「R−1、お腹空いただろうな。」
そう思いながら、S−1はウトウトしていた。
ふと、何かの気配と、肌寒さを感じて目をあける。
「R-1?」
自分を無機質な笑顔で見つめている、その姿を S−1は訝しく
思いながら呟いた。
呼び掛けたのではない。
これは、(R-1)じゃない、とすぐに判った。
笑顔が違う。
R−1は、口は悪いけれど、いつも、とても温かくて
優しい目をしている。
「なんだ、お前。」
植物に名前を聞いても、名前と言う概念がないのだから、
答えられる筈がない。
けれど、S−1の方も、そのニセモノのR−1が特殊な植物の生殖器が変化した
姿だとは夢にも思っていないので、そう尋ねた。
もちろん、言葉では何も返事は返って来ない。
「繁殖の為にここに来た。」と言う意志だけがS−1に伝わる。
「繁殖?」と、S−1はその意志を口に出して反芻する。
その植物に取れば、S−1の体はただの苗床に過ぎない。
既に受粉を済ませ、発芽させる為に動物の肉体が必要なだけだ。
けれど、S−1には理屈がいる。
判らない事をきちんと理解して、それから物事に対処するつもりで、
その植物に向き直った。
「お前は、そもそも、メスなのか、オスなのか。」
「繁殖するのに、なんでその姿になる必要があって、」
「俺が必要なんだ?」
この島の動物に、言葉や知能がこれほど高い物は今までいなかった。
質問されることが初めてだったその植物は S−1の知能に触れて、動揺する。
「種を蒔きたい、でないと種を保存できないから。」と
その知的生物と精神的交流をして 得た "言葉の知識"を必死で操って、
どうにか、意志をそのままぶつけるのではなく、言葉と言う通信手段を使って、
意志の疎通を試みる。
「ふうん。」
「お前は、植物なんだな。」
「で、どこに蒔くつもりなんだって?」と、その直立歩行する動物は
言葉で尋ねてくる。
「お前の体に。」と、植物はS−1を指差す。
「俺の体は土じゃないんだけどな。」とS−1は首を捻った。
「そう言う虫はいるって聞いた事あるけど、そんな植物なんか本に載ってなかったし。」
「大体、なんで、その姿になる必要があるんだ?」
すると、不思議な植物は答える。
「苗床の動物を発情させて、交尾する。その擬態で種を蒔く。」
そして、即座にS−1は答えた。
「俺は、R−1と交尾した事は一回もないぞ。」
「オス同士だからな。」
すると、植物は困ったような顔をした。
「今、種を蒔かないと枯れてしまう。」
「お前の体に種を蒔かせてくれ。」
「メシベの樹が枯れたら、オシベの樹も枯れてしまう。」
R−1じゃないと判っていても、同じ姿、同じ声でとても困っている姿を見て、
S−1は困惑した。
それに、どうやら、この植物はメシベで、対のオシベがいて、
メシベが枯れると 必然的にオシベも繁殖出来なくなるので、
枯れてしまうらしい。
そのあたりの複雑なメカニズムは、言葉ではなく
S−1に意志によって伝わってくる。
苗床になったら死ぬのかな。
少しくらい栄養とか体力を吸い取られる程度なら構わないけど。
(可哀想だな。)と単純に思った。
俺には、R−1がいるけど、ここで俺が 苗床にならなかったら、
この樹は枯れてしまって、オシベだけが残る。
R−1がもしもいなくなって、一人残されたら・・・と
思わず、植物に感情移入してしまい、つい、同情した。
「種が芽を出すと俺はどうなるんだ。」
「枯れる」
植物はよどみなく答える。
冗談じゃないや、とS−1は立ちあがった。
「断わる。俺の体は俺だけのもんじゃないから、好きにさせてやれねえ。」
「他の動物を苗床にしろ。」
そう言うと、植物は見る見るうちに丸い緑色の塊になる。
(?)納得したのかな、と星明りの僅かな光りの中
その姿を見て S−1はまた、首を傾げた。
緑色の塊は あっという間に熟して、やがて、茶色の種のようになる。
カサカサに乾くのに、十分とかからなかった。
そして。
バリバリと派手な音を立てて、その種が内側から破かれて、
中から、
「あ!」とS−1が声を上げる姿の人間が出てくる。
蜂蜜色の髪。
少し、紫色がかった蒼い瞳。
白い肌、クルクルと巻いた眉毛。
サンジの遺伝子情報をR−1が少し
弄った所為で、瞳と髪の色がオリジナルとは違ってしまった、
S-1がそこにいた。
「まさか、お前、R−1を俺の姿で騙すつもりじゃないだろうな。」
自分が見抜けたようなもの、R−1が見抜けない筈がない。
冷静に考えればそんな判断はすぐにつけられたのだけれど、
余りに自分の姿にそっくりだったので、
S−1は動転する。
「お前が苗床になってくれないのだから、仕方がない。」とその植物は
答えた。
「ダメだ、そんな事!」
「R−1にそんな事したら、ぶっ殺す。」
敵意を剥き出しにした相手と 最早意志の疎通など無駄だった。
S−1の擬態をした植物の後から、凄まじい勢いで
緑の蔓が伸び、S−1に襲いかかった。
足さえ、なんともなければ簡単に避けられていた。
避けて、それが例え12歳の時の技でも、サンジの足技だ、
相手の戦意を削ぐ程度のダメージは与えられていた。
けれど、S−1の足首は痛んでいない方と比べると既に
倍近く腫れていた。
折れてはいなかったけれど、かなり、酷い捻挫だった。
足首に走った激痛にS−1が怯んだその一瞬で、緑の鞭は
首に巻きつき、ギリギリとその首を締め上げる。
「ア」
アールワン、と叫びたくても声が、息が出来ずに
S−1がそれを引き千切ろうともがく。
けれど、強靭な繊維の蔓はそう簡単に引き千切れない。
「S−1、S−1!!」
もう、日も暮れている。S−1を探していたR-1の血相が変わっていた。
何かあったに違いない。こんなに探しているのに、気配も、声もしないのだから。
「やっぱり、島を出るんじゃなかった。」と後悔しつつ、
必死で探すも、闇雲に歩きまわるばかりでは、自分までが
深い森の中で遭難してしまう。
その時。
ふと、ずっと後から何かがついて来る様な気がして振りかえる。
「なんだ、猿か。」
キキ、キキ、キキ、とやけに甲高く鳴く、その猿は背中に赤ん坊を
背負っている。
猿に構っている暇はないので、R-1はまたすぐに歩き出した。
キキキキキ・・・と高く鳴いた猿が唐突にR−1の背中に飛び付く。
「なんだ、このバカザルっ。」
驚いたR−1がその猿を振り払おうとした時、猿がしっかりと
抱いていた赤ん坊の足に目が止まる。
「この布は。」
S-1のシャツじゃないか。
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