そして、R−1は「おかしい」と考える。
ただ、今は、昨夜の様に真夜中ではなく、まだ、夕方だった。

「なんで俺がこのオッサンと二人きりでこの部屋にいなきゃならないんだ。」と
R−1はブツブツいいながら、シンクで氷の塊をガンガンと力任せに割っていた。

朝、S−1が癇癪を起こして、家を飛出して。
それをなんとか必死で宥めて、家に戻ろうとして。

そうしたら、ハーフテールが階段の所で座っていた。
医学的な知識はそのあたりの医者よりもずっと高いレベルのR−1は、
一見して、ハーフテールの顔色が尋常ではないと判った。

(熱があるんじゃないか)と判ったが、(だからどうした)とその時は思った。
ハーフテールの事なんかよりも、今日はもっともっともっともっと大事な事があって、
それ以外の事にかかずらわる気は全くない。

「オッサン、」
「もう病院から出てきたのか?」

ハーフテールは、ピーを助けようと運河に飛び込んで溺れかけた。
それを病院に担ぎこむだけ担ぎ込んだだけだったから、S−1は
思い掛けなくハーフテールの姿を見つけて、驚いて駈け寄って行く。

「ああ、病院にはいられなくってね。」とハーフテールは弱々しく笑った。

さっさと仕事しろよ、ハーフテールさんよ。
もう、梱包して送る手配もつけているし、あんたの前宣伝で値段も決まりかけて、
飼い主まで決りそうな勢いなんだから、さっさと引き渡してくれないと
そろそろ、俺達もボスも不機嫌になりますよ。

そう言って、ハーフテールは本業の仕事を急かされていた。
急かされていた、と言えば穏やかだが、暗に脅しも含まれている。
今さら「なかった事にして下さい」とは言えない相手だ。
裏切ったと判った途端、殺そうと追手を向けてくるに決っている。
それから逃げたり、殺したり、追われたりするのが面倒だから、今まで言うことを
聞いてきたが、今回は、時間が経てば経つ程、ハーフテールの心に迷いが
生まれてきて、S−1を浚う決心がつかないでいた。

だが、その目的がなくなったら、S−1の側にいる理由が無くなる。
だから、S−1を人買いに叩きうる、と言う目的を果たそうとしている、そんな
自分の気持ちにまだ、ハーフテールは気がつかないでいた。
ただ、何か得体の知れないモノに追われて、焦っている事だけは自覚出来る。

「オッサン、」と呼ぶ、S−1の声に年甲斐も無く、心臓の音がひときわ大きく鳴ったような気がした。だが、正直、体はだるいし、頭は痛いしで、気分は悪い。
どこかで横になりたくて仕方がなかった。
病院にいればいいものを、ハーフテールは人買いに脅され、じっとベッドに横になっていても誰も見舞いにはこないので、さっさと病院を出、
気がつけば、S−1達が住む、集合住宅の前に辿り着いていたのだ。

「熱があるんじゃないか。」
S−1は心配そうに手をハーフテールの額に当ててくれた。冷たくて、柔らかくて、
男の手ではないような感触だ。
「病院に行けばいいだろ。」と隣で憮然とR−1の声がする。

「追われてるんだよ。匿ってくれないか。」普通の人間ならあつかましい、と
拒否するだろうが、この「獲物」なら、絶対に懐に入れる、とハーフテールは確信した。

そうして、まんまとハーフテールはS−1の家に上がりこんだのだ。
そこで、初めて、ハーフテールは「エスワン」と言う、彼の名前を知った。

「病院に行けばいい」と言うR−1に
S−1は「だって追われてるって言ってるじゃないか。」と
一生懸命、食って掛かっているようだった。
だが、
「俺達にはなんの関係もねえことだろ。」
「余計な事に首突っ込んだら俺達まで厄介事に巻き込まれるんだぞ。」と
R−1もハーフテールが聞いていようがいまいが気にもしないで
露骨に迷惑そうな事ばかりを主張していた。
けれども、結局、どんなにR−1が頑張っても、S−1が一度言い出した事を
諦めさせる事は出来ない。

「明日になって熱が下がるまでだからな。」とR−1は渋々、本当に渋々、
ハーフテールをソファに寝かせて看病する事を承諾した。

「ソファじゃなくて、ベッドで寝かせてあげた方が」
「それだけは絶対にダメだ。」

二人で並んで座る為のソファはハーフテールが心地良く寝そべるには
少々狭く、病人には決して最適な寝床とは言いがたいが、R−1はそれだけは
絶対に許さない。

迷子になるから、と言ってS−1がR−1の替わりに薬を買いに行き
その間、R−1がハーフテールの為に氷の塊を砕いている。

そして、R−1は「おかしい」と考える。
昨夜も予定どおりに事は運ばなかった。そして、今夜も。

(いや、もう限界だ。こんなオッサン、ヌイグルミかなにかだと思えばいい。)
後で飲ませる薬に睡眠薬をたっぷりし込んで、火事が起ころうが、地震が起ころうが、
起きないくらいに熟睡させればいい、とR−1は思いついた。

(今夜ったら、今夜だ。なにがなんでも、今夜だ。)

そう改めて決心し、氷を砕きまくった。
頭を冷やそう、とぐったりと横になっているハーフテールの顔を
ソファの背凭れごしに覗きこむ。

(ん?)
風邪だの、肺炎だの、疲労だのの発熱でこんな顔色はおかしい。
イヤに赤黒いのだ。

(ちゃんと診てやろうか。)とふと思ったが、やっぱり今日は人の世話を焼いている
場合では無い、とR−1は思いなおす。

「オッサン、夕飯すんで、薬飲んで、俺達が寝室に入ったら」
「何があっても起きるなよ。」

と、本気で「否」とは絶対に言えないほどの凄みを聞かせてR−1はそう言いながら、
ハーフテールの額のタオルを冷たいモノに取り替えてやる。

そうこうしているうちに、S−1が薬屋からR−1が指示していた薬を
買って戻ってきた。
そして、すぐにキッチンに向かって、食事を作る。
気分が悪いのがおさまらずに、ハーフテールはずっと起きていたが、
この部屋の空間はとても安心できて、居心地の良い場所のようで、
そんなところに自分がいる、という事があまりに不自然で、その所為で、
心が落ちつかない。
S−1とR−1の交わす言葉、行動の一つ一つに神経が向けられる。

二人が同性ながら、心から信頼しあい、必要としあい、愛し、愛されて、
一緒にいる事に安心している事が切々と伝わって来るような気がする。
同性であれ、異性であれ、そんな経験をした事がない自分にそれが判るのは、
とても不思議だった。

「あんまり食欲ネエだろうけど、」
「食わなきゃ良くならねえから、ちょっとでいいから食って見てくれ。」と
差し出された温かな、消化が良い様に時間をかけて煮込まれてやさしい味の沁みた
野菜の入ったスープは心が蕩けるほど、美味かった。
一ベリーの金も払わずに、こんなに心の篭った料理を食べたのは生まれて初めてだと
思うほどだった。

だが、やはり、そうはたくさん食べる事が出来ない。
「すまんね。せっかく美味しいスープなのに。」とハーフテールは
申し訳なく、S−1にたった皿一杯のスープさえ飲み干せなかった事を謝った。

「ううん、また、腹が減ったら言ってくれ。すぐに温めてあげるから。」
それを聞いて、ハーフテールは決心する。
(やっぱり、この話しはなかった事にしよう。)

ここまで懐に入り込んでしまって、S−1の人柄を知ってしまって、
平然と変態な男達の玩具にされると判っていて売り払う事など出来ない。
失敗した、とハーフテールは自分の仕事に対して、初めて
後悔した。とっとと浚ってしまえば良かったのだ。
どんな男娼になろうと、そこまでは自分の知るところではないと今までどおりの
やり方をすれば良かったのに、今となってはもうS−1をただ、
苦しめるだけにしかならない自分の目的などとても果たせそうに無い。

やがて、S−1は風呂に入った様だった。
「オッサン、薬飲めよ。」とR−1はソファに横たわって目を閉じていた
ハーフテールにそう声をかけた。
「薬はさっき、君がくれた奴を飲んだが。」
「いいから、飲め。」

R−1が食後すぐに飲ませた薬のおかげで、ハーフテールの体は随分
だるさが、頭からは痛みが消えていた。それなのに、R−1はまた、ハーフテールの前に錠剤を数粒置き、水が入ったコップをぐい、と目の前に突き出した。

「飲んだら、朝までぐっすり眠れる。」

(ああ、なるほど)R−1の妙に必死な様子でハーフテールはおおよその見当が
ついた。

「ええと、あーるわん君、薬は結構だよ。」
「熱も下がった様だし、私は用を思い出したから、退散して上げよう。」

「え。」R−1は思いがけないハーフテールの言葉に絶句する。
浴室の方からひっきりなしに聞こえていた水音が止まった。
もうすぐ、ホカホカと湯気を纏ったS−1が風呂から出てくる気配がする。

「あんなに仲がいいのに、今夜が初めてなんだね?」
「べ、別にそう言う都合じゃないが。」とR−1はしどろもどろで
卑猥な笑いを浮かべてからかうハーフテールに答えた。

「そういう都合なら、私は邪魔だね。」
「だが、なんだか、エスワン君は全然そんな事構って無い様だが、」
「大丈夫かね。」
ハーフタールは野次馬根性剥き出しでR−1にそう尋ねる。
ふてぶてしい、横柄な態度しか見せなかったR−1の顔が見る見るうちに真っ赤になって行く。

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