S-1のシャツだ、これは。

R−1の顔色が変わった。
猿は、まるで、自分を誘導するかのように走って行く。

それを信じるしかない。
とても嫌な胸騒ぎがして、R−1は猿の後を追った。


無抵抗で、死ぬと判っていて苗床になるほど
S−1もお人よしではない。

必死に爪を立てたり、食い千切ったり、腕を闇雲に振り回したりして、
暴れに暴れて抵抗する。

植物の方も、日が昇れば活動ができなくなるらしく、
どうしても、S−1を捕獲しようと蔓の数も、締め上げる力も増して、
S−1を締め上げる。

絡みつかれて、口や鼻などの穴に触手のような蔓が入ってきたら
終りだ、とS−1は本能的に感じてどうにかそれだけは
回避出来ている。

が。

徐々に体が重くなってきた。
指先から、腕から、だんだん体が痺れてくる。



(毒草なのか。)と知った時は、もう腕が上がらなくなって来た。

生きながら、体に種を播かれ、生きながら芽吹くのを見て、
静かに死ぬのかもしれないが。

(怖い)とはじめて思った。
目の前の植物ではなく、死ぬこと


2度と R−1に会えなくなる事が、
S-1に恐怖と言う感情を初めて教えた。

「R−1!!」
喉を締める蔦を引き千切って、最後の力を振り絞って叫んだ。
叫んだつもりなのに、その声はあまりに弱々しく、小さい。

嫌だ、死にたくない。
こんなところで死ぬために俺は 作られたんじゃない。

俺は、R−1の為にだけ、生まれたのにこんな


そこまで考えた時、諦めて、瞼を閉じていたS−1の瞳が
パっと鮮やかに開かれる。

「クソ、こんな所で死んでたまるか!」

火事場のクソ力か、バカ力か、そう言う言葉があるけれど、
意識を失い掛けて、朦朧としつつ、考えついた答えが
いきなりS−1の体に 信じられない力を生み出した。

口を狙ってきた触手を鷲掴みにして思いきり引っ張り、
襲ってくる触手を次々に棘で手が血だらけになるのも構わずに
闇雲に払いのけては、引き千切って、
足に絡らまる蔦までを足の動きだけで千切った。

本来、12歳の体力と筋力しかないS−1だが、この時、
「ロロノア・ゾロに会わないで死ぬのは嫌だ」と言う
オリジナルのサンジの遺伝子が唐突に作動して、
19歳の体力を発揮できたのだ。

なんとか、蔓から逃れたけれど、服が破れてボロボロになっている。
薄暗い中を目を凝らすと、まだ、不気味な植物はウネウネと蠢いていた。

(根っこをどうにかしないと枯れないんだ)

けれど、この株を枯らしたらこの伴侶であるもう1株が
枯れてしまう・・・とs−1は その植物を土の中から引きずり出すのを躊躇った。

「あ!」

棒立ちになっていたS−1の足もとの土から凄まじい勢いで蔓が生え
避ける間もなく、S−1は全身に絡みつかれ、縛り上げられるように
宙に吊るされた。

毒で大人しくさせておいて、それから苗床にすればいい。

さっきの植物ではない、意識の会話がS−1に聞こえた。

繁殖の助けになる為にもう1株の植物が地中を伝って やって来たのかも
しれない。

S−1の記憶はそこまでだった。


とても温かい温もりに抱かれている。
安心して、S−1は眼を開けた。

「大丈夫か。」

ああ、やっぱり助けに来てくれたんだ、とS−1はその顔を見て
申し訳なさそうな、曖昧な笑顔を浮かべた。

「笑って誤魔化すなよ。俺は怒ってるんだぞ。」

R−1が怒っている。けれど、S-1はそんな事、少しも怖くなかった。
「ゴメンな、心配かけて」

素直に謝れば、なんでもR−1は 許してくれる事をs−1は知っている。
オリジナルはそれを知っていても口に出さないから、
話しが拗れる場合も多いが、
この場合は、S−1のやり方の方が
問題を解決するのも、うやむやにするのも手っ取り早い。

同じことを何度も繰り返しても、結局
S-1の素直な笑顔でなんでも許してしまう自分をR−1は 
(情けねえ)と思うが、
これも遺伝子上の事なので、自分ではどうしようもない。

「どこか、痛い所はねえか。」
「足が。」

もう、朝日が昇っていた。
あのくぼ地ではなく、日当たりの良い乾いた草の上に
いる事にS-1は気がついて、

「あの植物は?」と少し大きなR−1のシャツが肩からずり落ちそうなのを
羽織り直しながら尋ねた。

「両方とも燃やした。」

R−1はs-1をぐっと自分に引き寄せながら答える。
「お前の姿になって俺を騙そうとしたんだが。」

「交尾しよう、R−1」とその植物は言ったのだ。

もちろん、一目見てS-1じゃない、と看破した。
けれど、S-1の姿でそんな言葉を口にした事に、R−1は

「ブチ切れて、切刻んで油を撒いて火をつけて、その上から土をかけてやった。」と
言った。

S−1は「可哀想だな。」それを聞いて、ぼんやりとしたあまり、
見ない生気のない顔で呟いた。

彼らだって、好き好んでそんな生態に生まれたのでない。
他の生物から見れば、迷惑この上なく、おぞましい生態かもしれないけれど、
彼らが繁殖し、命を紡いで行く手段として、
生物を生み出した崇高な存在が 彼らにそんな方法しか与えなかったと言うだけで、

ただ、当たり前の繁殖活動中に
切刻まれて、燃やされて、埋められると言う憂き目にあう事に
S−1は何故か、理不尽さを感じた。

「可哀想?お前、殺されかけたんだぞ。」
「判ってるよ。」

自分の命を差し出してまで その植物を生かそうとは思わなかった。
けれど、ごく、自然にこの世に存在しているその植物の方が

この世界で生きているのが本当は正しい事ではないかと
S−1は そんな事を思った。

複製品として作られて、繁殖することもない。
それがクローンとして生まれた自分。

「でも、可哀想だ。」

何が悲しいのか、S−1には判らない。
助かって、R−1の温かい腕の中にいるのに、何故か、悲しくて、泣きたくなった。

R−1の為だけに生まれた。そのためだけに生きて行く。

常日頃から当たり前に思って来た事なのに、
急にそれが鉛のようにs-1の心を重くする。

「疲れてるんだ、船に戻って少し寝たらいい」

S-1は頷いて、R−1の首に腕を回した。
多分、今は疲れているから 余計な事を考えてしまうだけだ。

空腹を見たし、疲労を取って、R−1の側にいれば
こんな憂鬱な気分はきっと綺麗に無くなっている。
そう願いながら、S−1はR−1の首に回した腕に力を篭めて、
胸に顔を埋めた。

R−1は 大人しく自分に抱かれて身を預けているS−1を見て、
心から安心する。

けれど、今、S−1の中に芽生えてしまった
自分の命の意味を疑う心までは まだ、全く気がつけずにいた。


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