S−1の容態は命がどうこうと言う物ではないにしろ、
R−1が冷静なままでいられるような状態ではなかった。

あの意地っ張りで強情なS−1は自分に縋り付きながら、気を失った。

どれだけ心細かっただろう、と思うと、一時でも離れた事が、
まして、道に迷って早く帰ってこれなかった事が、悔やまれてならない。

(こんな事になるなら、)
看護婦にヤキモチなど妬いて、そんな下らない理由で病院から出るのではなかった。

後悔する事ばかりだ。

(もう、絶対に側から離れない。誰にも傷つけさせない。)と改めて心に誓う。

まだ、夜明けまでに間がある頃、汗だくで気持ち悪くなったのか、
S−1は小さく呻き声をあげながら目を醒ました。

「心配させてごめんな。」

酷い風邪を引いたようなかすれ声で、s−1は珍しく素直に謝る。

そういう態度をとられると、R−1はよほど体が辛いのか、と却って
心配になり、心細くなる。

「全くだ。」と答えて、なんでも構わないから、
生意気で高飛車で、我侭な言葉を聞きたくて、R−1は敢えて 少し怒ったような顔を装い、S−1が反発しやすい言葉を返した。

「ごめん。」

R−1の予想とは全く違って、S−1はまたもう一度、弱々しく呟く。
なんだか、泣かせてしまいそうな気がして、R−1は慌てて
枕もとに跪いた。

「どこが痛い?肩か。」と労わるように尋ねる。
「自分で弾を出すなんて、痛かっただろう。」
「ちゃんと消毒したから、もう大丈夫だ。跡も残らないからな。」

横たわったままのS−1の肩を優しく、撫でてやる。
その時、R−1の腹が「ぐ〜〜。」と間の抜けた音を立てた。

「プ。」S−1が一瞬の間を置いて吹き出す。

(やっぱり、笑うと)すごく、いい。
R−1はその笑顔で張詰めていた気が緩み、安心する。
じんわりと心が暖められているような気がする。

萎れてるよりも、咲いてる花の方が綺麗なのは当たり前だ。

「俺もそういえば、なにも食べてないんだっけ。」とS−1はゆっくりと置き上がった。
「腹がペッタンコだ。」と自分の腹を撫でて、照れ臭そうにまた笑う。

「なにか買って来るか。」とR−1は腕を組んだ。
夜中でもちょっとしたモノなら買える店がすぐ側にあったのを思い出す。
が、そこへ行って迷子にならずに真っ直ぐに帰って来る自信があまりなかった。

「出掛けるんなら一緒に行く。」
「バカ言うな。」

薬を飲んだおかげで、熱は下がって、銃創ももうほぼ治癒しかかっている。
が、さっきまでウンウン言っていたのに、とR−1はS−1を窘める。
けれど、こうやって少しづつでも我侭を言ってくれるほうが
余計な心配しなくていいので、R−1もそう強い態度にはでれなかった。

「俺も腹減ってるけど。」とR−1は考えあぐねた。

「エースは?」とS−1は急に思い出したようにエースの事を聞いた。
「ちょっと、用があるそうだ。」とR−1ははぐらかす。

自分達の為に賞金稼ぎを一掃する、というのは この島にいる賞金稼ぎを
全て「殺す」つもりなのだ、とR−1には判っていた。

S−1には言っていないけれど、R−1はもともと戦争用の兵士として
作られた生命体だ。
その技術を狙って、開発した博士を守る為に戦って、人を殺めたこともあるし、
自分と同じ顔の、同じ複製人間のRシリーズのクローンを斬った事だってある。

自分が遺伝子を弄ったS−1と違い、ゾロの遺伝子を限りなく忠実に
複製されたR−1は、エースの海賊としての獰猛さを既に感じ取っていて、

「この島にいる賞金稼ぎの息の根を止めて来てやる。」と言う言葉だけで
それが揶揄でもなんでもなく、エースは本当にそれを実行するだろう事を
充分に理解していた。

自分達のために人を殺める、まして、直接狙った者だけではなく、
まだ、自分達の存在さえ知らない賞金稼ぎまでもをエースは焼き殺す。

それをS−1に教える事など出来る訳がない。
「エースを止める」と必ず言い出して、また騒動を引き起こすに決っている。

「それはそうと。」

とはいうものの、R−1はS−1に嘘をつくのは苦手だ。
結構、聡いのであまり取繕うとボロが出る。
だから、話しをはぐらかした。

「なにが食いたい。」と尋ねると、
「一緒に行ってもいいんだよな。」間髪いれずにS−1が聞いてくる。

「なにが食いたいか、まず、答えろ。」とR−1は渋々、と言った態度で
自分の上着を脱いで、S−1の肩にかけてやる。

「乳臭くて、甘くて白くて冷たいやつ。」と即座に答える。
熱があったから、そういうものが欲しくなるのも無理はない。

「R−1は?」と聞かれて、答えようとした時、ドアが遠慮がちにノックされた。
二人は顔を見合わせる。

「もし、大丈夫ですか。」と男の声がした。

その声にS−1は聞き覚えがある。

「多分、隣の部屋の人だ。」とすぐに思い出す。
自分が痛みにのたうち回っていた時、心配そうに声を掛けてくれた人だ、と
S−1はなんの疑いもせずにR−1に教えた。

「そうか。」とR−1も、S−1の言葉に頷いて、ドアを開く。

首にクルクル巻いたスカーフを巻きつけた初老の男が心配そうな顔つきで
佇んでいた。

「こんな朝方に失礼なんだか。」
「随分前、この部屋から呻き声が聞こえて、病人でもいるんじゃないか、と」
「心配でとても眠れないんでね。」

「ああ、それはどうも。」とR−1は曖昧な表情で一礼をする。

「なにか、力になれることがあるなら遠慮なく。」と言う言葉に甘える気になったのは、
彼がエース以上に饒舌で、話し上手で、少しも怪しいと思う素振りがなく、

「故郷に残してきた息子達と同じ位の年と見うけたので放って置けない」と言う
真摯な言葉をR−1までが無防備に信じてしまったのだ。


(ふん。)

ハーフテールは胸算用どおりに事が運ぶのに調子付き、
無防備な二人を嘲笑いながら、朝が明け始めた町を、肉の挟まったパンと
アイスクリームをぶらさげて歩いていた。

(こう、容易く懐に入れるとは思わなかったな。)とほくそ笑む。

だが、決して焦ってはいけない。
暫く、狩りを楽しむように 「親切な男」を演じる事を堪能しつつ、
じっくりと追い詰めていこうと目論んだ。

夜が完全に明けてから、エースが帰って来た。

ドアを開けるなり、無言ですぐにバスルームに飛びこんで、シャワーを浴びはじめる。
(相当、血を浴びたのか)と思ったが、恐らく、体に沁みこんだ焦げ臭い死臭を
S−1に嗅ぎ取られない為の処置だとR−1には判った。

ちょうど、S−1はまたまどろみはじめていたので気づかれる事もない。

「傷の具合はどうだ。」サッパリと体を洗い流し、上半身の肌を露出させ、
ホカホカと湯気を纏っているエースは、とてもさっきまで
賞金稼ぎを追い駆け回して、コゲつかせていたとはとても思えないほど
のんびりとR−1に尋ねた。

「もう、大丈夫だ。」
「そっか。こっちも、1週間は暢気に暮らせるぜ。」

だが、そこまで言うと急にエースの顔付きが変わった。

「余計なお世話だろうが、お前がどれだけの腕なのか、実際見ない事には
心配で仕方ねエ。」

そう言われても、R−1には返す言葉が咄嗟に浮かばなかった。
植物から、病気から、賞金稼ぎから、守れなかったのは事実だ。

「不甲斐ねえ。」とR−1は溜息をついた。
「言い返せよ、全く人がいいんだな。」とエースはすれ違い様に
R−1の肩をポン、と拳で軽く叩き、s−1の眠るベッドのそばに
歩いていく。
そして、突っ立ったまま、S−1の寝顔を見下ろし、
「こいつが自分の身を自分で守れるような強さを身につけたら、」
「益々厄介だろうぜ。」
「俺はそれを心配してるんだ。」
「人を守りたい、と思った時に無茶をする。」
「こいつがサンジの複製品なら、必ず、そうなる。」と独り言かと思うような
口調でそう言った。


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