クロは熟睡しているS-1の唇を舐めた。
閉じられた瞼も、整った鼻筋も、柔らかな耳たぶも、どこもかしこも、
食ってしまえば死んでしまう、
ここに存在しなくなる、だから食い殺しはしないが、
あまさず、胃の中に収めてしまいたいと思うほど愛しかった。
自分に快楽を与えてくれる肉体だから、と言う理由だけでいい。
決して自身は快楽に流される事無く、苦痛に屈しないで、必死でクロに抗う。
その癖、その肉体ははっきりとクロからの愛撫を求める様な反応を見せ、
クロの肉体に貯まった薄汚い性欲を残らず吸い取ってしまう。
「S-1、」とクロは愛玩動物と同じくらいにしか思っていない人間を
呼んだ。その自分の声は、自分でも聞いた事がない程静かで穏やかだった。
クロの、僅かに残っている人間を愛しいと思う温もりが、クロを戒める。
これ以上、こいつを傷つけてはならない、と。
けれど、その声は、クロにはあまりにも遠く、小さく、心に棘さえ残さないまま、
黙殺された。
自分より弱い者を人間扱いする意味はない。
そう、自分に自分で説明し、理性を納得させて自分らしい感情を留める。
それなのに、顔を半分隠している髪を払いのける仕草も春風のように滑らかで、
そのまま包む様にS-1の頬を撫でた。
これからは、苦痛だけはなく、自分もS-1に快楽を教え、与えたい。
クロの感情がどうであれ、クロの肉体は、つまり肉体を突き動かす本能は
そう欲していて、その通りに動く。
背中に腕を回し、ゆっくりと抱き上げるとS-1の体はしっとりと汗ばんでいた。
小さな頭を支えてやらなかった所為で、S-1の顔がカクンと後に垂れる。
静かで、穏やかな寝息だけが聞こえた。
胸に抱き締めてやった。
抱きすくめるように、強く抱いて、また、柔らかで、微熱を含んだような唇を
息が出来なくなるように、自分の唇で塞いだ。
まだ、慣れてはいないのだから、拒絶されて当たり前だとクロは
当たり前に予想していた。
けれど、その予想は外れる。
S-1は、クロの肌蹴た胸に甘えるかの様に擦り寄った。
寒さから守って欲しい、温めて欲しい、と言うかのように、S-1は
クロの肌に近付いて、安心したかのように小さな溜息をつく。
手首を拘束したままの鎖の音が小さくなって、クロの腰にS-1の腕が絡んだ。
その腕はクロを引寄せるように力が篭った。
(どう言う事だ)とクロは面食らうと同時に、胸の中に甘い疼きを感じる。
あれだけ嬲って、通じ合う事などなにもなく、憎まれているのとしか考えられない関係なのに、とクロは驚き過ぎて、身動き出来なくなった。
起き上がってしまったクロの膝に顔を埋めて、S-1は眠りつづける。
ずっと蓄積されていた疲労から、S-1の眠りは深そうだった。
そして、クロはS-1の顔を薄い灯りの下で見る。
安心しきって、柔らかな笑み、見たことがないその表情に
視線が射止められる。余所見さえ出来ず、この静かで穏やかな空気を
乱したくないという気持ちが自然に生まれた。
(愛着だ。)これは、そう感情に過ぎない。
クロはそれでも自分の中の素直な感情を定義づける。
けれども、そんな感情もすぐにS-1の、寝息とともに漏らした、
聞きなれない言葉で全く違う、醜い感情に豹変した。
S-1は、クロとその言葉が、名前である人間とを混同していたのだ。
「あーるわん、」と言う言葉の意味などクロにはどうでも良い事だった。
一瞬でクロの心に満ち掛けていた、S−1への優しい感情が消し飛んだ。
思い切り、S−1の頬を平手で力任せに張りとばす。
パン!
甲高い、嫌な音が静かな船長室に響いた。
その手を振り上げ、また返して、S−1の頬を打つ。
S−1が自分を特別な存在だと認識したのかもしれないと、奢った自分への羞恥が、
そのまま、S−1への憎悪に化けた。
二回、頬を打たれて、S−1は眼を開いた。
(夢だったのか)
恐ろしい形相で自分を見下ろしているクロへの怯えではなく、
S−1は、ついさっきまで自分がいた、幸せな空間が夢だった事を認識して、
天国から一気に地獄の、奈落の底へ叩き落された。
凄まじい悲しさで、心の中が一瞬で塗りつぶされる。
頬の痛みなど、感じなかった。
今まで、どれだけ酷い目に遭わされても、どんなに心細くても、涙は出なかった。
泣いてもなんの解決にもならない。泣く事で、体力も気力も消耗するなら、
泣く必要はない、とS−1は決して涙を流さなかった。
耐えるとか、我慢する、のではなく、
赤ん坊の経験のないS−1には「泣く」と言う感情を知らなかっただけ。
R−1の腕の中は温かく、優しく、S−1がこの世に存在するのを許してくれる、
唯一の場所だ。
辛い事が一杯あったけれど、きっとここでこうしていればそんな事、
すぐに忘れるよ、とS−1R−1に言った。
その夢の中でとても幸せで、そして、その夢があまりにリアルだった。
瞳の奥が痛い、と思うと目の表面に湯のような水が溢れ出てきた。
それは後から、後から滲んで、S−1の目尻から零れて、頬を伝った。
胸の辺りが鈍く痛んで、何も考えられなくなった。
ただ、悲しいだけだった。
「R−1ジャナクテ、残念ダッタナ。」
クロは冷ややかで、ゾッとするような笑みを浮かべて自分を見下ろして、なにか言葉を
口にした。S−1の心は麻痺し、クロの言葉を理解する知能を奪っていた。
クロの手が膝裏に当てられ、S−1は体を開かされる。
そして、また「オヤツ」が体の奥に捻じ込まれるのを感じた。
一つ、二つ、とクロはS−1の体にいつもの倍を捻じ込んだ。
「お前には、ものを考える必要などない事を教えなければならないようだ。」
「俺を喜ばせる事以外は覚える必要もない。」と言うや、怒りなのか、
性欲なのかわからないが、クロは、完全に勃起している自分の性器を
S−1の髪を鷲掴みにして乱暴に押えつけて、その口に押し込んだ。
思うままに動いて、S−1の口の中を存分に汚し、その間に「オヤツ」が
溶け出すのをじっくりと待つ。
クロは、S−1の拘束を強めた。
片手だけだった手枷に鎖を絡めてしっかりと両手を縛り上げ、
ベッドの足とS−1の両足首を拘束した足枷とを鎖で繋ぐ。
そんな格好にしておいても、クロはS−1の服を剥ぎ取らなかった。
S−1の額に汗が滲み、息が荒くなって行く。
「今日は吐くような事はしないって言った癖に」とS−1は切れ切れに
そう言って、わざとベッドの脇に腰掛けて、
S−1の体の変化を見物しているかのようなクロを憎そうに睨む。
「気が変わったんだよ。」とクロはS−1の言葉を鼻で笑った。
体の奥から熱が体中に広がる。
いつも触られる色々な場所が敏感になって、体中に微弱な電流を通されている様だ。
クロはS−1のシャツの中の太股に指を這わせた。
「・・・っあっあっ。」
ざわざわと触れられた所為で、S−1の体に
いつもの、嫌な熱と刺激が走って息が詰った。
クロの手はS−1の根元を締め付ける様にギュっと握る。
吹き出した汗が目に染み、下半身からの強烈な刺激でS−1の体は
ブルブルと小刻みに痙攣し、それが止められなかった。
頭がクラクラして、天井がグルグル回る。
荒い息と、苦痛でS-1は自分の声を押し殺す事もできない。
クロはS−1の先端を体液を放出して、S−1が果ててしまわないように、
細い皮の紐で縛った。
クロがS-1の敏感な部分に触れる度に、その紐は食いこむ。
「痛いだろう。どうして欲しいか、言え。」クロは痛みで顔をゆがめている
S-1の、服の上からでも固くなっている乳首を指でこね回しながら、
脅すような口調でそう言った。
「これ、」
「ほどけ」とS-1はまだ、屈しないで、いつもどおりの可愛げのない口調で言う。
「まだ、まだ解いてやれンな。」とクロはおかしそうにそう言うと、
捏ねるような動きで、乳首を嬲っていた指の力を篭め、
捻って押し潰すように愛撫した。
「R-1、とか言う奴はこんな事をしたか。」と耳元で意地悪く囁く。
すると突然、S-1が拘束されたままの格好のまま、クロを跳ね除けた。
「うるさい、うるさい、うるさい!」
薬の効果を気力で払いのける様にS-1は力を振り絞って叫ぶ。
「R-1はこんな事しない、俺にこんな事絶対しない」
「こんな嫌な事、」
R-1のところへ帰りたい、帰れるなら何もいらない。
帰れたら、その日に死んだっていい。
クロに嬲られたら嬲られるほど、嫌な事をされたらされるほど、
S-1の心の中でR-1への絶対的な信用と愛が凝り固まって行き、
それがS-1の自我と命を支える土台になっていた。
「R-1はこんな事しない、お前なんかと全然違う」
「ああ、違うな。」
クロは悲痛な叫び声と、遂にクロの前で涙を流したs-1を見て、
勝利を得たような、優越感に浸った。
その日の行為は、今までのどの行為よりもS-1の肉体と精神に大きな
ダメージを与えた。
投薬の限界を超えた薬の所為で、S-1の身体の部位のあちこちから
悲鳴があがる。
クロのベッド上は、まるで拷問部屋の敷物のような沁みだらけになった。
血と汗と、精液と、自分の吐瀉物にまみれたS-1はまた、クロは
綺麗に洗い流してやる。
S-1が怒り以外の感情を見せたのは初めての事だ。
(泣くほど、"R-1"と言う奴の事が恋しいのか、)
汚れた寝台ではなく、船長の座る大きなソファにS-1を寝かせ、
その苦しげな寝顔を見ながらクロは腸が煮えたぎる思いを噛み締めた。
自分以外の者のことなど、考えるなど許せない。
S-1は自分の奴隷であり、自分の所有物のセックス人形であればそれでいいのだ。
(続く)