R−1は熱っぽい所為で少しだけ重たい様なS−1の髪を撫でた。
眠り足りない朝に寝直すような気持ちの良さそうな表情に徐々に変わって行く
その寝顔の変化をじっと見つめていた。
見つめても、見つめても、見飽きない。
ロロノア・ゾロの目が野望だけを見据えているのなら、R−1の目は
(S−1を見る為だけにあるんだ。)とそんな事を考えながら、髪を撫でたり、
耳たぶに軽く触れたりしながらR−1はS−1が目を醒ますのを静かに待っている。

(ひょっとしたら、S−1はこういう体質なのかも知れない.)と一つの仮説が
R−1の頭の中を過る。
性行為をしたら、こんな風に異常に疲れを感じてしまう、と言う様な。

しかし、あくまでそれは仮説であり、なんの根拠も無い。R−1はバカな思考を
打ち消して、ただ、早く元気に、いつもどおりの無邪気な顔で目を醒ましてくれるのを
待っていた。

S−1の瞼が微かに動いて、ゆっくりと目を開いた。
顔色もさっきと比べられないほどいい。

「腹、減っただろ。何か食うか」とR−1は静かに優しい声で尋ねる。
「ウウウ〜〜ン。」

R−1の問いに答えるより先に、S−1は大きく背伸びをした。
S−1の声が聞こえたからなのか、さっきまで物音一つ立てなかったピーが
急に「ピルピル・・・」と甘えたような声を立てて、小さなかごの中で性急に動き出した。

「あ、ごはんをやらないと。」とまず、ピーの籠の方を見、
そこへ行こうとして、初めて自分が素っ裸な事に気がついて、やっとR−1の方へ
顔を向けた。

照れ臭そうにR−1を見て、目が合うと、S−1は ニっと笑った。

昨夜、初めて自分の体が自分の思う様にならない甘い体験をし、初めて自分でも
聞いた事のない声を出してしまったことが急に思い出されて恥かしさを思い出したのか、その恥かしさが照れ笑いになって零れた様に見える。S-1の笑顔にR-1は
知らずに強張っていた体の緊張が解れて行くのを感じた。

「俺が飯作るから、なんか服ないか?」とベッドに腰掛けたまま、
シーツを鼻のあたりまで引き摺りあげてR−1にそう言った。
「いい、俺が作る。ちゃんと食えるモノ作るから。」とR−1はそんなS−1の様子が
愛しくて堪らなくなる。ベッドに這い登ってS−1の鼻先に触れるまでの距離に近寄った。息が混ざるくらいのま近くで見たS−1の瞳は水晶みたいに清んでいて、それが瞬きもせずに自分を見ていた。

「もう少し、そのままの格好で寝ててくれ。」とR−1は囁いて、S−1の唇を塞いだ。




昨夜覚えたばかりのじゃれるような深い口付けを誘うと、S−1は
嫌がらずにそれに応えて来る。いつまでも、そうしていたいとR-1は思うのに、S-1は暫くすると、
R-1の胸を押して唇を離した。

「なんか、照れ臭エよ。」と口付けの後、S−1はR−1から目を逸らして
そう呟いた。前は平気で素っ裸でいられたのに、何故、たった一晩のうちに
R−1に裸を見られるのがこんなに恥かしいと思うようになったのか、自分でも
そのワケが判らない。

(可愛い)と言う言葉を使えば、オリジナルのサンジがそうであるように、
やはり、S−1も機嫌が悪くなる。だが、S−1の仕草や目の動きや、言動の全てを見て、R−1が感じる感情を的確に表現するのに他の言葉を使ったら
ものすごく理屈っぽく回りくどい言葉になってしまう。

機嫌を損なうくらいなら、可愛い、と言う言葉を言わない方がいい。
かと言って、この雰囲気で理屈めいてグダグダ言うのも興ざめで、R−1は
ただ微笑んでS−1を見て、適当に受け答えして なかなかS−1が着る服を
用意しない。

「もういい、自分で取ってくる。」ととうとうシビレを切らして、S−1は
シーツを肩からマントの様に羽織るとそのままズルズル引き摺って
自分の服を探し始めた。

「そんな陰険な事するんだったらR−1の飯、作ってやらねえからな。」
「陰険なんてヒドイ言い方するなよ。」

ブツブツ言って身支度を整えるS−1の機嫌をR−1は笑いながら取り繕う。
「なんでも作ってやるから、機嫌治せ。」とR−1は着がえ終わるのを待って
S−1をソファに座らせた。自分も隣に座って解けたままのS−1の長い髪を
器用に束ねてやる。スベスベしていい匂いがして、1本1本が絹糸の様で、
その感触はなんとも言えず気持ちがいい。
「R−1が作るの待ってたら飢え死にするだろ。俺が作ってやる。」と
S−1は籠から出したピーを掌に乗せて餌をやりながら答える。

「早くしないとハーフテールのオッサンとの時間に間に合わないじゃないか。」
「ハーフテールのオッサン?」一瞬、R−1はS−1の言葉の意味が判らず、
反芻して聞き返した。

(忘れてたな。)

「明日の昼過ぎ、港に来てくれ。俺達の船には色々医療道具が積んである。」
「一度、ちゃんと診ておいた方がいい。もういい歳なんだろ。」

と、昨夜確かに言った事を今の今まで忘れていた。
「そうだった。すっかり忘れてたな。」とR−1は暢気に呟く。

「ちょっと買い物してくる」とS−1は肩にピーを乗せたまま、近くの
食料品を売っている店に出掛けようと、家を出た。

階段を降りて、建物の玄関を出る。
日当たりのいい場所で、誰かが植えている草花が綺麗に咲いている花壇が設えてある。
その花々の蜜を吸う為に小さな羽根を優雅にはためかせて、数匹の蝶が飛び交っていた。

S−1はその風景を(綺麗だなア)と思って足を止めた。
花の向こうにまだ、おぼつかない足どりでその蝶を追う、幼い子供の姿が見えた。

柔らかそうな頬、ふくよかで滑らかな四肢、懸命に目で蝶を追う表情の無垢さが
とても可愛い。仔犬に触りたい、と同じ様な感覚で(触ってみてえな)とS−1は思った。

近付いて、しゃがんで見るとその子は人見知りもせず、S−1を見るなりニッコリと
笑った。嬉しくて、S−1も笑い返す。

「あらあら、だめよ。」19歳の男が幼児に反応をするのは珍しい。
何か、邪な目論みがあるのか、と母親に警戒されるのも無理はない。
だが、その母親は母性の本能でS−1が子供に危険をもたらすような者ではない、と
瞬時に判断した。

S−1は成長課程にある人間を生まれて初めて見たのだ。
こんなにコロコロとして可愛く、フニャフニャして柔らかそうで、なんだか、
腕も足も自分の思いどおりにまだ動いてないのに、その動きの拙さがまた、
可愛らしくて、見てるだけでつい、微笑んでしまう程、温かい気持ちになる。

大抵の子供が座って抱かれるよりも、たち上がって抱かれる方が好きなように、
自分に親愛を篭めて微笑んだS−1へ向かって、その赤ん坊はヨダレで濡れている
手を伸ばした.

「おにいちゃんの服が汚れちゃうわ」と母親は慌ててその子を止めるが、
S−1は慣れない手つきでその子を抱き上げる。
(うわあ、なんか甘い匂いがする。)と赤ん坊独特の甘い匂いを嗅いだ。

「あの、この子は男?女?」とS−1は母親に尋ねて見て、その腹を見て
「ギョッ」とした。

(なんだ、あれは。)

手も足も細いし、顔もほっそりとしているのに、腹だけが西瓜でも吸い込んだように
前へ突き出している。

妊娠すると母体がどうなるか、までは文章では知っていても、実際の
妊婦を見るのもS−1は初めてだった。
頭に浮かんだのは、卵詰まりの鳥の事だ。

(大変だ。お腹が破裂してしまう)と慌てて、子供を地面に下した。

「ここでじっとしてて下さい。」
相手が女性だから、つい、初対面でも敬語が出る辺り、
やはり、女性に優しいのもサンジの遺伝子がなせる技だろう。

S−1は階段を駈け昇った.
飯を作るどころではない。「R−1!あーるわんっ大変だっ。」と
大慌てで自分達の部屋に駆け込む。

「随分早いな。」とR-1は暢気に応対すると、S-1は血相を変えている。
「違うんだ、お腹が破裂しそうな人がいるんだ。」

出掛ける前に、そんな騒動があった。

(まあ、実際見たことなかったら仕方ないか)とその時のS-1の慌て方を思い出して、
R-1は可笑しくて堪らない。早とちりして恥かしい思いをし、それを
からかわれたのが悔しいのか、S−1はいつもより早い足取りで
R−1の前をスタスタと歩いていき、一言も口を利かない。

「でも、卵やら、野菜やらから赤ん坊が生まれるって思ってるよりは
利口だと思うぞ」
「うるせえな。どうせ、俺はバカだよ」

含み笑いをしている様なR−1の声を背中ごしに聞きながらS−1は足を止めずに
真っ直ぐに港に向かった。いつもの調子なら、あちこちで道草を食うのだが、
寄り道をしないで来て、約束の時間どおりに港に着いた。

(あのオッサン、ホントに来るのか。)とR−1は正直、半信半疑だった。
自分達にとってもハーフテールは全く正体のわからない男であるのと同じで、
あの男に取っても、自分達は得体の知れない人間だ。あのハーフテールと言う男が、
医者でもないそんな人間に、病気の体を診てもらおうなどと考える、無防備でお人好しだとはとても思えない。

だが、桟橋でぼんやりと海を眺めて佇んでいるハーフテールをR−1よりも
先にS−1が見つけた。

「オッサン!」と大声で呼ぶと、「やあ」とハーフテールは片手をあげて振りかえる。

昨夜と同じで(やっぱり、酷エ顔色だな。)と一目見てR−1は眉を顰めた。

軽く挨拶程度の会話を交わして、R−1はすぐに自分の船の中に
ハーフテールを連れて行った。

「S−1、悪いがちょっと出ててくれ。」とハーフテールの体を診察する準備を整えてからR−1はハーフテールと雑談をしているS−1にそう声を掛けた。

R−1の診た所、ハーフテールの体はあまり好ましい状態ではない。
はっきり言って、一般的に言う「告知」、余命のカウントダウンを見極めてしまうかも
知れない。その事実をハーフテールではなく、S−1に聞かれたくなかった。

ハーフテールの余命が幾ばくもない事よりも、それを知ってS−1が哀しむ事が
嫌で、S−1の哀しい顔を見るのが嫌だからだ。

「なんでだ?手伝うのに。」とそんなR−1の気持ちにS−1が気付く筈もなく、
当たり前の様にそう聞き返してくる。
「手伝いなんかしなくてもいい。」とR−1は億劫そうに答える。

さっさと診断をすませ、「ちゃんとした医者にしかるべき治療を受けた方がいい」と言うだけ言って、あとはS−1と二人で暢気に時間を潰したいと思っているから、つい、
S−1にさえ、そんな雑な態度を取ってしまった。

「俺がバカで役に立たないからか」とS−1はさっきの事をまだ根に持っている様で
眉間を僅かに寄せて不満げに口を尖らせた。

「まだ怒ってたのか。」とR−1は一瞬呆気に取られたが、すぐに気を取りなおし、
「ホントのバカは自分がバカだって知らない奴だ。」
「お前は自分がバカだバカだって言うだろ。それってバカじゃないって事だ。」と
言い掛けたが、S−1は「フン」と鼻を鳴らして、最後まで聞かずに乱暴にドアを閉めて出て行ってしまった。

(仕方ないヤツだな。)と思ったが、まずは目の前の厄介ごとを済ませてから
じっくり機嫌を治してもらおう、とR−1はすぐにハーフテールの体を
"調査"するかのように診察した。

そして、結果はすぐに判った。

「オッサン、前に息子がいるって言ってたよな」とR−1はハーフテールが
二人に近付く為に平然とついた嘘を覚えていて、それを少しも疑わない風を
装った。
何か目的があって、近づいて来たに違いない、気をつけろ、と
エースは言い残した。R−1もその言葉を否定する気はない。

「それがどうかしたかい?」とハーフテールは身支度を整えながら平然と
答える。
「会いに行った方がいいぜ。なるべく早い内に。」とR−1は即座に、なんの躊躇いもなくハーフテールに告知した。

「それはどう言う意味だい。」と尋ねたハーフテールの語尾が震えている。
「自分で考えてくれ」とR−1が抑揚のない声で答えた。

その頃、S−1は船の舳先に座って港の風景を何も考えずに眺めていた。
ピーはパタパタと飛んでは、またS−1のところへ戻ってきたりして、
勝手に遊んでいる。いずれ、離してやるつもりだから、飛ぶ練習はたくさんした方が
いい、と思ったS−1は邪魔をせずに、ピーがしたい事をさせて自分はじっと
動かず、止まり木になっていた。

(ん?)自分達の船の前を男が二人、通り掛った。
船に乗るにしては妙に小奇麗な格好をしている。おまけに手ぶらだし、この場所にいる
事がなんとなく不釣合いな雰囲気だ。

(なんだ??)
訝しく思って眺めていたら、男の一人が唐突にS−1の方へ顔を向け、おもむろに
胸元から従を出して、S−1に向かって銃口を向けた。

(え!)驚いて身構える。
男が銃の引き金を引いた。

(撃たれる!)と身を竦ませると、ボン、と銃にしてはマヌケな音がした。
玩具のボールの様なモノが船にあたって、小さく弾ける。
弾けた途端、S−1の目の前で煙がボワンと吹き上がった。
目に染みて、吸いこむと喉を刺すような痛みが走った。

その「ボン」と言う音を聞きつけて、R−1はすぐに船室を飛び出し、
「S−1!」と大声でS−1を呼んだ。

名前を呼ばれて、S−1は眼を開く。
目の前に巨大な鳥がいた。乗って飛べるんじゃないかと思う程、大きな鳥が
「ピルピル」とS−1を覗き込んで鳴いている。

「失敗した、逃げろ!」とR−1の姿を見て、二人組は大急ぎで逃げ出した。
「S−1、どこだ!大丈夫か!」と呼んでも返事がない。
ピーの「ピルピル」と言う甘える声が聞こえるばかりだ。

「R−1、」

小さな声が聞こえるのに、姿が見えない。

「ああ、チビチビの実爆弾だね。」

掌に乗るくらいの大きさになったS−1を見て、ハーフテールはそう言った。
「なんだ、それは。」とR−1はどうにか冷静さを装い、ハーフテールの言葉を
聞き返した。

「人浚いとか、安い客船なんかが使うんだよ。」
「小さくなったら運びやすいだろう。」とまるで見慣れたモノを見るように
小さくなったS−1を見ても平然とし、知っているのが当然とばかりに
不思議な爆弾の事をR−1に教えた。

「大丈夫、解毒剤があればもとに戻るよ。」

ハーフテールがなかなか「上玉」を浚って来ないので、別の者が動き出したのだ。
電気を使って獲物を麻痺させて浚うハーフテールの他にも、獲物を小さくして箱や
袋に詰めて浚ってしまうと言う同業者をハーフテールは知っている。

おそらく、S−1を小さくしたのは彼らだ。
「解毒剤ってなんだ。どこで手に入る。」とR−1は事情を知っていそうな
ハーフテールに尋ねる。心細い顔をしているS−1を見ていると
焦っても仕方ないと判っていても焦らずにはいられない。
「それは。」とハーフテールは言い澱んだ。
人買いの組織に出向いて、彼らから解毒剤を奪ってこれば済む事だ。
だが、"人のいいオッサン"の仮面を被っている今、それを口する事は、
そのまま自分の正体をさらけ出してしまう事になる。

S−1に蔑みの目で見られるかもしれないと思うとすぐには真実を言えなかった。

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