「そんな事、出来ない、出来ないっこないだろ!」
「出来なくてもやるんだ、S-1!」

どうにか必死に二人は、自分達の家に辿り着く。
S-1は足を撃たれていたが、幸いにも貫通していて既にその傷は塞がり、
もう血は止まっている。
だが、R-1の腹に銃弾を何発も受けた傷はさっさと銃弾を取り出さないと、
そのまま塞がり、体に鉛を取り込んだままになってしまう。

「お前の腹から弾をほじくりだすなんて・・・俺に出来る訳ないだろ!」
S−1がそう言うのも当然だ。だが、夜中に医者を探し出す時間さえない。
傷が完全に塞がってしまえば、鉛の毒が血液中に混ざって、体の中で化膿する。
そうなっては、さすがに複製された体でも、命が助かるかどうか判らない。
とにかく、一刻を争うのだ。

R−1はソファに体全体を預けきり、肩で荒く息を吐いていて、全身脂汗で
ぐっしょりと濡れている。
出来る、出来ないで言い争っている時間さえない。
R−1は、熱で潤んだ目でS−1をしっかりと見据えた。

「いいか、まず、・・・」
腰から下の神経に麻酔をかける方法を、R−1は声を絞り出すように教える。
いつも、なんでも、どんな時でも、自分の意志を聞いてくれたR−1が
まるで、絶対に逆らえない命令をする様に、有無を言わせず、指示を出しはじめた事に
驚き、怯えた様にR−1を見詰め返している。
「絶対に途中で気を失ったりしない。全部、上手く出来るように教えてやるから、
「やってくれ」
「でも、・・・俺、そんなの・・・」
「やるんだ」R−1は血まみれの手を伸ばして、S−1の手を掴む。
そして、今、出せるだけの力で引寄せた。息が詰まるほどの痛みが全身を貫く。
それでも、その痛みを堪えて、S−1を抱き締める。

お前が弾を出してくれなきゃ、いずれ、俺は死ぬ。
そんな脅迫めいた言葉を口にして、S−1を動かしたくなかった。
そんな事をしたら、怯え、竦み上がって、緊張し、S−1は指1本動かせ無くなってしまう。
自分の鼓動がいつもよりも弱い事、体から咽返るほどの血の匂いがする事、
歯を食いしばらねば耐えられない程の痛みに体が強張っている事を
S−1を包み込む様に抱き締める事で、R−1はS−1に教えようと思った。
そして、R−1が伝えたかった情報は、その必死の抱擁で確実にS−1に伝わる。

もともと、人間の数倍の機能を備えた複製品の体には、戦闘スイッチが入った時に限り、
知能も体力もオリジナルよりもはるかに高くなる。
(・・・R−1の為なら)
S−1の瞳に動きに動揺も戸惑いも迷いもなくなった。
R−1の為に、ただ、それだけの為に、S−1は理性を失う事無く、
本来の戦闘兵器、人造生命体としての性格無比な機能を発揮しはじめる。

必要な薬品を、必要な部位へ。
「塞がりかけてる場所から、頼む」
「うん、わかった」

床に横たえたR−1の傷をまず、消毒された布で拭い、損傷を確認する。
プスリ、とメスが皮膚をつき破る感触も、血管を用心深く避けて、S−1が
細かい器具を使い、めり込んだ肉から抜き取る感触も、R−1には感じる。

「・・・あっ・・・」何発目からの銃弾は、太い血管にめり込んでいたらしく、
それを抜き取った途端、S−1の顔に血が飛び散った。
「R−1、血が・・・一杯出てきた・・・」思い掛けない出来事に、S−1の声が上ずる。
「しばらく、その場所を手で押さえてろ。すぐに塞がるから・・・」
その出血の所為か、横たわっているのに、R−1は酷く眩暈がした。
天井がグルグル回って見える。気分が悪くなって目を閉じた。
「R−1!目を閉じちゃダメだ!」
「あ・・ああ、悪イ」

目を閉じたら、そのまま寝入ってしまうと思うのか、S−1はR−1が目を閉じる度に
取り乱した声でR−1を呼ぶ。
その声を聞いて、ふっと意識が真っ暗な闇に落ち込んで行きそうになるのを辛うじて踏ん張る。
「あと、4つだ。もうちょっとだから・・・」と言うS−1の声は、
R−1を励ますのではなく、まるで、S−1自身を励まし、勇気付ける声に聞える。
それに相槌を打つ事も出来ず、R−1は霞む目を必死に開いて、
自分の血で汚れて行くS−1の手元をじっと見ていた。

最後の銃弾を穿り出し、その傷を縫合するまでは意識を保っていたつもり
だったのに、言い難い異物感が消えて行くごとに、熱も引いていき、
それに伴って、体も軽くなってくる。出血の所為で寒さを感じていたけれど、
徐々にそれも気にならなくなって来た。

恐ろしく眠い。
だが、目を閉じたら、S−1が心細い思いをする。
ふと、唇に軽く、S−1の髪が触れた様な気がして、慌ててR−1は瞼を
持ち上げる。
「・・・ちゃんと起きてるぞ」そう言うと、寄り添っていた体をそっと
S−1は離し、起き上がる。
「今、目を閉じてたんだぞ。ちゃんと息してるかどうか、心配で・・・」
「そんな怪我じゃない」そう言った途端、また目の前がぼやける。

それから、何をどう指示したか、R−1にはさっぱり記憶がない。
目が醒めたら、いつもS−1と一緒に寝ているベッドの上に寝ていて、
傷も包帯で巻かれて、上下きちんとパジャマを着ている。

(・・・ヤべエ、)
「「絶対に途中で気を失ったりしない。全部、上手く出来るように教えてやるから・・」と
言った事ははっきり覚えている。それなのに、多分、まだS−1が全ての傷を
縫合する前に、気を失ってしまったのだ。
(確か、傷を手当てしたのは、台所の床の上だったし・・・)
(着替えた記憶も、そこから移動した記憶もねえっ・・・!)

意識を失って、身動きしなくなった自分を見て、S−1はどれだけ心細かったか。
動かない自分の体を綺麗に拭って、包帯を巻いて、血で汚れた服を着替えさせて、
S−1の事だから、傷に障らないように、と気を使って、
ベッドまで自分を運んだに違いない。

(なんて言って謝りゃいいんだ?)
途中で気を失わないって言ったくせに、大嘘吐き、バカ野郎!
そう言って、真っ赤なお顔をして怒るだろう。怒って当然だ。確かに無責任だった。

自分が撃たれたと言うだけで、S−1は理性を失いかけた。
それほどの衝撃を受けたのに、刃物を握らせ、肉を穿らせ、血を浴びせたのだ。
(きっと、ものすごく動揺してる)
どれだけ、ショックを受けているかを、考えるとR−1はたまらない。
R−1は、もう1秒も横になってなどいられなかった。

「S−1?」
部屋の中にはS−1の姿がない。
朝が来て、人の気配を察したピーが嬉しそうにピーピーと鳴いていて、
風呂場の方からザーザーと大きな水音が聞こえている。

(風呂場にいるのか)
そう思って、R−1は風呂場を覗く。

「あ、目が醒めたか?」S−1は床にしゃがみこんで、ソファのカバーを泡だらけにして
洗っているところで、R−1の気配を感じたのか、振りかえる。

いつもと何も変わりない。
一見、そう見えた。

「途中で気を失っちまって・・・悪かった」
「血の汚れって、綺麗に落ちないな、これ、もう捨てなきゃダメだ」
R−1の声を聞いている筈なのに、S−1はまるきり別な事を言い出した。

「S−1、」自分の方を向いているのに、S−1の目つきはどうも妙だ。
どこか、焦点が合っていない。
いつもよりもずっと、早口で、上機嫌な時以上に言葉数が多い。
「昨夜から何回も洗ったんだけどさ、ちっともキレイニならないから」
「お前のあの服、折角買ったばっかりなのに、もうダメだし」
「俺の服も血だらけだったしさ」
「でも、元気になれてよかったなあ、何が食べたい?」
「あ、腹減ってないか?減ってたら、パンでもなんでも用意するから」

「S−1!」R−1は思わず、大声でS−1の軽快過ぎるお喋りを遮る。
興奮して、感情のコントロールが出来てない。
おかしな目の輝きを見て、すぐに判った。

夜が明けるまで、一人で、ピンと気持ちを張詰めていた姿がR−1の脳裡に過る。
血沁みの出来た敷物、血まみれで千切れたR−1の服を目の前にして、
いつまでも消えない血の匂いをどうする事も出来ずに、きっと数時間は、
ぼんやりしていただろう。

そして、S−1の理性の制御を越えた、人造の機能がゆっくりとオフになるに連れ、
じわじわと色んな恐怖を思い返したに違いない。

R−1は風呂場からS−1を力任せに引っ張り出した。
飛び散る湯飛沫を長い時間浴び続けて、肌も服も髪もしっとりと濡れ、胸に抱き締めた途端、
洗剤の芳香が薫った。

「悪かった、怖い思いさせて」
「ホントに悪かった」
S−1の肩に顔が埋もれるくらいにR−1は力一杯、S−1を抱き締める。
どちらの骨かはわからないが、少し、体が軋む音が聞こえたが、そんな事は、構わない。

S−1の心の中にある、色々な感情を爆発させてやらなければ、いつも見ている、
真っ直ぐで曇りのない瞳の輝きが失われてしまう。
そんな気がして、例え、痛いと言われても腕の力を緩められそうにない。
それほどの力で抱き締められたら、息さえままならないだろうが、それでも、R−1は
構わなかった。

そのR−1の腕を引き剥がそうとするかのように、S−1の手がR−1の腕を
しっかりと掴む。その手は小刻みに震えていた。

余りにも弱い自分が恥かしい。それをR−1に曝したくない、だから、本当の気持ちを
隠そうとしていたのに。だから、この腕を振り解きたい。
それでも、今、胸の中にある混沌とした感情が息苦しくて、それから解放される為に
この腕の温もりが欲しくてたまらない。だから、この腕にしっかりと縋りたい。

そんなS−1の感情が繊細な震えに篭められている。

「・・・銃で撃たれた事なんか、怖くなかったんだ」
「俺、お前が死ぬ事だけが怖くて怖くて・・・もし、このまま目を覚まさなかったら」
「そう思うと、怖くてどうにかなりそうだったんだ」
そう言った途端、ボロボロとS−1の目から大粒の涙が零れ落ちた。


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