「手出しは、一切、しねえ。」
エースは、自分達が狙う獲物の巣窟である酒場に向かう途中で、
この「試験」に関するルールをR−1に講じた。
「お前が身動き出来なくなったらそれで終りだ。」
「S−1は、俺が貰う、」
抑揚のない、感情の殆ど篭らない声だが、エースはそこで
一旦、言葉を区切り、ひとつだけ溜息をついた。
まるで、心の中の激情を押し殺して、また、無表情を取り繕うかのような、
深い溜息を静かに吐いてから、
「"サンジ"の身代わりに、俺が貰うからな。」
R−1は思わず、前だけを見て歩いていた足を止めた。
「あんた、サンジを。」
エースとサンジの間に何があったかなど、R−1は考えた事もなかった。
いや、思いもしなかったから、当然、興味もなかったのだが、
エースのその言葉を聞いて、はじめて、エースがサンジにこだわり、
そして、その姿かたちを映すS−1に固執する理由を
R−1は
「サンジの身代わりに」と言うエースの言葉で知る。
「イデンシレベルって奴で惹き合う奴らを引き剥がせる筈がなかったってことさ。」
「命懸けで、ロロノアを選んだんだ。俺は ただ、あいつをボロボロにしただけで、」
「その償いさえもさせて貰えなかった。」
エースの漠然とした言葉だけでは、一体何があったのかまでは
判らないけれど、確かに、エースとサンジには 言葉にするには
辛過ぎる何かがあって、
エースはいまだに、サンジを忘れらないでいる、
その事だけははっきりとR−1には伝わった。
「S−1は"サンジ"じゃない。」
「そうさ。」
R−1の、同情しながらも、否定する言葉にエースは間髪いれずに
笑って答える。
「お前が俺に強さを見せつければそれで済む事だ。」
「サンジだろうと、そうでなかろうと、俺がs−1をどう思っていようと、」
「何もかも、どうでもいい事だろうが。」
R−1はその言葉を聞いて、黙りこんだ。
(そうだ。)
エースの言うとおり、エースに自分がs−1を守り切れるだけの
力量がある事を認めさせられれば、なんの問題もない。
S−1をS−1として、サンジとは違う人間として大切に想い、
守りぬけるのは、この世で
(俺しかいない)んだ、とエースにも、また、改めて自分にも言いきかすために、
R−1はまた、歩き出した。
賑やかな酒場に、二人は正面から堂々と入る。
「賞金首はどいつだ。」とエースがその雑然とし、騒々しい店の中の
酔いどれた空気を圧する様に怒鳴った。
一瞬で、その場末ながらも、盛り場の華やいだ空気が凍りつく。
「なんだ、てめえは。」
エースの倍はありそうな、いかにも腕っ節の自信のありそうな大男が、
巨大な剣を肩に担ぎ上げながら、威嚇するようにエースを睨みつける。
「賞金を稼ぎに来た海賊だ。」とニヤリ、とエースは笑って、
R−1に目配せをする。
「試験開始」の合図だ。
「皆殺しにしろよ、変な同情で死にぞこないを作るな。」
「余計な恨みを買うだけだからな。」
そう言って、エースはR−1の後に飛び退った。
件の大男が真っ先に
「狩れるもんなら狩って見やがれ、」と喚きながら、剣を振りかざしてくる。
R−1は今は、素手で武器を持っていない。
が、男が剣を振り下ろす、
その剣戟が床をぶち抜く、ほんの瞬きする以上に早くに横に流れるように
動いた。
目の前の標的を見失う男が戸惑った時には、頬の肉が大きく抉られ、
頭蓋が粉砕するほどの衝撃を受けて、酒瓶が並ぶカウンターへ吹っ飛んで行った。
ガラスが割れる音、木の調度品が壊れる耳障りな音が響く。
他の海賊達の戦意が一斉にR−1に向かって注がれる中、
男達はそれぞれ、自分達の得物を構える、金属の擦れる音が不気味に
鳴る。
R−1は、まず、一番最初に一撃で殴り倒した男の剣を奪うと、
おもむろに、生死のわからない状態で、白目をむいている男の喉笛を
無表情で掻っ切った。
頚動脈から、間欠泉のように血が吹き出し、R−1の身体に飛び散る。
(別人か)と思うほどの、落ち着き振りにエースは
さすがに驚いた。
人を殺す為の目的で作られたR−1には、ゾロとは全く違う
"性能"がある。
「戦っている」意識がある時は、どれだけの怪我を負っても痛みを感じる事もないし、人間離れしたゾロよりもはるかに持久力があるのだ。
死に対する恐怖がないから、常に冷静で、敵の戦闘力を分析する事も出来る。
だから、余分な動きはない、だが、防御もしない。
「そんなデカイ剣を自由に振り回せるモノか!」
明らかに
R−1には大き過ぎ、逆に扱いにくいだろう巨大過ぎる剣を握って、
自分達に向かってくるR−1にそう怒鳴って、
何人かの男達がサーベル、刀、などそれぞれの武器を翳して、
飛びかかってくる。
心臓、喉、眼球と、R−1の剣は容赦なく、なんの無駄もなく、
男達の急所に走り、床に、天井に、血飛沫が散る。
腕を切り落とされ、戦意を削がれても、R−1は情け容赦なく、
留めを刺す。
「皆殺しにしろ。」と言ったけれど、人を殺した事のない人間に
急にそんな事を言っても出来る筈がない。
(こいつ、)
見くびった、とエースはR−1の動きを見て、少し、寒気を感じた。
今までにも、きっと本人でさえ、数えきれないほどの人間を殺してきた男の
目だった。
「人を殺すな」と言うS−1の隣にいて、柔らかく包んでいる男とは
到底思えないほどの豹変振りにエースは愕然とする。
この姿をS−1は知っているのだろうか。
この姿をS−1が見たら、どんな顔をするのだろう。
「これで、文句はないだろう。」
両手に血が滴り落ちる剣を握って、R−1は出入口付近に佇む
エースを睨みつけるように見た。
「ああ。」とエースは肩をそびやかして周りを見渡す。
カウンターの中では、この店の従業員と店主がガタガタと震えていた。
「見境がなくなる訳じゃねえんだな。」
賞金首ではない、海賊が連れていた女達も皆、腰を抜かしたり
気絶したりしてはいるものの、R−1が生きの根を止めたのは、
皆、海賊だけだとエースは確認した。
R−1の表情は、いつもどおりの落ち着いた、
ロロノア・ゾロより、少しだけ穏やかで、知性的な表情に戻っている。
だが、全身、返り血にまみれていて、却って 恐ろしげだ。
「それだけの腕なら、なんの心配もねえな。」
「試して悪かった。合格、だ。」
手に馴染んだ武器ではないのに、殆ど一撃で仕留めている。
脂や血曇で切れ味が鈍る度に、R−1は剣、刀、サーベル、ナイフ、など
手当たり次第に武器を変えていた。
それで、この成果だ。
ロロノア・ゾロのように、一つの武器を極めたら、
いずれ、「世界最強」を目指すゾロと対峙しなければならない日も来るかもしれない。
「それは有り得ない。」と、エースのその戯言めいた言葉をR−1は
あっさりと、興味なさそうな口調で否定した。
「俺達クローンは、オリジナルが死ぬと72時間以内に死ぬように
遺伝子に組み込まれている」
「オリジナルのロロノアを倒す事は俺にとっては自殺行為なんだ。」
それを聞いて、エースは眼を見開いた。
「なんだって?じゃあ、」
S−1が生きている、という事は、サンジはどこかで生きている事だ。
麦わらの一味の噂は、サンジと海に、引き裂かれるように別れてから、
一度も聞いていない。
サンジの生死さえ判らなかったのだ。
だからこそ、ずっと、悲しみからも辛さからも抜け出せなかった。
だが、S−1が生きている。
オリジナルが死ねば、72時間以内で死ぬ筈の、クローンが生きているのだ。
「サンジは生きているって事か。」
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