少し、白みがかった、焦げ茶色の長い髪で
右が紫、左が蒼色の瞳で、18、9歳の、俺と同じくらいの背丈の男を見た事はないか。
片耳に翡翠のピアスをしてるんだ。

同じ言葉を一体、何人に尋ねただろう。

疲れ果てて、R−1は(今日はもう一軒だけ寄って見よう)と立ち寄った
賑やかでも、なんとなく荒んだ酒場で、注文した酒を前に疲れ果ててぐったりと椅子に腰掛けていた。
今日も1日が終ろうとしている。もう、あと数分で日付が変わるのに、今日も
S−1の行方について、何一つ知る事は出来なかった。

(せめて、生きてると判ればそれだけでもいいのに)と深い、深い溜息をつく。
生きているのか、そうでないのかさえ判らない日々に心はどんどん疲れて行く。

同じ様な色の髪を見つけては、追い駆ける。その度に胸が激しく波打つ。
今度こそ、今度こそ、と思ってもいつもその願いは叶わない。

生きている、それさえ確かに判ればどれだけ救われるだろう。
どれだけ、心が軽くなるだろう。
「人を探してるんだが」とR−1はカウンターの中にいるこの店の古顔らしい
落ちついた物腰のウエイターにそっと札を折った金を差出ながら、今日も尋ねた。

「少し、白みがかった、焦げ茶色の長い髪で右が紫、左が蒼色の瞳で、18、9歳の、
俺と同じくらいの背丈の男を見た事はないか。片耳に翡翠のピアスをしてるんだが」
「顔は、・・・・麦わらの一味のコックのサンジと瓜二つなんだ」
「麦わらの一味のコックと?」カウンターの中の男はそう言って周りを警戒するかの
様に視線を素早く左右に動かした。

「お客さん、この店でその海賊団の名前を言わない方がいい」と
ウエイターは声を顰める。
「なんでだ」と尋ねると、ますます声を低くして、R−1に耳打ちする。
「ここは、ベラミー海賊団の息が掛ってる輩が多いンだよ」
「昔、麦わら・・麦わらのルフィに一発で殴り飛ばされてから、ずっと恨んでるって
話しだしさ」
(そうか、そんな奴らばかりか・・・)とR−1はチラリと周りを見渡した。
そして、一人の女の目と合った。
その女の目ははっきりとR−1に向けて、怯えと敵意の両方を含んでいる。
だが、R−1には見覚えのない女だ。
だから、すぐに(この女が知ってるのは俺じゃない)と思った。
ベラミー海賊団、女性戦闘員だというマニと言う女が見つめているのは、
R−1と言う男ではなく、恐らくはロロノア・ゾロだろう。

(こんなところにS−1はいない)いたら、絶対に噂くらいにはなっている筈だ。
例え、直接見た事はなくても、「麦わらの一味」と聞いただけで殺気立つ程敵意を
持つ、と言う話しが本当なら、サンジの顔くらい知っている筈で、
そのサンジと同じ顔をしているS−1を彼らが黙って見過ごす筈がないからだ。

「あんた、ロロノア・ゾロ・・・に良く似てるけど・・・別人?」
女は警戒心と不信感を隠しもせずにR−1に近付いて来てそう尋ねた。
「別人だ」
「ホントに?別人にしちゃ、似過ぎてるけど?船長とか、生意気な航海士とかは
どこにいるの?」と女はR−1を尋問するかのような口調でそう聞いて来た。
「俺はロロノア・ゾロじゃない」とR−1はぶっきらぼうに答えて立ち上がる。
S−1の情報が何も手に入らないのなら、こんな酒場にいるのは無駄だ。
いや、この街に、この島にいるのも無駄だから、一刻も早く別の街へと
さっさと移動しよう。R−1はただ、そう思っただけだ。

だが、椅子からR−1が立ち上がった瞬間、雑然としていた酒場の中は鎮まり返る。
店で飲み食いして騒いでいた客のその殆どが、いや、客の全員がベラミー海賊団で、
R−1が椅子から立ち上がった、その仕草を周りの仲間達は
「マニの挑戦をロロノア・ゾロが受けて立った」と解釈し、マニに加勢する為に
一斉に武器を手に立ち上がった。

「逃げる気?」とマニはR−1の前に立ち塞がり、ふてぶしい笑顔を無理に作って
笑ってR−1を煽る。「ここに用がないだけだ」と言っても
「あんたに無くてもあたしらにはあるわ」と食い下がってくるので、
「ロロノア・ゾロにだろう」とR−1はマニを突き飛ばした。
先に手を出した、出さないの子供の喧嘩ではない。
殺す、殺される、の海賊の喧嘩はどちらが先に手を出したかで善悪が決るのではなく、
どんなやり方であれ、生き残った方の勝ちだ。
が、殺す気など無くても、先に手を出したR−1が結果的にこの喧嘩の引き金を引いた事になる。
R−1が自分の前に立ち塞がったマニを突き飛ばした途端に、店の中に古びた酒場の
柱や壁がビリビリと震える様な、すさまじい怒声が沸き上がった。
「マニ姐さんになにしやがる!」「やっちまえ、野郎ども!」「殺せ、殺せ!」
弱い奴程、相手の力量が判らない。そして、下っ端は上の者が命じれば、必ずそれに
従わねばならない。まずは、R−1にいかにも下っ端、と言った輩が何人か刃を
振りかざして踊りかかって来た。
「人違いだって言ってるだろう」とそれを拳であっという間にハエを追っ払うよりも
簡単にR−1はなぎ払った。
そのあまりにも無造作な様子にその後に続こうとしていた者達が竦む。

「俺はロロノア・ゾロじゃない。お前らに恨まれる覚えはない、だから」
「お前らを殺す気もない」
「だが、俺を殺す気で掛ってくるなら、容赦無く殺す」
そう言ってR−1は刀を抜き、横一文字に空気を切り裂いた。
その剣戟と風圧で立ち並んでいる男達の頬から鼻にかけての皮膚が、
横一文字に薄く切れ、血がツ・・・と流れ落ちる。
「うわわ・・・」とその血を見て、数人が腰を抜かし、武器を取り落とす。

「・・・こんな酒場で一体、なにをやってた」と部下達の動揺を見て、
腹立たしいと思ったのか、マニと呼ばれている女が顔を歪めて
R−1に対してまだ訝しげな視線をぶつけながらそう尋ねて来た。
「ここはあたしたちベラミー海賊団の縄張りだよ」
「あんたがロロノア・ゾロじゃないなら、どうしてこんな場所にいる?」
「お前らがどこの誰かなんて俺が知った事じゃない」とR−1は抜刀したまま
マニの質問に答える。答えながら、頭の中でふと考えた。
(俺がこれだけ必死に探してるんだ。それなら、S−1も俺の情報をどこかで
聞こうとしてるかも知れない)
もしも、ここで大暴れして、その噂がS−1の元に届いたら、自分達を
結びつける偶然を引寄せやすいかも知れない。
「俺は人を探してるだけだ」
「人を探してる?」マニはR−1の言葉をなぞって怪訝な顔をすると、
「マニ姐さん、この男、ホントにロロノア・ゾロじゃないよ」と後ろの方から
恐る恐る一人の男がマニにそう言い出した。
「なんだって?」「ピアスが違うし・・・それに刀が違う」
「一振りしか腰に挿して無いし、その刀もロロノアの刀とは違う」
「瓜二つの別人だ」

その男の言葉でやっと誤解が解けた。
そして。
「人を探すなら、あたし達が力になるよ」とマニが言い出した。
ロロノアゾロではない、と判ってから急に愛想が良くなり、態度が好意的になる。
そして、その代償として、「近々、ちょっと大きな喧嘩をやらかす事になってね」
「あんたみたいな強い味方は一人でも多い方がいい」
「あたしが口を利くから、仲間になってくれない?」

そう言われてR−1は「馬鹿馬鹿しい。誰が海賊なんかの仲間に」とすぐに断わった。
考えるまでも無い。海賊同士の殺し合いに首を突っ込む時間など時間1秒だってありはしない。
だが、マニは食い下がった。
「この広いグラインドラインをたった一人で海賊に浚われた人間を探し出すなんて、
広い草っぱらで1ベリー硬貨を探すより難しいよ」
「あたしたちなら、海軍からだって、海賊からだって、街の女衒からだって」
「どんなところからでも情報を手に入れる事が出来る」
「あんた一人が探し出すよりもずっと早く人を探し出す事が出来るよ」と言う。

(確かにそうだ)
多くの人の口と耳を使えば、無駄な情報もたくさん入って来るだろうが、今の様に
あてどなくさ迷うよりはずっと早く、ずっと多く、S−1の情報を手に入れられる。

「仲間にはならないが・・・」と前置きし、
「傭兵として金で俺を雇い、俺が必要だと思う情報を何も隠さずに俺に伝える事、
何事も俺の自由にさせてくれる、と言う条件なら」とR−1は決断した。
マニは百万の味方を手にした、と大喜びし、そして言った。
「あたしたちの船長はベラミーだけど、その上は七武海の大海賊なんだよ」
「喧嘩の相手っていうのは」
「赤髪のシャンクスさ」

その赤髪のシャンクスの船を今、ベラミーの息が掛った海賊が夜襲している事など、
R−1は夢にも思わない。

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