鬱蒼と繁った緑の植物が支配するこの島には、
恐ろしい習性の植物が存在した。

動物の擬態をし、動物と交尾をし、
その交尾相手の体内へ種を撒き散らし、

種は、その動物の体を苗床にして成長する。



「あーるわーん。」
「あーるーわーん。」

S−1は、自分が落ちた窪みから、大声で R−1を呼んだ。
怪我をしたのは、別に初めてではないけれど、

一人きりになったのは 初めてなのに気がついて、
急に 心細くなったのだ。

けれど、答えはない。
ジャングルの中で しきりに鳴き交わす鳥や、虫の声しか
聞こえない。

足は、見る見るうちに腫れて来た。
(痛エ。)

とても、立ち上がれそうにない。
オリジナルなら、こんな時でも、痛みを堪えて立ちあがって、
滑り落ちてきた坂を根性で登るのだが、

S−1の知能も根性も、12歳並みしかないので、
オリジナルのような馬力を出すには、少し、時間がかかる。

(R−1の言うこと、聞いとけば良かった)
(やっぱり、俺、バカだ)

と、ひとしきり、しょんぼりして、凹まないと、根性が出ない。

半べそをかいていると、
そばの茂みが唐突に ガサガサと動き始めた。

(なにかいる。)と、S−1は 潤んだ瞳のまま、その茂みを凝視した。

キュウ、キュウ、と妙な鳴き声がして、
S−1の頭くらいしかない、真っ黒な毛で覆われた猿の子供が、

おそらく、S−1を見て怯えていたのか、体を丸めて
震えていた。

「お前も落ちたのか?」となんとなく、同類のような気がして、
思わず S−1は尋ねてみる。

全く、敵意のないS−1の気配に安心したのか、猿の子供は
S−1の側に近寄ってきた。

「お前も、足、ヤっちゃったか。」と猿が、左足から
血を流し、引き摺っているのを見て、S−1は

おいで、おいで、と手招きをした。

猿は、少しづつ、S−1に近づく。
まだ、乳飲み子だろう。

S−1の膝の上に乗って来たので、S−1は 血だらけの毛を指で
撫でつけて、怪我の具合を見てやった。

「こんなにちっちゃいのに、こんな怪我して可哀想に。」と言いながら、
その傷を自分のシャツの袖を破いた布で縛ってやった。

「お腹、空いてるだろうな。」とポケットになにかないか、と
ズボンやシャツを探ると、飴玉が一つで出来た。

そのままやると 喉を詰らせると思い、
S−1はそれを口の中に入れて ポリポリと噛み砕く。

唾液で良くとかして、指でその甘い唾液を掬い、
猿に咥えさせる。

「美味しいか?」
と猿が必死で S−1の指をチュウチュウ吸うのを見て、
S−1は なんとなく、落ちついて、笑みを浮かべる余裕が出来た。

小猿だろうが、一人じゃないと思うと 少しは心細さが薄れる。

お腹が膨れたのか、守ってくれそうな相手に抱かれて安心したのか、
猿はS−1の指を吸いながら 眠ってしまった。



「エスワーン、エスワーン。」

R-1の方は、逸れたS−1以上に慌てふためいて、
S−1を探していた。

自分達の島から出たのは初めてだし、無論、それは自分もそうだが、
R−1は、ロロノア・ゾロと同じだけの剣士としての腕があり、

刀一振りさえあれば、どんな獣が出ようと、恐れることはないのだが、

S−1には サンジの体得している蹴り技も、
彼が12歳の時に会得していただけの技術しかない。

それに、一人きりになったことなどないのだから、
逸れてしまって、きっと 不安になっているだろう。

そう思うと、一刻も早く見つけ出さないと、とR−1は焦っている。

「俺が悪かった、謝るから出て来い、S−1」と もしかしたら、
拗ねて隠れているのかもしれない、とも疑いながら、
ジャングルの中を S−1の気配を探して歩き回っている。



足の痛みは酷くなる一方だったが、S−1は、
猿を胸に抱いたまま、なんとか 坂をよじのぼろうとしては、

失敗して、ずり落ち、また よじ登り、を繰りかえして、
窪みの中で 泥だらけになって、息を切らしていた。

「クソ。」

自分の体力のなさに思わず、悔し紛れの言葉を吐いて、
S−1は もう一度、よじ登ろうとした時、

「キ、キ、キ・・・」と頭の上で、猿の声がした。

それを聞いて、胸の中にいれた小猿が 
同じリズムの鳴き声を上げる。

「キ、キ、キ・・」と 二匹は明らかに呼び合っていた。

「ママかな。」とS−1が出来る限り、よじ登れる場所まで
なんとかよじ登ると、

ぬ、と猿が顔を出しているのが見えた。

S−1が、懐から 小猿を掌に柔らかく握って、
母親猿に届くように、その手を出きるだけ伸ばした。

「わ。」

足場に、さっきよりも強い力を加えてしまった所為で、
S−1の痛む右足が滑った。
それでも母猿は、S−1の手から 小猿を受け取る。

そのまま、S−1はまた 窪みへと転がり落ちた。

「いてて・・・」としたたかに 腰と尻を打ち、
顔を顰めながら 猿の親子を仰ぎ見ると、もう、

その姿がない。

(良かったなあ。)と自分の状況は全く変わっていないのに、
子猿を 無事に母親の腕の中へ戻せた事が嬉しかった。


が。

R−1の気配はまだしない。

「アールワーン」とまた、呼んだ。
もう、日が暮れかかっている。

「R−1、お腹空いただろうな。」と 自分の空腹よりも、
自分を探しているだろう、R−1の腹具合を気にし始める。

島を出て、生まれて初めて一人になって、
R−1のいないところで 初めて怪我をして、
S−1の12歳の神経は 疲労していた。

(眠い。)

また、
(R−1の言うことをちゃんと聞いて昨夜、早く寝れば良かった)と後悔した。

軽い酸欠を起す気体が 気温の下がる夜になると
S−1の落ちた窪みに充満するなど、夢にも思っていなくて、

S−1は片膝を抱え、その上に頭を置いて目を閉じる。
1分と立たない内に、S−1は寝息を立て始めた。

夕闇が迫る中、S−1が眠る窪みの中に、
緑の髪、緑の瞳をした男が いつのまにか佇み、S−1を薄笑いを浮かべながら、見つめている。


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