「S−1、」名前を読んだ途端、R−1の理性が急に体の奥の方へ萎む。
シュミレーションも罪悪感も緊張も不安も怯えも期待も、なにもかもが
R−1の頭の中から弾け飛んだ。

いつものようなただ、合わせるだけの軽い接吻では到底、我慢出来ない。
力を加減しなければ、S−1が痛い思いをする、と言う事さえ忘れて、
R−1はS−1の小さな頭を両手でがっちりと押えこんで固定した上で、
唇を押し当てた。

うううう、とあまりにも唐突で乱暴なR−1の口付けにS−1は息が出来なくて、
うめきながら身を捩って、R−1を跳ね除けようとする。

本能的に近い感覚で、R−1は一瞬、S−1が呼吸出来る様に唇を離した。
水中で息継ぎをするような「ぷはっ。」と言う声とととも、S−1が息を吐いて、
そして吸いこみ、僅かに開いた唇の間を狙って、即座に頭を固定していた
右手を外して頬に触れながら、指を滑らせ、S−1の唇の端から人差し指を
差し込んだ。

ほんの僅かにその指先に力を添え、S−1が派を食いしばれない様に、
唇を引き絞ってしまわない様に、唇を開かせ、そこからR−1は舌先を差し入れる。
S−1の舌先を探り当てた感触を感じた途端、目を閉じたままなのに、
R−1は眩暈がした。

転がす様に弄び、戸惑って丸めて奥へ、左右へ逃げる滑らかなS−1の
舌の動きを追い駆ける。心臓の鼓動が全身の細胞の一つ一つにまで届くような気がした。
その感覚は今まで、想像もしなかった程甘くて、頭が朦朧とするほどだ。

腕や胸に暴れるS−1の腕や足がぶつかっているけれど、痛さなど全く感じない。
指を引きぬいても、S−1の唇はもう閉ざされる事なく、R−1が追い立てるのに、
ただ、逃げているだけにしても苦しそうに荒くなってくる息遣いを聞いていると
R−1の体はますます熱くなって、知らず知らずの間に、発情した雄まるだしの
粗暴さが剥き出し担ってくるのさえ止められない。

股間は木の棒どころか、金属製かと思うくらいの硬度になってしまった。
そして、そこにも、S−1の性器も徐々に興奮の度合いを増しているのを感じる。
甘い鼓動に嬉しさが混ざった。
自分の愛撫にS−1の身体が明確な答えを出しているのが嬉しかった。

だが、S−1がいつまでも抵抗を止めなかった所為で、二人は
もつれ合って、つい、ソファから転がり落ちる。
腕の拘束が解れた途端、S−1はまるで、猛獣に捕えられた草食獣が一瞬の
隙をついて、その牙から逃れる様に素早く、R−1の体の下から這い出た。
「S−1、」その思い掛けない行動にR−1の萎んでいた理性は一気に膨らむ。
だが、S−1はそのまま、さっきまでいた浴室に飛びこんで行く。

「S−1、ちょっと待て、」と慌てて止めても、ドアはかなり大きめな「バタン!」と
言う音で閉ざされ、ほどなく、「ガチャ」と内側から鍵が掛った音がした。

「どうしたんだ、S−1」とR−1が困惑してドアをノックして呼び掛けても、
なんの返事もない。

(なんでだ。体はちゃんと反応していたのに。)とR−1は驚き、訳が判らない。
R−1の頭は、さっきまでの甘い鼓動の余韻で少々、回転が鈍くなっている。

S−1は怖くて逃げたのだった。
(食い殺される)様な気がしたのだ、途中までは。

怒ったように近付いて来て、いきなりソファに押し倒す様に伸しかかって、
息を止めようとするかと思うくらいに口を塞がれて、口に指を突っ込まれて、

動転しているうちに、R−1の舌が自分の舌を舐めていて、
その感覚がこそばゆいような、下半身に心地良い痺れが走るようで、
だんだん、体に力が抜けて行くのを感じていた。
だが、下半身に痛みが走って、我に返った。
発情した徴に動転して、R−1の腕から擦りぬけ、なんとか、浴室に
立て篭もる事に成功した、と気がついた瞬間、全身の汗が出る穴から
一気に汗が吹き出た。

(なんだこれ)とS−1はドアを背にして立ち、パジャマのズボンを引っ張って、
自分の性器を上から見て、愕然とする。
本では読んで知っている。だが、カプセルから生まれて、人間として体の成長の
変化を自分自身で感じた経験がないS−1は、生まれて初めて、
「男性器が勃起する。」事を身を以って知った。

だが、それが「性行為」「発情」「肉体的刺激による快感」に依るモノだとしか
知らなかった。
繁殖する為に性行為は必要で、その為に発情するワケで、今、自分がこうなっている
理由が動転しているS−1がそれを見ながら、
(なんでだ、なんでだ、なんでこうなったんだ)と考えても、判る筈がない。

そんな余裕のない状態で、R−1の方も同じ状態になっている事も全く知らないでいる。

自分の体がああいった刺激で変化する事を全く知らなくて、
なんとか、自分が知っている知識を繋ぎ合せようと、必死で考えてみる。

女性に発情してこそ、この徴は顕れる筈だ。
この徴は、性行為の時に女性器に挿入する為の肉体的反応、
発情しているメスの匂いとかでオスも発情して、こういう変化が起こるのであって、
キスしているだけでこんな風になるのは

(おかしいんだ、俺。)とS−1は自分がはじき出した答えに愕然とする。
額から汗が頬へ向かってタラリと流れ落ちた。

なんだか、ドアの外でR−1がずっと呼んでいるけれど、もしも、
自分の肉体が不備だったと知ったら。

(俺の事、キライになるカモ。)
(って言うか、既に俺の事嫌いなのか。)

キスされる前、自分を呼んだR−1の声は怒っていた。
声だけではなく、顔もどこか緊張して強張っていて、怖かった。

でも、「S−1、何か言ってくれ。」とドアの外から聞こえるR−1の声も、
口調もいつもどおりだった。自分の我侭に困りきって、どうしていいのか
判らなくなって戸惑っている、いつものR−1の声にS−1の動揺は
時間を追って鎮まって行く。
そして、やっと、30分ほどしてから、ドアごしにS−1もいつもどおりを
装った声でR−1の言葉に答えることが出来た。

「なんでもねえよ、ちょっと腹が痛くなっただけだ。」
「大丈夫だから。」
「先に寝ててくれ。」

「腹が痛いって?」やっと、返ってきたS−1の言葉をきいて、R−1は
眉を曇らせて聞き返す。
「どこがどう痛いンだ。」この島に来る前に病んだ経験から、R−1は
S−1の体調に過敏になっていたから、当然、そう尋ねる。
この時点で、S−1が浴室に飛び込んで行った理由が判って、少し安心する。

S−1はそれを聞いて、やっとドアを開いた。
「もう治ったんだ。」

どうにか、勃起も治まったので、やっと浴室から出れた。
蒸し暑い浴室から出た汗まみれの体に部屋の涼しさが心地良かった。

ドアの外ですぐにR−1の顔を見たけれど、やっぱりいつものR−1の顔になっていて、
それを見た途端、S−1は大きく安堵の溜息をついた。

会った事もないけれど、ロロノア・ゾロと同じ顔のR−1の顔は、
目の形も鼻の形も、唇の形も、耳の形も髪の生え際も全て、
本当にいつまでもじっと見ていても
飽きないくらい、キレイに整っているなア、と思う。
こうやって、心配そうに自分だけを見ている翠の瞳を見ていると安心する。

「本当は、びっくりしたんじゃないか?」とR−1は
S−1の肩を抱いて、そのまま寝室にゆっくりと歩き出す。

「何が。」とS−1は曖昧に答えて、数歩先を歩き、ベッドに先に潜り込んだ。

「ちゃんと説明しなくて、いきなりだったから驚いて当たり前だ。」
「自分の事ばっかり考えた俺が悪かった。」

隣に横たわって、背中を向けてしまっていたS−1の体を包む様に抱いた。
「本当に悪かった。謝る。」
「何を謝ってるのか、わからねえよ。」とS−1はR−1の腕の中で
体を反転させて向き合う様にして体を寄せる。

どちらからともなく、手を探り合って指を絡めると御互いが安心して行くのを
はっきりと感じた。

「説明するから、聞いててくれよ。」とR−1は繋いだ手に力を入れ直す。
御互いの心地良い体温と緊張が解れた所為でS−1が眠ってしまって
話が中断されてしまいそうだと思ったのだ。

「人間は、足りないモノを誰かに預けて生まれてくる。」
「その代わり、自分も誰かの足りないモノを抱えて生まれて来るんだ。」

これは、R−1を作った博士が自分の妻を口説いた時に使った言葉で、
R−1が唯一知っている「愛の言葉」だった。

「その足りないモノ同士が出会ったら、完成した自分になる為に」
「その欠片を持つ相手の全部を、欲しくなって、
「自分の中にある、相手の欠片を相手に与えてたいから、自分の全てを与えたくなる。」
「体も、心も。」

R−1はその言葉をS−1になぞって言うように言った。

「足りないモノ同士が出会ったら、完成した自分になる為に」
「その欠片を持つ相手の全部を、欲しくなって、
「自分の中にある、相手の欠片を相手に与えてたいから、自分の全てを与えたくなる。」
「体も、心も。」
とS−1は棒読みするように、R−1の言葉を繰り返した。
(意味がイマイチ判ってネエ見たいな)感じを受けたが、(まあ、いい、先に進まなきゃ)
と思い直して、R−1は記憶を手繰って一つ、咳払いをする。

「そう。」
「だから、俺はお前の全部をやりたいし、お前の全部が欲しい。」

S−1の目を見て、R−1は真剣な顔でそう言った。
「うん。」とS−1は訝しげな声と顔でそれでも、素直に頷く。

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