていない。
とにかく、その男の能力を動力とする特殊な船に乗りこみ、
凄まじい早さで港に船を着けて貰うと、

「とにかく、医者を探せ、後の事は俺がやる。」と言う男の言葉に
甘えて、R−1は町医者にS−1を運びこんだ。

「あと、10分遅かったら処置のしようがなかったかもしれない。」と
自分自身でS−1に治療しながら、R−1は膝や、指先が
震えるのを必死で堪えていた。

「とにかく、これで一安心ですね。」と眠ったままの
S−1の額に浮かんだ汗を拭った看護婦がR−1に労わるような
笑みを向けてくれた。

「でも、10日は入院して頂かないといけないので、」
「身の回りのものを持ってきてくださいね。」とメモを渡されて、
R−1は 初めて、自分達が金を全くもっていない事に気がついた。

(賞金首でも狩るか)と思ったけれど、そうやすやすと賞金首を
見つけられるかどうかわからないし、
そんな輩を探して、s−1の側を空けるなんて、
(とても、そんな事出来ねえ)と思った。

目が醒めて、知らない所で一人きりになったらどれだけ
心細いか、考えると少しの間も、S−1の側を離れたくなかった。

そんな事を考えてながら、じっと、S−1を眺めていると、
僅かに閉じられた瞼が痙攣するように動いた。

「S−1.」と静かに空気さえ揺らさないように気を使うほどの
声でR−1はS−1を呼んだ。

瞼が開くよりも先、S−1は自分を呼ぶ R−1の声を探すように
頭を少し動かして反応する。

「S−1.」とR−1はもう一度、同じ声音でs−1を呼び、
顔がよく見えるようにと 息が掛るほど近くに寄り添った。

額に張りついた髪を撫でて、表情を伺う。
まだ、呼吸は荒いし、熱も高い。
苦しそうに眉を潜めてはいるけれど、S−1は眩しいものを
見るようにゆっくりと目を開いた。

「よく、頑張ったな。」と秘密事を言い交わすように、R−1は
S−1に囁く。

「頑張れってお前が言うから。」と本当に小さな声でs−1は答えた。

「ここで寝てればすぐに治る。なにも心配しなくていいからな。」と
R−1はS−1の目が覚めた事を看護婦に教えに行く為に、
一旦、立ち上がった。

どこに行くんだ、と言いたげなS−1の眼差しにすぐに気がついて、
「すぐ、戻ってくる。」と笑顔を向けて、R−1は部屋から出掛けた。

「R−1、嬉しいか?」とその背中をS−1の声が呼びとめる。

「勿論だ。歌でも、大声で歌いたいくらいだ。」と思ったままの言葉を、
心の中にある感情をそのまま、R−1は顔中に浮かべて
振りかえる。

すると、はにかんだように、S−1が笑っていた。



「お前がロロノア・ゾロじゃなけりゃ、一体なんだ。」

S−1の相手を看護婦に頼んで、R−1が病院の外に出ると、
さっきの若い男が待っていた。

黒い髪。
顔にそばかす。

どことなく、麦わらのルフィに似ているような面差し。

「あんたは命の恩人だから、話さない訳にはいかないだろう。」
関係ない、言う必要はない、と突っぱねる事は出来ない。
R−1は不本意ながら、渋々、口を開いた。

R−1は、相手の性格と行動を分析する為に、逆にその男に質問した。
「なんで、俺がロロノア・ゾロだと?」

男は歩き出したR−1と並びながら、朗々とした明るい感じで答える。
「弟の仲間だし、何度か会った事もあるんだ。」
「一度会えば、二度と忘れねえ面だからな。」
相手に警戒心を起こさせないように、と言う心理がそこに見えた。

(油断出来ない男だ。)とR−1は僅か、それだけの会話で
その男の性格を警戒すべきものだ、と判断した。

「あれは・・・サンジか。」とその男は、呟いた。
さっきの軽い調子ではなく、何か思い詰めた、真剣な深い想いが
声にも帽子では隠し切れない表情にも滲み出ている。

瞬間、その事を訝しく思ったけれど、R−1はその訳を尋ねるような事はせず、
「ああ、」と短く答えた。

「声も?」と男が尋ねる。
R−1は頷くだけで答える。

「瞳の色も?」
「それは違う。右と左が逆なんだ。」

R−1は道すがら、その男に自分達の発生した経緯を話した。

「つまり、複製品って訳か。」と男は首を捻っていたが、
R−1は なんとか納得させた。

買い物するにも金がない、と悟ってくれたその黒髪の男は
「貸してやるよ。」と有無を言わせずに R−1の買うものの支払いを済ませてしまう。

「まだ、容態が安定してないんだ。」
「ずっと、ついててやりたいから、金は暫く、貸しておいてくれ。」
「必ず、返すから。」と病院に帰りつき、入り口で、R−1は
その男に遠慮がちにそう言った。

男は、皮肉っぽい笑みを浮かべて、
「複製品でも、やっぱりお前はサンジがいいんだな。」と軽口のように、
暴言を吐いた。

自分に対してではなく、ロロノア・ゾロに対して、なにか
私怨でもあるかのような まなざしと口ぶりだったが、
命の恩人に何を言われても、それを咎める事が出来ずに、
R−1は意味が判らない振りをし、淡々と答える。

「俺は、サンジがいいんじゃない、」
「あんたにはサンジの複製品にしか見えなくても、」
「俺にはあいつだけが本物なんだ。」と。

古びた小さな町医者の建物に入って行くR−1を見送りながら、
ポートガス・D・エースは 寂しげな溜息を吐きながら、独り言を呟く。

「イデンシレベルってか。」
「立ち入る隙間なんか、ハナっからねえとでもいうのかよ。」

複製品が、一体、どこまでサンジを複製しているのか、
興味が沸いた。

2度と会えない、会うまい、と誓っていたけれど、
(複製品なんだ。別人だ。)と思えば、

(瓜二つの他人を見舞うだけだ)

声を聞くだけでも
きっと、満足できるだろう、と自分に言い聞かせる。

エースは、一瞬の躊躇いの後、R−1の後を追って病院に足を踏み入れた。

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