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R−1の行方
★
闇メニュー
★
「S−1!!」
「R−1!!」
一瞬の隙をつかれて、二人は凶悪な海賊に引き裂かれた。
S−1を浚った船は船足が早く、あっという間に波間に消えた。
なぜ、この男達は自分にこんな行為を強いるのだろう。
R−1から引き裂かれた事だけがS−1の恐怖だった。
それ以外に怖い事などなにもなくて、
汗ばんだ手が、自分の体をどれだけ嬲っても、
滑ついた舌や唾液が自分の体をどれだけ汚しても、
押えつけられて、生臭いモノを口に突っ込まれても、
下半身に吐き気のするほど痛みを何度も感じても、
何をされているのか、などどうでも良かった。
ここにR−1がいない事がただ、怖かった。
痛みと疲労で何時の間にか気を失った。
荒い息使いが聞こえて目を開くと、自分の上に男が乗っていて、
肉が肉で打たれる耳障りな音がして、体に振動を感じる。
もう、痛みなど感じなかった。
「クソ、てめえ、少しはなにか反応しろよ。」と男はS−1の剥き出しの
性器をさかんに手で擦るけれど、
男の手に握られているS−1のそれは、くにゃりと柔らかく縮んだままだ。
「どうして、こんな事をする?」S−1は掠れた声で尋ねた。
「あァ?」
「どうして、俺にこんな事する?」
S−1が虚ろな目をしてもう一度聞いた。
「腹いせだ。」
不精髭の生えた薄汚いその男はハア、ハアと乱れた息を吐きながら答えた。
力任せに仰向けに自分を見上げているS−1を抱き起こすと、
自分の膝の上に座らせ、そのまま、グン、と下から突き上げた。
S−1は眩暈がした。
それほどに、痛い。
ジャラジャラと体中を拘束している鎖が鳴った。
「腹 い せ って。」S−1は揺さぶられるままに男に
痛みを堪えながら聞いた。
「ロロノア・ゾロが可愛がってるサンジと同じ面のお前を
メチャクチャにしてたら、鬱憤が晴れるんだ。」
「なんでだ。」体が内側から壊されるかと思うほど痛くて、S−1は
呼吸が上手く出来ない。それでも、聞いた。
「ロロノアが憎いからに決ってる。」
「なんで、憎いんだ。」とS−1はわからないから、聞く。
なぜ、自分にこんな仕打ちをするのだろう。
その時、自分を抱いている男の首筋に大きな傷跡があるのが見えた。
S−1はその傷を自分で震えを止められない掌で擦った。
とても痛そうに見えたからだ。
「その傷がロロノアに斬られた傷だ。」
「死ぬ寸前だった。」男が苦しげにそう言った途端、男がS−1にねじ込んでいる
性器から生ぬるい粘液が飛出し、S−1の体の中を、また、汚した。
ロロノアに傷つけられた痛み。
その痛みが、男達を苦しめて、その苦しみを抱えきれずに
他者を傷つけたがる。
他者を傷つける事で、自分の痛みを忘れる。
だから、S−1を傷つけ、汚す。
「可哀想だ。」
「こんなに痛い思いをずっと感じてるなんて、可哀想だ。」
疲れ過ぎて、視線が定まらない。
けれど、S−1はそう言って、
よく見れば傷だらけの男の体を包む様に抱き締める。
自分が今、感じている痛みは体が痛いだけで、眠れば治る。
が、男が自分では持ち切れないほどの痛みを心に抱えている、その痛みを
S−1に押しつけて楽になろうとしているのだと、S−1は考えた。
薬も、治癒方法もない痛みの苦しさを知らないだけに、S−1は
きっと、今、自分が感じているよりももっと苦しい痛みを男が抱えていると思うと、
男がとても可哀想になったのだ。
誰も愛した事も愛された事もなく、癒されない男の孤独をS−1の感受性は
「可哀想」だと言う感覚で理解した。
「今でも、痛いのか?」
「今も痛いか?」
男は驚いた。驚いて、唖然として、思考が止まった。
こんなに温かな抱擁をされたのは、生まれて初めてだった。
同情を引くための演技などではないと本能で判る。
S−1のなんの交ざり気のない、純粋な労わりの心が男の荒んだ心までもを包んだ。
打算ではなく、中途半端な同情でもなく、
自分が置かれている状況も省みず、自分にされた仕打ちを恨まず、
それどころか、痛め付けられているのは自分の方なのに、その相手の痛みを思い遣る。
自分の痛みのためではなく、痛みを与えた相手の痛み故に泣いた。
そんな人間を見るのは男は初めてだった。
S−1を嬲る男の数は日に追って減って行った。
日毎にその船に乗っている男達の顔が穏やかになる。
「フヌケのような面だ。殺せ。」
その海賊団は5隻の艦隊を為していた。
一隻、一隻が小規模の海賊団を形成していたのを寄せ集めて、
一つの海賊団として成り立っている。
S−1を捕えた船の船長は、ゾロへの報復としてサンジを捕えて、
この海賊団の頭に献上するつもりだったのだが、
ゾロR−1を間違え、S−1をサンジと間違えた事を報告せずに、
もともと内密にしていた作戦を秘密裡にしていた。
捕縛したS−1をさんざん嬲ったけれども、最初にS−1にほだされた男同様、
恒例の船長を収拾する会合が行われた頃には、
この船長もすっかりS−1に毒気が抜かれていた。
「俺の船はもう、海賊を辞める。」と戦線離脱を申し出た途端、
冷酷な頭はまゆげ一つ動かさずにそう断罪し、ただちに自分の子飼いの部下達を
差し向け、その船長以下、部下を残らず、斬殺してしまった。
最後の一人にその頭は、「フヌケになった訳を話せ」と詰め寄る。
エスワンの事を話せば、エスワンはどうなるのだろう。
だが、もう、誰もエスワンを守れはしない、と判断した生き残りのその男は、
頭にエスワンの事を話した。
「捕虜一人に海賊団全員がフヌケになるなんて有り得えない。」と
頭は一笑して、全員が死に耐えた船の中を詮索し、船底の奥に鎖で
拘束されているS−1を見付け出した。
「今日から、俺がお前の主人だ。」とその頭は、
細い鎖でS−1を飼い犬のように繋いで冷酷な笑みを浮かべた。
S−1の見ている前で、殺した部下達を乗せたままの船を砲撃し、
燃やした。
「お前がフヌケにした所為で、あいつらはああなったんだ。」
「あいつらを殺したのは、お前だ、と肝に命じておけ。」
言葉を無くしたまま、愕然と燃えて沈む船を見つめているS−1を見て、
その海賊団の頭、キャプテン・クロは壊して遊ぶ為の、
新しい玩具を手に入れたような気持ちで眺めていた。
男ではあるけれど、絹糸のような長い髪と、
なによりも、若い女でもこれほど艶めいて滑らかな肌をした者は
そうはいないだろう。なによりも、どういう手管を使って、
気性の荒い男達を手なずけたのか、興味をそそられる。
思う存分虐げて、その初心な仮面を剥ぎ、本性を暴いてやる。そう思った。
「なんで、こんな酷い事をするんだ。」と激しい感情をぶつけるS−1に対して、
キャプテン・クロは至極、シンプルに答える。
「面白いからさ。」
「人生、面白おかしく生きなきゃ、なあ。」
キャプテン・クロは、まず、手下にS−1を
「しっかり躾てから俺のところに連れてこい」と命じた。
「躾とはどうすればいいんで?」と今現在、キャプテン・クロの右腕になっている
男が下品で卑猥な笑みを浮かべながら、S−1を顎で指し示して尋ねた。
「大人しく、主人の前で腹を見せるくらいにしろ。」冷酷に笑ってクロは答える。
「やり方は任せる。ま、お前らの手に余るようなら、」
「面倒だから、殺しても構わん。」
クロにそう命じられた部下達は、メスに飢えた発情期のオスのように、
代わる代わるにS−1に群がった。
嫌だと言っても無駄で、嫌がれば嫌がるほど、
体の奥を痛めつけられる。
何故、嫌なのだろうとS-1は組み敷かれながら考えた。
痛いのと、得体の知れない熱で体が無理矢理溶かされて息が苦しくて、
自分のペニスから自分の意志とは関係のなく、精液が搾り取られて、
その後、木の棒のように固くなった男性器が尻の穴に捻じ込まれ、
体が裂けてしまいそうなほどの強烈な痛みでいつも気を失う。
それだけの事だった。
気味の悪い笑い方だけれども、自分を嬲った後、必ず、男達は満足そうに笑う。
そこで、また考える。
何故、笑うんだろう。何故、あんなに歪んだ顔で笑うんだろう。
答えなどわからないのに、S−1は次々と今の状況を嘆くより先に
人間の感情や表情や、行動の理由を考え続ける。
考える事で、自我を保っていられる。
人間として誰も自分を扱って無いとも思わなかった。
自分に施されているのが、性的な行為であると同時に排泄行為でもあるのは判っていて、
人間が獣を相手にそんな事をする筈も無い、だから、
自分は人間として、扱われているのだと認識している。
自分の体に発情していて、その欲情が苦しくて、自分の体の奥で
無駄に精液を撒き散らしている。
本来、子孫を残す為の行為に使われるべきものなのに、
雄である自分の体にいくらそれを流し込んでも無意味なのに、
何故、そんな事をするのか、S−1には判らなくて、考え続けた。
考え続けていないと、おかしくなりそうで怖いのだ。
ただ、何があっても絶対に死ねないと、
どんなに絶望的な事があっても、絶対に生き抜き、R−1のところへ
帰るのだとその気持ちだけはどんな時も忘れずにいる。
理不尽な事の、その理由を無心に考え続ける事。
R−1の温かな腕の中へ帰る事。
繰り返される暴行の日々の中、
S−1の頭の中から、その二つだけを残して、後の余分な思考は削ぎ落とされて行った。
そして、数日か、数十日が過ぎた。
「大分、イイ反応をするようになったじゃねえか。」とその日は、
海上で海軍の小隊と戦闘している事をいい事に、
いつもは複数でS−1を抱いている男が白い体を一人占めにしていた。
後向けに抱き込まれ、既に男のそそり立ったモノを体に挿入されていたS−1は
鈍い痛みと、何もかもが麻痺するような熱波を体中に感じて息苦しくて、
ハアハアと小刻みに喘いで息を吐いていた。
頭がクラクラして目の前が霞んだ。
男の手が先端を指の腹でしきりに擦っている所為で、下半身だけが熱くなる。
息が苦しくて、苦しくて、吐き気が込み上げて来た。
「っ・・・んっ・・・。」
それを堪えようと唇を引き絞るのに、喉から声が勝手にあがる。
男の動きはその声をきっかけに一気に激しくなり、S−1の腰を持ち上げ、
また、引き下して、そそり立つ杭で狂った様にS−1を貫く。
訳のわからない真っ白な光りが頭の中で落雷を受けたように閃いて、意識が遠のく。
男が胴払いをし、また、S−1の中で無駄に精子を吐き出した。
そして、呼吸を乱したままの二人は、重なり合って床に倒れこんだ。
S−1はそのまま、意識が無くなる。
気がついたのは、船が大きく傾いだ衝動を感じたからだった。
どれくらい、気を失っていたかは判らない。
判らなかったが、さっきまで自分の傍らにいた男がいなくなっていたので、
数秒ではなく、少なくても、数分から、数十分は意識を失っていたのだと
S−1は思った。
天井の上では、人のわめき声や、武器の鳴る音がする。
船は何度も何度も大きく揺れた。
激しい戦闘が自分の頭の中で繰り広げられている。
相手は海軍で、「たかが、小型船1個隊だ。すぐにカタがつく」とさっきの男が
言っていたのをS−1は思い出した。
(海軍が勝てば、逃げられるかもしれない。)とS−1は海賊達の敗戦に希望を持って、頭の上の気配をじっと窺っていた。
唐突に、甲板への出入口が大きな音を立てて、耳を劈くような爆発が起こった。
その爆風は凄まじく、S−1を鎖で繋いでいた、支柱までもを破壊し、
S−1は咄嗟に体を丸めて、体に叩き付けられる破片を避ける。
焦げ臭い匂いと煙であたりが充満していく。
その様子を、同じ船団を形成しているキャプテン・クロは既に敗走を
始めた船の上から眺めていた。
「キャプテン・クロの身代わりになって死ぬんだ。」
「海賊の誉れだと思うンだな。」と薄ら笑いを浮かべた。
「何故、あの船を見捨てて逃げるんです、キャプテンクロ?」と
傍らにいる腹心の部下に尋ねられ、クロはメガネの奥の目を細く光らせ、
「5隻の海賊をたった一隻の小型船で撃沈出来るなんて考える阿呆は」
「海軍にはいない。」
「勝算があってこそ、我々に挑んできた。」と答えた。
「勝算?」と部下は承服しかねるような声で聞き返す。
「あの軍船は、小さいがとんでもない武器を搭載している。」
「砲弾を五発、それだけで我々を殲滅させられる武器だ。」
「それは一体なんです。」と部下はクロに重ねて聞いた。
「伝染病の類だ。」とクロは、どんどんと引き離れて行く囮の船を
見ていた望遠鏡を部下に手渡した。
「砲弾に伝染病の菌を植え付けてそれを撃ちこむ。」
「陸の上なら簡単に治せる程度のモノだが、海の上じゃ、感染したら」
「三日も持たないって病気だ。」
部下は手渡された望遠鏡を覗きこむ。
もう、かなりの距離になったが、小さく、手下の姿が見えた。
皮膚に凄まじい早さで赤みが広がり、その赤くなった部分に小さな水泡が
目に見える早さでブツブツと浮き上がって来る。
その有様を見て、背筋に寒気が走った。
「なぜ、そんな事が。」予想できたのか、と部下は語尾を震わせながら、クロに尋ねる。
クロは賭けに勝ち、満足したようにククっと小さく喉を鳴らして笑う。
「俺なら、そうするだろうからな。」
「少ない労力で、虫けらを掃除するなら、それが手っ取り早いだろう。」
「まさか、"正義"を背負ってる奴らがそんな方法を取るとは考えなかったが、」
「あの船に乗ってた海兵のアタマが俺にそっくりな目つきをしてやがった。」
S−1は痛む体に服を身につけて、甲板に出た。
近くにはもう、どの船も無い。
薄曇りの空で、風はさほど強くも無く、波も静かでは無いけれども、悪い波ではない。
だた、甲板中には呻き声で溢れていた。
S−1の体には、R−1が手に入るかぎりの伝染病の予防接種を施したので、
海軍がばらまいた伝染病に対して抗体がある。
だから、発病はしない。
「お前の体には、」とR−1はS−1の体に打ちこんだ病気についての
知識をしっかりと教えてくれた。
症状。
対処法。
治療方法。
すでに水泡が潰れて、そこから体液がジクジクと流れ出す。
一人残らず、酷い火傷を負ったような有様だ。
運が良かったのか、まだ、動けた人間とS−1は必死で船を操舵して、
小さな島に辿り着いた。
(絶対に死なない、こんな所で死んでたまるか。)とS−1は
無我夢中だった。一人で操舵出来る大きさの船ではない。
海賊達を助けなければ、遠からず、自分は広い海の上で
遭難してしまう。
島に接岸した時点で、S−1以外の者は高熱と脱水で動けなくなった。
石造りの廃墟があった。
どういう理由か知らないが、人の気配が全くしないところから、
どうやら、無人島らしい。
その廃墟の中に、S−1は高熱でうなる男達、一人一人を気遣いながら
運びこんだ。数えてみると、15人だ。
「水をくれ。」と言う者も多いが、S−1はその声に何も答えず、
砂浜に穴を掘り始めた。
(なんとか、間に合わせないと)と道具が見当たらず、手で砂を掻き分け、
指先の皮が破れて、細かい砂が剥き出しになった肉にこびりつくけれど、
構わない。
船が操舵出来るだけの人数は絶対になにがなんでも助ける。
全ては、R−1の所ヘ帰る為、それだけの為だ。
大きな穴を掘り、その中に小石をびっしりと隙間無く敷いた。
その間、船の、操舵にはあまり差し障りの無い個所を壊して、
木片を集めて、キッチンから大人数の料理を作っていた鍋に海水を満たして、
湯を沸かしながら、岩を焼く。
小石を敷き詰め、砂に湯が染み込まないことを確認してから、
焼いた石を放り込み、その上から湯を流し込んだ。
その穴の周りを流木でぐるりと囲んで火を着ける。
穴の中の湯の温度を風呂よりもかなり熱く保ちながら、
男達を服を着たまま、次々と漬けてやる。
「お前、なぜ、こんな事を」と熱で苦しげに顔を歪めながら、
一人の男がS−1に尋ねた。男は、何故、自分達を助けようとするのか、
尋ねたつもりだった。
「海の上じゃあ、こんなに火を焚けないだろ。」
「この病気は、セキガイセンと高温に弱いんだ。」
「だから、思いきり火に当たって、熱い湯に浸かったら、」
「体の中のサイキンが死ぬんだって。」
「R−1が教えてくれた。」
S−1は、何故、火を炊いて、何故、湯につけるのか、その理由を尋ねられたと思って、
そう答えた。
意識のはっきりしていた男達はS−1のその言葉を聞いて、
自分達の卑しさに居た堪れなくなる。
言い尽くせないほど、酷い仕打ちをして来たのに、
S−1はその恨みを晴らそうとするどころか、髪を振り乱し、砂まみれ、
煤まみれ、汗まみれになって、たった一人で自分達の命を助けようと
懸命になっているのだ。
「すまない。」と男の一人が弱い口調で焔の側に横たわって、
S−1を見上げながら呟いた。
炎に火照った頬が薄く桃色に染まっていて、船の中で見た透けるような白さ以上の
清らかな姿に自分のして来た事の罪深さに顔が歪む。
「水、探してくる。」
S−1は男の謝罪の言葉などまるきり耳に入っていないようにそう言うと、
立ち上がった。
既に暮れた夜空の下で、燃え盛る炎と九死に一生を得た海賊を残して、
S−1は "R−1のところへ帰る為に"
脱水症状を起こして苦しむ男達に与える水を探しに行く。
三日間、一睡もせず、一時の休息も取らずに、S−1は男達を介抱し続けた。
四日目の朝、一番最初に目が醒めた男は自分の体が軽くなっている事に
まず、驚いた。
潰れた水泡ももうカサブタになっている。
腹が猛烈に減っていた。
「う・・・」と隣の男がうめいて意識を取り戻す。
やはり、顔中カサブタだらけだが、はっきりと判るほど、顔色が良い。
「あいつは?」と聞かれて、最初に目を醒ました男は自分の周りを見回した。
昨夜、眠った時は砂浜の焚き火の前だったのに、今、自分達がいるのは、
屋根のある廃屋の中だ。
「俺達を運んだのか。」
もうガラスなどなくなっている窓から外を見れば、そこここに、
朝陽に雨の名残が煌いている。
15人全員が、ひしめきあうように床に横たえられていた。
(あいつは、どこだ。)と目が醒めた男の誰もが同じ事を思い、
起き上がって、部屋の中で視線をさ迷わせる。
そして、すぐにがらんと広い部屋の端、朽ちた壁に凭れ、寒そうに体を縮めて
眠るS−1を見つけた。
「おい、てめえら、こいつを起こすんじゃねえぞ。」
その船の船長が静かに、声を潜めて、部下達にそう命じる。
あれだけ、自分達がさんざん汚い物を体に擦り付け、
体の奥までもこれ以上ないほど汚した筈なのに、
疲れ果てて眠るS−1の姿には、そんな汚れなど欠片も見出せなかった。
「生きて戻っただと?」
寄せ集めとはいえ、自分の部下を見捨て、そしてその部下が生きて戻った、と
聞いて、キャプテン・クロは僅かに眉根を動かした。
(何故だ。)
自分の見たて違いだったのか、と思った。
部下から、"部下を見捨てて遁走した頭"と知られ、そうなると
もとより希薄な信頼関係がますます心もとない。
(バカな奴らだ)そのまま、どこかへ逃げていれば良かったものを。
一度、信頼関係を失った部下をむざむざ生かしておく訳がないだろうに、
それすらも判らないバカだったか、とクロは冷酷な笑みを浮かべて、
嘲りの混じった溜息をつく。
「よく追い付けたな。しかも、全員、生存して。」
「御苦労な事だ。」とクロは船長室で、その報告を部下から聞いている。
そして、すぐ、その船の生き残りを殲滅しろ、といい掛け、
「なぜ、生きて帰ってこれたのか、報告は聞いているか。」と尋ねた。
「はい、頭の仰る通り、伝染病に感染ったらしいのですが、」
「適切に治療して、全員が命拾いしたそうです。」
「あの船に船医はいなかった筈だ。」部下の言葉を聞いて、クロは
海へ向けていた視線を翻し、部下に顔を向けた。
ミステリー小説を読み進めるような気持ちで、真相に興味を持ったのだ。
「へい。船医はいませんが、あの拾ったガキが。」
「拾ったガキ?」その時点で、クロはS−1の事をすっかり忘れていた。
「なんだ、それは」
「お頭が、躾をしておけ、とあの船の船長に預けた、髪の長いガキです。」
「そいつがどうした。」
クロは顔だけではなく、ゆっくりと椅子に腰掛けて、完全に部下の方へ向き直った。
立ち読みではなく、腰を据えて本を広げたような感覚で部下に話しの続きを
強いた。
「なんでも、治療法を知ってたとかで、そいつのおかげで助かったと。」
「わからんな。」
自分が躾ておけ、と言ったからには、相当な仕打ちをされていただろう。
自分が慰みものにするには、男の使いなれていない固い窪みでは、
自分が面倒にも解さねばならない。
使いこんで、それなりに体が慣れ、それなりに反応する体に仕上げさせないと、
組み立て式の玩具を組みたてないままに渡された様で、クロはそんな面倒はご免だと
思っていたのだ。
だから、S−1の体を変えておけ、と命じた。
今までも、女や、今回の様に見た目のいい少年をさんざん玩具にしてきた。
その都度、「躾」を命じた船長たちはよくその命令を聞き、
クロのもとに献上された「玩具」達は生きている人形の様に従順で、
可愛い奴隷だった。飽きたら海に生きたまま投げこんで捨ててそれで終り。
今はクロの元には、ちょうど玩具がなく、替わりを物色していた最中だった。
「逃げ出すチャンスをフイにしてまで、自分を酷い目に合わせた奴らをなぜ助ける。」
「さあ。俺には」クロの独り言に思わず部下は受け答えした。
「まあ、直接聞いてみるか。今回は躾も俺がしてやる。」
「毛色の変わった奴らしいからな。」
一方、S−1に助けられた船の船長は、クロに生還の報告を済ませると、
すぐにS−1を呼んだ。
「俺達は海賊しか出来ねえ。頭のところにいると稼ぎがいい」
「だから、頭から離れられねえ。」
「だが、頭はきっとお前の事を聞いたら、お前をさっさと差し出せと言って来る」
「一刻も早く逃げろ。お前なら、逃げられる。」
「逃げるって、どこへ」とS−1は困惑したようにその船長に尋ねた。
船長は、S−1に助けられてから、すっかり人相が変わってしまっている。
「酷エ事をした上になにもしてやれねえが、俺の一番信頼している男をつけてやる。」
「あーるわん、とか言う奴を探すなら、一緒に行け。」
「お頭が本気になったら、手に負えねえ。」船長の片腕だった男がありったけの
銃弾と銃、剣を持ってS−1の腕を掴んだ。
「勝手に逃げ出した事にすれば、俺達も言い訳が出来る。」
「お頭からの伝令が帰ってこないうちに早く。」
その船の乗員全員が、口々にS−1に逃亡を勧める。
加えて、船長は力強くS−1に言った。
「きっと、逃がしてやる。」
ここで船を降りるとなれば、この船長と二度と会えない可能性もある。
だが、船長は敢えて、自分が最も信頼している男と、そして、もう一人、
その船長の部下の中では最も腕の立つ男の二人をS−1を守る為に
選んだ。
「俺達がした事を許してくれ、とは言えネエ。」
「だが、必ず、生きのびて、いつか、俺達に罪滅ぼしをさせてくれ。」
(一人でも大丈夫)だとS−1は思った。
けれど、言い争っている時間はない。一刻も早く、この船から逃げ出さないと、
クロからの伝令は、もう、すぐそこまで来ているかも知れない。
小さな島の桟橋に4隻の船がひしめき合うように停泊していた。
S−1と武装した男二人は、素早く、島に上陸し、すぐに身を隠すべく、
整地もされていない土が剥き出しの地面を走った。
その様子を別の船の乗員が目撃し、すぐに追手が掛る。
船長の温情は却って裏目に出てしまった。
「ナメやがって。」裏切りを予測していたとは言え、その予測があまりに早くに
敵中してしまった事で、クロは激怒した。
が、唐突にこの屈辱を遊戯だと頭を切りかえる。
「俺が追う。」
「俺一人で十分だ。」
まだ、一度きりしか見ていない、確かに美しい容姿をしていたが、
自分の船を二隻もフヌケにした、得体の知れない生物をどうしても手に入れたくなった。
身を隠そうとしている場所などたかが知れている。
クロが本気になって追ったのだ、
すぐに二人の裏切り者と、新しい玩具は追い詰められた。
逃げまわってみれば、結局もとの桟橋がある入り江だった。
「そんなチンケな銃や剣じゃ俺は殺せんぞ。」とS−1を庇う二人の男を
散々、嬲りながら冷ややかに笑う。
クロにしてみれば、彼らの動きがまるで遅い。
「抜き足」を使えば、三人共を殺すのに、恐らく3秒もかからないのに、
敢えて、獣が獲物を追い詰めて嬲るように、わざと隙を与えて、
少しずつ、少しづつ、鋭い切っ先で男二人の体を切り刻んで行く。
驚いた事になにも出来まい、とタカを括っていた「S−1」も、
クロに攻撃してくる。スピードは他の二人よりもはるかに早く、
油断して、その蹴りを首筋になど受けてしまうと、クロでも恐らく、
昏倒してしまうだろう。
けれども、所詮、クロの敵にはならない。
ただ、体に傷をつけないように防戦するのに苦労するだけだ。
その戦闘のセンスからみて、自分達とクロの戦力の違いは察しているだろう、と
クロはS−1に話し掛けた。
「何故、こいつらを助けた。」
「伝染病を治して、助けてやろうと思った。」とまず、尋ねる。
「こいつら、助けなきゃ、俺も死ぬと思ったからだ。」とS−1は
一見強気に見える紫色の瞳に僅かながら怯えの色を揺らがせてクロを見ている。
その視線を受けただけでクロは背筋にゾクリと快楽の寒気が走った。
「自分が助かる為に、こいつらをわざわざ、助けたのか。」
「船を操舵するのに、5人もいりゃ十分だっただろう。」
「なぜ、全員助けた。」
その質問をしながら、クロはS−1を
庇っていた男二人をとうとう うつ伏せに地面に倒れさせた。
その背中を踏みつけ、二人の頚椎の場所に研ぎ澄まされた切っ先をプツリと
突き刺す。刃先が鮮明な血で染まり、男達の首筋をゆっくりと血の雫が伝って
地面に滴り落ちて行く。
もう少し、力を入れたら神経を断絶して即死するだろう。
今はまだ、首の裏の肉を切り裂いただけの傷で、致命傷にはならない。
S−1はその傷を瞬きもせずに凝視している。
額に球のような汗が浮かんで、握り締めている拳が小刻みに震えていた。
「何故、全員助けたか、聞いてるんだ。」とクロはイラついたような声を装って
尋ねた。その声を出しながら突き刺した刃先をほんの少し技と揺らす。
すると足の下で男達が呻き声を上げた。
「誰を助けるか、決められなかったからだ。」と答えたS−1の声が震えている。
それを聞くとまた、クロは甘美な寒気を感じた。
なぜ、こんなに楽しくて仕方がない気分になるのか、自分でも判らない。
例えるなら、恐らく、自分が想像していた以上にその玩具は面白そうだ、という期待感。
「で、今日はどっちを助けるか、決められそうか。」
「え。」
クロの一言、一言に怯えながらも、その怯えを必死で押し隠し、
なんとか、逃れようと浅知恵を振り絞って足掻く様が残酷なほどに可憐だ。
「お前が大人しく俺の玩具になるなら、二人とも殺さない。」
「逃がしてやる替わりに、この二人の首を土産に持たせてやる。」
「どっちがいい。」
自分を見ているS−1の表情は、なんとも言えない複雑なものだった。
怖れ、軽蔑、困惑、敗北、色々なものが混じっている。
何も答えられないのだろう、唇を引き結んで、
それでも、懇願しようとも泣きもしないS−1を見ていると、
食い殺してやりたいような感情がクロの胸に沸いてくる。
「決められないのか。」
「お前は、自分が助かりたいから、こいつらを助けたんだろう。」
「助かりたいなら、こいつらを見捨てればいい事だろうが。」
「なんで、こんな事をする。」と
S−1ははじめて会った時と同じ事をまた、クロに尋ねる。
震えながらも、決してひれ伏していない声だった。
「言っただろう、面白いからさ。」とクロも同じ答えを繰り返す。
「お前ら、こいつを生け捕りにしたら、命は助けてやる。」
「裏切りを咎めもしねえ。どうだ。」とクロは足の下の男に尋ねた。
「あんたの言うとおりのする。」と男達は躊躇いもせずに苦しげに答える。
クロが足をゆっくりと外す。
男達は、渾身の力を振り絞って唐突に左右に寝返りを打つように転がった。
一人は短銃の激鉄を瞬時に下し、クロの頭に照準を合わせる。
一人は、クロの動きを止めるべく、その足にナイフを走らせた。
「バカが。」
クロの低い声がした途端、ナイフを握ったまま、男の喉笛から血が吹き上がる。
S−1の目にも、もう一人の男の目にもクロが何をしたか、全く見えなかった。
「お前がさっさと答えないから、一人死んだぞ。」
愕然とする二人の見下ろして、クロは目を細め、ぞっとするような笑みを浮かべる。
「どうする?こいつを殺して、自分が助かるか。」
「こいつを助ける替わりに俺に飼われるか。」
S−1には選択のしようがなかった。
出来る筈もなかった。
「お前が俺に反抗したら、すぐにこの男を殺すぞ。」
かつて、自分を犯した男の命の為にS−1はクロの言いなりになるしかない状況に
追い込まれた。
いつでも、S−1の前でその男を殺せるように、クロは自分の身辺にあえて、
その男を配した。
「子供の頃、犬を飼っていた。」
クロの船の上にS−1はまるで罪人のように引きずり出される。
部下達の見守る中で、クロは大仰に、S−1と、周りの部下達に向かって
大道芸人のような口振りで、口上を始めた。
空は、今にも雨が降り出しそうな灰色の雲で覆われている。
「犬の躾は、まず、誰が主人かを教えこむ。」
「力を以って、な。」
何が始まるのか、とそこにいる全員が固唾を飲んでいる中、
クロはゆっくりと自分の武器である刃物のついた手袋をはめた。
「噛み付いてくる犬には、痛い目にあわせても躾をしてやる。」
「でないと、結局、犬を殺さねばならなくなる。」
「可哀想だが、犬の為には、最初に痛い目に合わせてやるのも、」
「優しい主人としての努めだ。」
圧倒的な力の差を見せつけられて、S−1には為すすべがなにもなかった。
逃げる事も出来ず、避ける事も出来ない。
皮膚が切り裂かれてそこから血が流れる。
焼け付くような痛み以外、なんの感覚も感じなくなり、
やがて、体から力が一気に抜けて、視界がぼやけて何も見えなくなった。
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