「彼女が幸せになるなら、なんだってするさ。」

俺は、彼女を愛してる。
幸せに、と願ってるんじゃない、

「俺が彼女を幸せにしたいんだよ。」


だから、俺を捨てろ。


あまりに身勝手な言葉だった。

「恋人」が 悔しさに顔を歪めて 「彼」に尋ねる。

「俺よりも彼女を?」



愛してるのか。その言葉を肯定されることが怖くて言葉が続かなかった。



「幸せの権利」
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                                番外編  「鳥」  「靄」 (近日アップ)     



昨夜も遅かった。
今朝も早かった。

仕入れに行って帰って来て、一度仮眠する。

オーナーシェフの一日は忙しい。


ソファだけはやけに立派な自室で サンジは仕入れに行ったままの格好で
眠っていた。

「起きろ。」


うるせえな。
もうちょっと 寝かせろ。


そう答えると 鼻を摘まれる。

「起きろっつってるだろ。」

からかうような、嬉しげな恋人の声で ようやく、
サンジは瞼を開く。

「いつ?」
帰ってきたんだ?と聞きかけたサンジの唇を 今は世界一の剣豪となった
ロロノア・ゾロが柔らかく塞ぐ。

「今着いたばっかりだ。マダムがびっくりさせてやれって鍵を開けてくれた。」

ゾロはサンジの体を引き寄せながら自分もソファに腰を下ろす。
自然にその首へと サンジは腕を絡ませる。

「忙しそうだな。」

ゾロは一つに括っていたサンジの髪を解いた。
肩より少し先までに伸びた髪を綺麗に撫でつける。

「今回は随分早く帰ってきたんだな。」
サンジはゾロの肩に顎を乗せてされるがままになった。

中途ハンパな長さで括ったまま、寝転んでいた所為で
髪が乱れていたのが気になったのか、ゾロがしきりにサンジの髪を撫で、
手馴れた様子で括り直した。

「朝飯、出来てるそうだ。」

ゾロはそう言って立ちあがる。

部屋の中は、窓のそばに「彼女」が生けた薄い桃色の百合の清楚な薫りで
満ちていた。



「おはよう、お帰り、ゾロ!」

サンジが育てているウソップの息子がゾロを見て、
腕に飛び込んでくる。

「おお、また 背が伸びたな。」

ゾロは その子、ジュニアをがっしりと受けとめて、乱暴に
振り回した。

「いくつになった?」
前に会った時より、体つきも背もぐっと大人になったジュニアへ、
海賊が見れば震えあがるゾロの、同一人物とは思えないほど、
穏やかな笑顔を向けた。

「来年 12歳になるよ。」


海に浮かんでいる店へ続く桟橋を挟んで 
白い壁、オレンジ色の屋根、日当たりの良い小さな家がある。

良く手入れされた庭と、瑞々しい野菜が育つ菜園へ続くテラスに
三人分の朝食が並べられている。

「急で悪イな。アトリ。」

ゾロは温かいカップに紅茶を注いでくれる女性に
声をかけた。

水色の髪。
大きな黒い瞳の、優しげな女性が にこりと華やいだ笑顔で


「いいえ、いつもの事ですから。」と答えた。


「息子は元気か。」

テラスには彼女とゾロしかいない。
ジュニアとサンジは、彼女が育てた菜園から 店で使う野菜を
収穫している最中だ。

「いつも、サンジさんに怒られてばかりで。」
「それより。」

彼女は手を休めないまま、ゾロに意味深な、からかうような眼差しを向ける。

「留守中の事、お聞きになりたんじゃありません?」

そう言われて、ゾロは苦笑いする。

彼女の名前はアトリ。
サンジの身の回りの世話をしてくれる、家政婦だ。

もともと、サンジの店に 「息子を弟子入りさせてくれ」と頼みに来て、
その境遇を聞き、サンジが親子揃って雇った。

アトリの夫は 腕の良い航海士で グランドラインを航行する商船に乗っていた。
けれど、今は生死がわからない。

アトリの息子、サムはジュニアよりも三つ年上の15歳。
父親に似ているのか、年の割りに背も高く、がっしりとした浅黒い少年だ。
ただ、髪の色だけは母親譲りだ。
ジュニアも優しい少年だが、サムも母一人、子一人と言う事もあり、
母親思いの、しっかりした少年だとサンジが誉めていた。

「立派なコックになって、母さんと一緒に小さなレストランを開くんだ。」と
言うのが彼の夢だ。


「その・・・。何も変った事は?」

アトリはサンジとジュニアの一番身近にいて、彼らのプライベートに関しては、
誰よりも知っている。

最初、彼女を見た時、ゾロは あまり いい印象を受けなかった。

(ビビにそっくりじゃねえか。)

ただ、髪の色と瞳の色が似ているだけなのだが、
同じ敷地内で サンジが好きになりそうな女性と暮らすのに
内心穏やかでいられなかった。

けれど、彼女の首にいつもかけられているペンダントの中に
夫の写真がある事、左手の薬指の指輪がいつもはまっていること、

何より、彼女の裏表のない、素朴な人柄に そんな杞憂は消えうせた。

「そんなに心配でしたら一緒にいればいいのに。」と彼女は言わない。
ゾロとサンジの生き方に、自分と夫の生き方を重ねて理解しているからだ。

俺は海も、お前も愛してるんだよ。
そう言って、アトリを残し、海で生きた夫を アトリは待ち続けている。

本当は寂しがり屋のあの人が、私と息子を残して黙って逝くなど考えられないもの、
と いつも明るい。

「ミルク少佐が近くに配属になったそうですよ。」
アトリはそう言って水平線を眺める。
ゾロはその視線の先を見た。小さな帆船の船影が見える。

「もう、そろそろ来られる時間です。」

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