「お前、老けたな。」

何年ぶりだろう。
ゾロが最後に会ったのは、15歳の時だったから 随分
風貌が変わった。

まず、背がバカに高い。

まさか、自分より高く育っているとは思っていなかったし、
肩幅も、胸板も 流石に剣士らしい体躯だ。

「ロロノアさん、いつ帰ってきたんですか?」

ミルク少佐、と呼ばれている青年、
青色がかった灰色の瞳からは 相変らず、強い光が宿っているライは、
当たり前のようにテラスの椅子に腰を下ろした。

「今、お食事をお持ちしますね。」
「すいませんね、いつも。」

アトリは ライにもにこやかに応待して、キッチンへと入って行った。

「バカみたいに育ったな。」
「おかげさまで。」

それでも、まだ少年だった頃の人懐こさは変わらない。
ゾロの憎まれ口にも、若若しい笑顔を浮かべて、無邪気な口調で答える。

「おはよう、ライさん。」

ジュニアが大きなバケツに取れたての野菜を抱えて、
テラスの向こうから元気にライに声をかける。

「なんだ、また来たのかよ。」
その後に、サンジが露骨に迷惑そうな顔をして戻ってきた。


「お前に朝飯食わせても、一ベリーの得にもならねえんだ。」
「来るなら晩飯を店に食いに来い。」

サンジはライに向かってそう言いながら 真っ赤に熟したトマトをゾロに投げた。
ゾロはそれを受けとめる。

ジュニアが
「それ、さっきサンジが 今朝採れた中で一番美味そうって言ってた奴だよ。」と笑う。

「さあ、早く召し上がってくださいね。私はコックさん達の食事を作らなきゃ。」

ライの朝食を準備して来たアトリがそれをテーブルに並べると
慌しく 店のほうへと走って行く。

「少佐か。随分、強くなったンだろうな。」ゾロはアトリの準備した朝食を
口に運びながらライと言葉を交わす。

「まだまだ、ロロノアさんには全然及びませんが。」
ライは素直に自分とゾロの力量の差を認めているようで、その言葉には
謙虚さではなく、真面目な響きが篭っていた。

「ちょっと、厄介な海賊が近海をうろついてるって情報があったから、」
「ここに配属されたんです。」
「でも、ロロノアさんが帰ってきたんなら、海軍は必要ないですね。」


「ご馳走サマ!」
二人がただ、そんな会話を交わしている間にジュニアはもう、
朝食を平らげてしまった。

「噛んで食え、全く。」
サンジは ジュニアの早さに呆れたように、まだ 自分は朝食を口に
運びながら 眉を寄せた。

「どこに行くんだい。」

慌てているジュニアにライが聞いた。
「サムと新しいデザートの研究をするんだよ。」と
簡単に答えると 鉄砲玉のように飛出して行った。

サンジは暢気にコーヒーを飲んでいる。


「ジュニアに作らせてるのか。」
色々ソースはあるだろうが、店の味を左右する大事なアイテムを
まだまだ未熟なコックに任せているのか、と余計な心配をする。

「果物を切らせてるだけだ。」
サンジは それこそ、余計なお世話、と言いたげな態度で
「あんなガキどもにデザートを教えるのは 5年は早エ。」と言った。


「ロロノアさんは、いつまでここにいるんです。」
「わからねえ、いちゃ、悪イか。」

ゾロはライにニヤリと挑戦的な笑顔を向ける。

どんなにライがサンジに擦り寄っても、サンジにとっては 所詮、
弟くらいにしか思われないのだ。
それでも、挫ける事無く、まだ サンジを慕っている様子が微笑ましくもあり、

同時に 自分とライの立場の違いをはっきり 誇示するために
ゾロはライをからかう。

「いいえ、」
「悪くないですけど。」
と、チラリとサンジを見る。

「さっさと食って帰れ。」とサンジは ぶっきらぼうに言いながら、
空になったライのカップにコーヒーを注ぐ。

ゾロはサンジが投げた、トマトの果肉に歯を立てた。





そんな穏やかな朝だった。
翌日の朝も、来週も、ずっと、

そんな風に穏やかに迎えられると誰もが思っていた。



ライが言っていた、「厄介な海賊」。
彼らの狙いは 財宝でも、略奪でもなかった。




オールブルーの支配。
この全ての海の魚の住まう、奇跡の海で彼らの王国を築く事。



水温が低く、海底に火山があるため、地殻は不安定だ。
地震も津波も 日常茶飯事と言っていい。

人が棲むにはあまり適してはいないけれど、
手付かずの自然には 多くの鉱物が眠っている。


サンジがこのオールブルーの島の正式な所有者だから、
その鉱物類も全て、サンジのものだ。

けれど、
料理以外にサンジには興味がない。

ただ、全ての海の魚が住む、と言う奇跡を守るためには、
その自然を守る必要があった。

気候や海流だけが このオールブルーの奇跡の要因ではないはずで、


陸での鉱物の乱掘で汚水が海に流れこむようなことがあれば、
この世界で一番美しい海の奇跡は消えてなくなるかもしれない。

だから、誰であろうとサンジは 自分の所有物件を決して売ろうとはしなかった。


「金でどうにか出来ないって判ったから力づくかよ。」

サンジはライの話しを聞いて あからさまに その海賊を嘲笑った。

「来るなら来て見やがれ。」

ゾロを見る、ライの顔が軍人のそれに変わった。


「世界政府を敵に回す覚悟で ここを狙ってる輩です。」
「それなりの勝算があるのでしょう。」
「彼らと戦うのは、ロロノアさん一人では危険です。」


この海域に眠る、多種多用な鉱物が国家規模の勢力の手に落ちれば、
この世界の政治的均衡が崩れる。

サンジの手には、それだけの価値ある爆弾が握られているのだ。

そして、サンジにはそんな野望がないからこそ、世界政府は
一個人の財産として保護し、認めていた。

「我々海軍も充分に彼らの襲撃に備えます。」
「協力を正式に要請します。」

ゾロはライの言葉に軽く、頷く。
言われるまでもない事だ。

サンジ自身も、サンジの大事なものにも、傷一つ、つけさせない。

だが、欲に目の眩んだ者達の、姑息で、なりふり構わない
気違い地味たやり方が

時として、どんな正義も、圧倒的な強さをも 凌ぐことになるとは、ゾロもサンジも、想像さえしなかった。

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