「あんたは海兵なんかやるより、海賊向きの人間だ」
「どうだ?ミルクなんて甘エ名前捨てて、海賊トレノとして生きてみないか?」
「歓迎するぜ?」
一瞬、部屋が水を打ったように静まりかえる。
ライの表情が警戒心を剥き出しにしたまま、固まった。
(断わったら、どうなるんだろう?)と側で見ていたS−1はハラハラして
シャンクスとライの動向をじっと見つめる。周りのシャンクスの部下達も同様だが、
違うのは、ライに「YES」の答えを期待しての眼差しを向けている事だ。
「は、」ライは詰めていた息をほんの少しだけ吐き出す時、そんな音を出した。
「本気で言ってるとはとても思えない事を」と言いつつ、シャンクスから不自然に目を逸らす。
ライのその動揺を押隠した態度は、シャンクスにどんな言葉を返そう、と必死に頭の中で考えている様に
しかS-1には見えなかった。
「じゃあ、お前サンは俺がただの冗談を言いに部下をこんなに大勢引き連れて海軍の
病院に押し掛けて来た大バカ野郎だとでも思ってるのか?」とシャンクスはニヤニヤとライの方を見て笑った。
「さあ、それは」とライは相変らず目を逸らしたままそう答える。
「なあ、ミルクさんよ」シャンクスはス・・と腰から剣を鞘ごと器用に抜きあげ、
柄の先端でコツン、とライの顎を突付いた。
「ここは海軍の病院だ、そこに海賊が大挙して押し寄せたんだ」
「大怪我をしているのは判るが、何故、剣を抜いて俺達を追っ払わない?」
「そうしたいのが、お前サンの本音だろ?」
ライはそう言われて、またシャンクスの方へ渋々向き直る。
「それが判ってるなら、帰って頂けませんかね、赤髪のお頭」
言葉を荒げる事もなく、本当にライは困惑しきってそう言っている。
シャンクスの方に顔は向いているが、灰色の目はまだシャンクスを直視していない。
まるで、目を合わせればシャンクスの懐の大きさにすっぽり包れてしまうのを
怖がっているかのようだ。
だが、ライのそんな頑なな態度を少しも気にもせず、相変らずシャンクスは飄々と薄ら笑いを浮べて、
「俺はお前サンを仲間に引き入れに来た。そうしたいから、ここにいる」
「なのに、お前サンは帰れ、と言う。だが、俺はお前サンが俺の手下になる、と言うまでは帰る気はない。俺は俺のしたい事をする。だから、ここにいる、さて、どうする?」
と詰め寄った。
「海軍の正義ってヤツを貫くなら、ここで俺達とやりあって、全員残らず
とっ捕まえて縛り首にしなきゃならない筈だろ、違うかい、ミルクさんよ」
そう言われてライは黙り込む。
「赤髪のシャンクスには手出しをするな、と言う厳命があるんだろう?」と
ライの沈黙の理由をシャンクスは見透かしそう言ってニヤリと笑い、ライを見上げた。
「がんじがらめの正義しか振りかざせない組織にいたって、何も出来やしない」
「お前サンが追い駆けたいのはそんな中途半端な正義なのかい?」
「海賊なら、自分の正義を自分の責任で自由に追い駆けていける」
シャンクスのその言葉にライの瞳が少し揺らいだ。
海軍の事も、海賊の事も、ライが大事にしている「正義」とか言う思想の事も
曖昧にしか判らないS-1でも、シャンクスのその言葉は何故か胸に響く。
(どう答えるんだろう?)とS-1はライをじっと見つめる。その視線に気づいてライも顔を上げて、S−1を見つめかえして来た。
「子猫のぼうやには絶対に怖い目には合わせないよ。ただ、俺の為に少しだけ、
働いてくれたらいい。雑用でも、・・・狙撃手でも」
「二人、一緒って事なのか」とS-1は思わず、すぐにシャンクスに聞き返す。
「こういうのはどうだろう?」シャンクスはライとS−1の間に割って入った。
「噂で聞いたんだが、ぼうやは誰かを探してるんだろう?」
「俺達はその誰か、を探すのを手伝ってやろう。その代わり、ぼうやは
その青い色した石頭の海兵サンが海賊になりたいって思う様に説得して欲しい」
「海軍を裏切って、海賊になる輩なんてゴロゴロいる」
「別にそう珍しい事じゃないぜ、ミルクさん」と横からベンと呼ばれた男も口を挟んだ。
「珍しい、珍しくない、の問題じゃないんだ」とライは無愛想に答える。
「お誘いをお断りして大変申し訳ないと思いますが、海賊になる気なんてまるきり
ありません、としかいい様がない」
「別に人手不足って訳でも無さそうだし、なんでライを誘う・・・んですか、
赤髪のお頭」とS−1がさっきからずっと不思議に思っていた事を尋ねる。
「急に思いついた事じゃないんだよ、ぼうや」とシャンクスは不敵な笑みではなく、
本当に人の良さそうな、一見、邪気のまるきり混ざっていない和やかな表情を
浮べてS−1に微笑んだ。
「この海兵サンはね、海軍にいたって絶対幸せになれっこない、可哀想な人なんだよ」
「色々噂を聞いたり、実際、他の海賊とやりあってるところを見たりしてずっと
目をつけてたんだ。義理に厚くて、度胸もある。戦闘能力も高い。航海技術も文句ナシ」
「言っとくが、この海兵サンを海賊に引き入れよう、と思ってるのは俺だけじゃない」
「先に掻っ攫われたら胸くそ悪いから、怪我をしているうちに話をつけに来ただけで、」
「ミルクがいつ、海賊に化けるかってのは、海賊の中でもちょっとした賭けになってるくらい、たくさんの大海賊が待ってるんだよ」
「ライ、あんたがくだらねえ正義ごっこを卒業するのを」
シャンクスはやっと、ライを「ミルク」と呼ばずに本当の名前の「ライ」と呼んだ。
「今夜また来る。それまでに荷物をまとめておいてくれ」と言って、
シャンクスは帰って行った。
「どうするんだ、ライ」
「行くよ」
シャンクスが帰ってから、S-1はそう尋ねると、ライは即座にそう答えた。
「え?!ライ、海賊になるのか」
「まさか」
驚くS-1にライはニッコリと笑った。
「彼らの情報網を使えば、すぐにR−1を探し出せるよ」
「それにシャンクス相手に襲ってくる海賊も滅多にいないし、海軍だってそう簡単に
手は出さない。今まで君が乗ってた海賊船とは桁違いに安全だ」
「もう怖い思いをしなくてすむし」
「すぐにR−1に会える」
それと、シャンクスの船にライが乗るのとがS−1の頭の中で繋がらない。
意味が良く判らなくて、S−1は少し眉根を寄せてライにもっと詳しい話しを
聞かせてもらおうと、その顔を覗きこむ。
「僕を説得する、って約束で君はシャンクスにR−1を探してもらう訳だから、」
「説得されるフリをしてあげる」
「僕は、赤髪のシャンクスに拉致される。海軍は身代金なんて出さないと思うけど
赤髪のお頭に身代金を請求してもらうよ。そうすれば、僕は海軍を裏切った事にはならないからね」
「それで?」
「R−1が見つかるまで、僕は君の側にいる、でも海賊にはならない」
「どうして、ライはそこまで海軍にこだわるんだ?」
シャンクスを謀る様な事を言うライにS−1はそう尋ねる。
すっかりシャンクスの言葉に知らず知らず感化されて、あれだけ海賊は恐ろしい、と
嫌と言うほど身に染みていた筈なのに、シャンクスは特別だ、素晴らしい海賊だと
なんの疑いも無くそう思えていたからだ。
「海賊には向いて無いからだよ」とライは軽く答える。
「そんな事ないんじゃないか?あんなすごいお頭が言うんだから向いてるんだよ」
「僕はね、S-1」ライは深い溜息をついた。
「海賊を狩る賞金稼ぎの中で育ったんだ」
「海賊に助けられて、生きてるし、・・・大事に想ってる人だって海賊だけど」
「海賊なんて禄でも無いヤツの方が圧倒的に多いんだから、」
「自分が海賊になるなんて、考えられないよ」と言う。
「じゃ、俺の為にシャンクスを騙すのか?」そう聞いたS-1にライは笑って
「違うよ、だたの興味本位、内部調査。君の為じゃない」と答えた。
(嘘だ)とすぐに分かるが、S-1にはどうしようもない。ライは腹を決めてしまっている。
(でも、ライはともかく、俺はあの人を騙しとおせるかな・・・)とS-1は
あのシャンクスを騙すなどとても出来そうにないと不安になって来た。
もしも、ライと自分の腹積もりがシャンクスに見破られたら、一体、どうなるのだろう。
「お頭、ミルクは・・・いや、ライは来ますかね」
一方、シャンクスは自分の部屋に腹心の幹部ばかりを集めて、いつもの様に
雑談に興じていたが、ふと、会話が途切れた時、軽い世間話しをする様な口調で
ヤソップがそう尋ねた。
「来るさ。二人一緒にな」とシャンクスは自信たっぷりに答える。
「あのボウズ・・・銀髪のボウズは一体、なんの役に立つんです?」とヤソップは
重ねて尋ねる。
「わからん、だが、海賊暮しの経験があるし、あの子を手懐けておけば、
ライのヤツの首根っこを捕まえておける」とシャンクスは飄々と答える。
「七武海の一角を担うヤツと喧嘩するんだ。腕の立つ仲間は多い方がいい」
「あいつが上手く海賊に転職してくれりゃ、ライの部下もまるごと俺達の仲間に引き込めるかも知れないしな」
そう言って、シャンクスは手にしていた酒をグビリと一気に煽って、
飲み干してから、ニヤリと笑ってヤソップに向き直る。
「おい、ヤソップ。あのボウヤは銀髪じゃないぞ」
「は?でも、白に近い色だと思いましたがね。まさか白髪じゃねえでしょうに」と
ヤソップが薄笑いを浮べて答えると、シャンクスは目を細めて表情を和らげた。
「あれは白髪、もとは栗色だったんだろう。気の毒に、余程の目にあったんだろうさ」
「で、ホントにあのボウズの探してる男っての、探すつもりですかい?」と
今度はベンが尋ねる。
「もちろんだ。嘘は言わない。港町で噂話を拾ってくるだけでなにかしらの
情報が入って来るだろう?それだけで充分だ」
「たくさんの情報の中から必要なモノを見極めて、自分で決めて行動すりゃいい」
「仲間になるのも、船を降りるのも、己の自由なんだから」
「それで探し出せなきゃ、一生、この船で雑用でも、風呂番でもやらせるさ」
「風呂番・・・、ですかい」とベンはシャンクスの言葉を聞いて笑った。
「そんな仕事、うちの船にありましたか」
「ボウヤの為に今、俺が作った」とシャンクスは少し肩を揺らして笑う。
「赤ん坊みたいな肌してた。別に背中を流させたりするくらい、罪がないだろ」
「背中を流すだけですか、悪戯はしないんですかい」とベンがからかうと、
シャンクスは「フフ・・・」と黙って鼻だけで小さな笑い声を立てる。
「ライが完全に俺に忠誠を尽くす様になるまでは悪戯はしない」
「どうせ、明日この船に来たって、仲間になるつもりはねえだろう」
「こっちが向こうの腹を見透かしてるなんて見抜かれない様、
余計な不信感を持たれないように、心して振る舞わなきゃな」
「腹の探り合いを繰り返しても、お互い、本心を隠してるって分かってる時に
急に本音を曝け出されたら大抵、面食らうんだ。そこで一気に警戒心を突き崩す事が出来る」
「なに、もともと、海賊向きなんだ、あの男は」
「あいつは、自分でもそれが分かってる」
「誰よりも海軍らしく、海兵らしくあろう、と必死にならなきゃ海兵でいられない」
「そんな薄っぺらい皮なんか、一月もあれば引っぺがせる」
「お頭、本当にあいつと喧嘩するつもりなんですかい。大変な戦争になるかも
知れませんぜ」と急に真剣な顔でベンが話題を変えた。
「ライを仲間に、と言い出したのは俺ですが、まさかホントに実行するとは思わなかったんで。本気の本気で、海軍も白髭も手を出さない、七武海のあいつと・・?」
「ここらでキッチリ、格の違いを見せ付けとかなきゃ、真っ当な海賊旗を掲げてる、
真っ当な海賊連中達に示しがつかない」
「誰もが、赤髪のシャンクスこそが海賊の中の海賊だと言わせる為にも」
「外道な海賊をこれ以上、のさばらせてはおけないからな」
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