ジュニアを必死で抱き締めていて、それ以降の記憶が全くなく、
気がついた時は、

一瞬、ここがどこで、何故、ここにいるのか、
どうしてこんなに体が痛むのかなど、自分がおかれている状況を
把握できなかった。

「ライ、気がついた?」と目の前には、疲れた顔をしたヒナがいた。

その声を合図にしたように、ライの頭の中に一気に
意識を失うまで把握していた様々な事柄を思い出し始め、

「ジュニア君と、サンジさんは無事ですか。」とすぐに
ヒナに尋ねた。

「ええ、あなたが庇ったあの坊やも、サンジ氏も、無事よ。」と
ヒナの滞りない言葉を聞いて安心する。

けれど、自分が助かった事をまず、サンジに伝えたかったし、
ジュニアの無事も 自分の目で確かめたくて、
無茶をした。

背中からめり込んだ銃弾は、内臓まで届いていて、
例え、意識を取り戻しても、危険な状態であることには変わりなかったのに、
ライは、凄まじい精神力で痛みを堪えて 歩こうとした。

そして、再び、危険な状態に陥る。
クロコダイルの作った爆弾は、破裂すると同時に無数の弾丸と、
脳の動きに異常をきたす効果の毒ガスを噴霧すると言う性能だった。

ライとアトリ、死亡したサム、ジュニアがそのガスを吸っている事に
この時点で誰も気が付いてはいない。


もう一度、意識を取り戻して、ヒナの声を聞いた時、
ライは、
声を出そう、とした。

「大丈夫です。」と頭の中では言えるのに、
それを声に、言葉に出せない。

呻き声のような、唸り声のような声しか喉から出せない。
意志を伝えよう、と筆談を試みたが、

字が思い出せない。
読めるのに、書けない。

ライ自身がその状態に愕然とした。
ヒナも、ライの異常に 激しく動揺したようだった。

(このことをサンジさんが知ったら)
ライは 自分の体に起こったこの異常に 頭が混乱し、
その混乱がひとしきり 落ちついてまず、思ったのは、

サンジがこの事を知れば、きっと、酷く自分を責め、苦しむだろう、と言う事だった。

「生きているから、安心して欲しい」とだけ伝えたくても、
ライには、その手段がない。

そして、動物のように唸る事しか出来ない今の自分を サンジにも、
ゾロにも、ジュニアにも、
自分を知っている誰にも見せたくない、と思った。

自分の驚異的な回復に自分でも驚きながら、
ライは、せめて、ジュニアの無事だけは 自分の目で確かめたくて、
夜、人目を盗んで ジュニアの病院に忍び込んだ。

ジュニアの姿を見た後は、
こんな状態で生きていても、自分の描いていた夢には

いつか、本当の正義を悟り、ゾロを倒すだけの力をつけて、
サンジに、想いを告げる、
そんな夢には 届かないだろう。
それでも、生きなければならない。

サンジが助けてくれた命を自ら捨てたりはしない。
けれど、もう、

サンジの事も、ゾロの事も、忘れなければ
いつまでも届かない夢にしがみ付いて、生きるのがきっと辛くなる。

「駄目だ、行かないで」と縋りついて泣いてくれたジュニアに、
ライは、今まで 自分の愛刀・「雷光」と同じように、

いや、それ以上に大切にしていた 想い出の首飾りを託した。

命を諦めたりはしない。
ただ、夢を諦めただけ。


そんな簡単な言葉さえ、ライは誰にも伝えられないまま、
姿を消した。



サンジとゾロが 海軍の快速船で 病院のある島に着いた時、
海軍の病院では、ヒナが二人を待っていた。

ヒナは、サンジに皮肉の一つも言うつもりで 待ち構えていた。

あなたの所為で、わたくしの大切な部下をたくさん失ったわ。
せいぜい、長生きすることね。

それくらいは言ってやるつもりだった。

が。
目の前に現われたサンジを見て、ヒナは 自分の苛立ちを
(この人にぶつけてはいけない)と悟る。

気弱な表情をしている訳でも、憔悴しきっている訳でもない。
むしろ、目を逸らさずに、自分を見ている蒼い瞳には、
深い、深い、苦しみが滲んでいながら、

そこから決して逃げようとしない、悲しみ抜いて、
苦しみぬいて、それでも まだ 重なるだろう苦難を見据え、
覚悟を決めた静かな光が宿っていた。

一番、苦しいのは、
(彼だわ)とヒナは ようやく気が付いた。

「ライは、わたくしがきっと見つけ出します。」
「どうか、心配しないで。」

「あなたの坊やが、最後の目撃者なの。」
「随分、泣いてるそうだから、すぐに行ってあげて。」

この人を責めても、なんの解決にもならない、と投げやりになったのではなく、
これからも
ずっと、苦しさを抱えていかねばならないサンジに
自分が感じている腹立ちをぶつけて、その苦しみの重みを増やすような真似を
したくなかっただけだ。

サンジにかけた、ヒナの言葉は、その口調も、声音も
穏やかだった。



「鎮静剤を打ちました。今は、よく眠っています。」と看護婦から
ジュニアの容態を聞いて、ゾロとサンジは、顔を見合わせた。

「鎮静剤って」
何故、鎮静剤を打ったのか、と聞くサンジに、若い看護婦は、

「ライさんがあんな風になったのは、僕の所為って、ずっと泣いてて」
「体に障るから、と先生が仰ったから」と
本当に気の毒そうな表情を浮かべて答える。

「あんな風って?」とサンジが重ねて聞くと、
「それは私も判りません、」
「もうすぐ、お薬も切れて、
「ジュニア君の目が覚メルでしょうが、あまり刺激しないでくださいね。」

そこへ、別の看護婦が慌しくやって来て
「アトリさんが意識を回復されました。」と ゾロとサンジの両方に向かって
そう言った。

「ゾロ、ジュニアを頼む。」
「ああ。」

サンジは、迷いなく、ゾロにジュニアを託して、
アトリの元へと向かった。


サムの事をどう伝えよう。
今、伝えられる状態ではないだろうけれど、
自分の口で、偽りなく伝え、その後、
悲しみの闇に心が塗りつぶされるだろう、アトリを支えなければならない。

「母さんを頼みます。」と言い残したサムの言葉がサンジの心の中に蘇って
胸を締め付ける。


アトリはぼんやりとした顔で ベッドに横たわっていた。

サンジが近づいてくるのを見て、力ないけれど、柔らかい
微笑を浮かべた。

「気分はどうですか。」とまずは、当り障りのない言葉を柔らかな声で
アトリに掛けてみる。

「とても嫌な夢を見ていたわ。」
「でも、夢だった。」そう言って、アトリは

以外としっかりした、アトリの声にサンジは 安堵の溜息を漏らす。
けれど、次の言葉でサンジの全身の血が凍りついた。

ママ、すぐに元気になるわ。

だから、心配しないで、サム。

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