「そんな事したら、あいつらだって、逃げられなくなるじゃないか。
きっと、煙を炊いてるだけで、上も下も燃えてないカモ。」

確かに、これだけ煙が出ているのなら、天井からも、
床からも、相当の熱気が上がってきてもいい筈だ。

それがない、と言う事は、S−1の言うとおり
"ハッタリ"かもしれない、とエースも気がついた。

「ナメた真似してくれるじゃねえか。」

一気にカタをつけよう、とエースが力を溜めるために腰をわずかに落した。

その時、背中に庇っていたs−1がエースの両肩に軽く、両手を添えた。
次の瞬間には、そこに軽い圧迫を感じ、S−1がエースの肩を軸にして、
飛びあがり、そのまま、低い天井の電灯を蹴り割った。

飛び散ったガラスが男達の前に降り注ぐと同時に、一番前にいた男の
脳天にS−1の踵がそのまま、振り下ろされる。

男が床に倒れた音と、S−1が床に着地した音が重なる。
少しも動きをとめないで、S−1は足を大きく振り上げて、
廊下の窓ガラスを割った。

そこから、すぐとなりの建物へと飛び移れる。
火があがっていなくても、煙はモクモクを間断なく上がってきていて、
窓を破壊しなければ、エースもS−1も息が出来なくなるところだった。

「動くな!」窓ガラスを乱暴に蹴り割ってすぐに、S−1は
一番最初に昏倒した男から銃を奪って、
一発、あまりにも素早かったS−1の動きに立ち竦む賞金稼ぎ達に向けて発砲する。

エースは、まるきり戦闘力など期待出来ないと思っていたS−1の動きに
唖然とした。

威嚇するように発砲してすぐ、S−1は倒れた男の体を無理矢理引き摺りおこして、
こめかみに銃を突き付け、「ちょっとでも、動くと撃つぞ。」と檄鉄を降ろしつつ、
引き金に指をかけた。

「ま、待て、」とS−1に捕縛された男の声が上ずっている。

「エース、逃げよう。」そのまま、男を引き摺り、S−1は
割れた窓に足をかけて半身を乗り出した。

「なんで逃げるんだ。」格下相手の賞金稼ぎに何故、背中を見せねばならないのか、
明らかに有利な状態なのに、何故、とエースは思わず、S−1に怒鳴るように尋ねた。

「なんででも、だ。」S−1はそう怒鳴りかえりして、男の銃を握ったまま、
男を突き飛ばしたかと思うと、もう、隣の建物の方へ飛び移っている。

「ッチ。」エースは舌打ちし、一瞬、炎上網を張って賞金首達の目を晦ましてから
S−1の後を追う。

サンジなら、逃げない。
完膚なきまでに叩きのめす。

だが、複製品のなんと、臆病な事か。
似ているのは、見た目だけ。

一瞬見せた蹴り技も、落ちつきも確かに"サンジ"だった。
あれだけの力量がありながら、それ以上戦おうとはしないS−1に

何故か、エースは落胆した。

本物だと思って見つめた宝石がイミテーションに過ぎないと判った時に感じる落胆に似ていた。

S−1は、隣の建物に飛び移ってからその中に入りこんで
座りこんでいる。俯いて、肩が荒く上下している事から、息が苦しい様子が
見て取れた。

(そうだった。)
S−1はまだ、高熱があり、足もまだ痛む筈だ。
それをエースが忘れてしまうほど、あまりにs−1の動きは俊敏だったのだ。

「大丈夫か。」と傍らに跪き、S−1の顔を覗きこむ。
俯いた顔を隠す、サンジよりも少し色の濃い髪が汗で濡れていた。

「勝てる相手だったんだろ、だったら、わざわざ、殺さなくてもいいじゃねえか。」
とS−1は切れ切れにそう言う。

「それで、逃げたのか。」
S−1は、頷きもせず、荒い息を吐くだけだった。

「あそこにはもう戻れないな。」居場所がバレたのだから、
また新手が来ることは充分、考えられる。

エースは、そう呟いてS−1を抱きかかえて立たせようとした。

だが、「R−1が戻ってくるまで待ってる。」と言って座りこんだまま動かない。
「もう、頭痛くて動けねえし。」とテコでも動こうとしない。

「ここで待ってても奴には判らないだろう。」と、エースは
サンジの頑固さが変形した、まるで、子供ように幼いS−1の我侭を持て余し、
困惑した。

「すぐとなりの建物にいるだけだ。絶対に判る。」とS−1は頑として
「どこかで休まなきゃダメだ。」というエースの言葉を聞き入れない。

S−1は溜息のように息を吐いて、呼吸を整えようとする。
「俺がどこに行ったかわからなくなったら、R−1が困る。」

実際、S−1は足も頭も痛いし、自力ではもう動きたくなかった。
けれど、それ以上に 賞金稼ぎを瞬時に威圧した癖に、

S−1は心細くて堪らないのだ。

敵意を持つ人間に銃を向けられるよりも、心を許していないエースに
守られる事の方がS−1にとって最大の不安だった。

寒気を感じてS−1は自分を抱き締めて、ブルブル震える。
自分に取って、R−1が特別であるように、自分も特別だと信じたい、

あの密林の窪地にいた自分を見つけたのだから、こんな近くにいるのだから、
R−1なら簡単に見つけられる筈、見つけて欲しい、と言う気持ちで、
S−1はここで待っていたかった。

見つけてくれたら、ずっと胸に澱んでいた胸のつかえが取れるような気がする。

「ここにいたら、具合がもっと悪くなるだけだぞ。」とエースはしつこく言う。
「じゃあ、どこに行くんだよ。さっきの部屋には戻れないって言ったじゃないか。」と
S−1はその度に言い返す。

「仕方ネエな。」とエースはおもむろに立ち上がった。
「サンジも頑固だが、お前も相当なもんだ。」と溜息をつく。

「R−1を探してきてやるよ。」とエースが言いかけると、
S−1は物凄い剣幕で「余計な事しなくていいっ。」と噛み付くように言う。

エースは、S−1の気持ちなど判る筈もないし、単純に
早く、これ以上病状が悪化しないよう、温かな場所でゆっくりと休ませたい一心で、
「ちゃんと俺がR−1に居場所を知らせてやるから、」
「とにかく、すぐに休まなきゃ、R−1に俺がヒンシュクをかうだろ。」

と、どうにか言葉での説得を試みるが、S−1はよほど、頭が痛くて辛いのか、
膝を抱えてそこへ顔を埋めてしまった。

「ったく。」とエースは ほとほと困り果てて、
「俺も、気の長い方じゃねえんだ。手荒い事するが、文句言うなよ。」

そう僅かに凄むとS−1はゆるゆると顔を上げた。

「手荒な事って。」と聞く前に、エースはS−1を軽々と肩に担ぎあげる。
「うわっ。」

「殴って気絶させてもいいんだが。」
「お前にそれをやると、ガキを殴りつけてるような気分になるからな。」

本当は、もう、二度と、"サンジ"に乱暴な事をしたくなかった。
だから、軽い酸欠を起こすエース特有の方法や、鳩尾を殴りつけると言った、
本当に"手荒な"真似をしたくなくて、

ただ、肩の上でS−1が足掻くのを顔を顰めながら堪えて、
担ぎ上げて運ぶ事しか出来なかったのだ。

「このまま、病院に逆戻りするしかねえな。」とエースは
やはり、薄暗く、湿ったその建物の階段を下りながら呟いた。

「降ろせ、クソバカ!」と大声で喚いたかと思ったら、
S−1は激しく咳き込んだ。

「ほらほら、大人しくいい子にしてねえと、R−1がもっと心配するハメになるぜ。」となだめるように、からかう様にいいつつ、エースは足を早める。

「あいつ、お前の事、物凄く心配してたんだぜ。」
「早く、元気にならなきゃいけねえだろうが。」
「くだらねえ我侭言ってちゃ、病気が長引くばっかりだろ。」とようやく、
外まで出て来て、S−1を肩から降ろすと、エースは

子供に言い聞かせるように、大げさに肩をそびやかしてS−1に笑いかけた。

「そうだけど。」とS−1は 自分の言い分が通らなかった事に不満げで
拗ねたようにエースの目を見ずに、地面を斜め下に にらみつけて答える。

エースは、「歩けるか。」と尋ねると、渋々、と言った様子で
S−1は頷く。

もともと、住処にしようとしていた建物の前だったから、
S−1はまたそこへ座りこむ。多分、立っているのが辛いのだろう、と
エースも仕方なくそのすぐ隣に同じ様にしゃがむと、
「R−1が帰ってくるまでここで待つ。」とつぶやくように言う。

「もうすぐ、帰って来る筈だから、ここで待っててもいいだろ。」


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