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「感動。ヒナ、感動。」


海軍太佐、黒檻のヒナと呼ばれる女性が 嬉しげに 
新しく 自分の部下になった少年の勇姿を見て、高い声を上げた。

紺碧の髪。
灰色の瞳。
どちらかと言えば、中性的な顔立ちで、体躯も そんなに隆々としていない。
研ぎ澄まされた剣を思わせる、余分な肉が削ぎ落とされた肉体は、
鋭敏な猛禽類を彷彿とさせる。

彼は、今日、新兵として この部隊に配属された。
腕試し、と言う事で もとより この部隊の猛者達と 模擬的に闘う。

何度も、海賊と戦った精鋭達だ。
殆どの新兵はこの 手荒い歓迎式典で 海軍の厳しさ、強さを身を以って知る。

けれど、この少年は違った。

背中に背負った剣は、通常よりも短い。
が、柄の尻部分にも 鞘があり、それをひき抜くと クナイのような
剣が出て、逆手でも順手でも 相手を殺傷できる特殊な武器を持ち、
それを自在に操って、
海軍の部隊の中でも その勇猛さで知られる 「黒檻のヒナ」の部下達を
数人、全く無傷で なぎ倒したのだ。

齢、わずか15歳。
ヒナは 彼についての書類に目を通して また 驚いた。

「びっくり。ヒナ、びっくり。」

その動きは試合などで 勝つために鍛え上げられた物とは明らかに違う。

人を殺す、ただその目的の為に彼は 鍛えられた、と彼女の目には映った。
少し間違えば、彼はおそらく、血に飢えた殺人鬼になりうる素質がある。
なぜ、彼はこれだけの腕を持ちながら、一介の海兵になる事を望んだのだろう。
ヒナは訝しく思った。

「不思議。ヒナ、不思議。」

ヒナは その少年を観察するように眺める。
迷いのない、一点の曇りもない瞳が初々しい。
こんな時代も あった、と羨ましく思うほどの 若若しい光が溢れていた。

「気に入ったわ。ヒナ、とっても気に入ったわ。」

どうして、彼は海軍に入ったのか、上官である自分に嘘偽りは言うまい。

恨めしげに 彼を見る、彼よりも少し前に 自分の部隊に入った
もと海軍の男と、もと催眠術師だか 海賊だかの男の視線を ヒナは黙殺した。

今は、この少年を自分の側に置き、もっともっと磨き上げて、
この数ヶ月で 自分の右腕として 活躍してくれる人材にするべく、
教育しよう、と心に決める。

「君、名前は?」

上官である、ヒナの前で敬礼している少年は、今しがた 海軍の精鋭を
4、5人 相手にした直後であるにも関わらず、
呼吸一つ乱さず、汗一つかいていない、涼やかな姿だった。

「ライです。太佐。」
「そう。」

「なぜ、君はこれだけの腕があるのに、海軍に入隊したの?」

ヒナは自分の部下達の前で 詰問するような口調で その少年、ライに尋ねる。
臆せず、ライは 答える。

「強くなりたいからです。」
「十分、強いわ。賞金稼ぎになった方がずっと いい生活が出来てよ?」
「どうして、強くなりたいの?」

ライの答えを聞いて、海軍の男達が失笑した。
ヒナも苦笑いを浮かべる。
が、間近にライの顔を見ていた ヒナの顔からその表情が消えた。

ライは、真っ直ぐな目をしていた。
透明で、迷わない、まるで 真実だけを追い求める事しか知らないような

ずるい事、汚い事を知っている人間がその目を見たら
自分の罪が 浮き彫りにされて 居た堪れなくなるような

そんな目をしていた。

「強くなれ、と言われました。」
「誰に?」

「生まれてはじめて、好きになった人にです。」
「だから、俺は世界一、強い男になりたいんです。」


「俺を鍛えてください。」
そう言って、ライは もう一度、ヒナに最敬礼する。

「感動。ヒナ、感動。」

明確ながら あまりに稚拙で単純な理由だった。
こんな理由で海軍に入隊して来た男を ヒナは初めて見る。
けれど、だからこそ、強い決意が感じられて、心を揺さぶられた。



その日から、ヒナは 就寝する時と入浴する時以外は
ライを側に置いた。

「ライ。聞きたいの、ヒナ、聞きたい。」
あなたが好きになった人って、年上の人でしょう?


どんな人なの?今でも好きなの?


女性のお喋りとしての興味ではなく、ヒナは心底、彼の将来を
期待した。
だから、彼の生い立ちや、彼の価値観など把握しておきたい、と思ったのだ。

同僚のスモーカーとたしぎ軍曹のように、絶大な信頼関係を築いている間柄が
実はとても羨ましく、出来るなら ライとは 彼らのような関係を
築きたいと 考えていた。


ライは、迷いがない。言動も、行動にも 一切の迷いも澱みも鈍さもなく、
いつも 明確だった。

「多分、一生。振り向いてくれるまでは追い駆けます。」
「綺麗な人?」

「自分は綺麗だと思います。」
「ヒナより、綺麗?」

「いいえ、太佐の方がずっと綺麗です。」

おだてや、お世辞でなく、ライの口からそう言われると ヒナの頬が
柄にもなく、赤らんだ。自分でも 綺麗な方だ、と自覚しているが、
そんなにはっきり、迷いなく言われると 却って気恥ずかしくなるらしい。

「でも、俺にとってはあの人が綺麗だとか、そうじゃないとかは
どうでもいい事なんです。」


ライは あまり表情が豊かではない。
生真面目で、1本気なのだろう、殆ど 笑わない。
けれど、一瞬、固い表情がほんの僅かに弛んだ。

「あの人がいたから、今、自分はここにいるんです。」



己の命を投げ出そうとした時、あの人が 掌でそれを受けとめ、
生きて行く目的で包んで 返してくれた。

強くなりたい。
世界一、強い剣士になれば、きっと 抱き締めてくれる。


穢れない想いだけで 人がどれだけ強くなるか、
伝説になるほど強くなって、全てが蒼い海で待つ あの人の前に
立てる日のを ただ、目指して進むのだ。



ライは、孤児だった。
もの心ついた時には もう、剣を握っていた。

母親の顔は当然、父親の顔なども知らない。
ライ、と呼ばれたのも 本当の両親がつけてくれた名前かどうかもわからない。

「雷」ライ、といつのころからか呼ばれた。
記憶があるのは、6歳頃だ。

「ミルクの頭」と呼ばれる男が統率している 賞金稼ぎの一味が
ライの家族だった。

「ミルク」は 鎧を纏ったような体躯の 中年の男だった。
「酒は海の上でも飲める。だが、ミルクは陸の上でしか飲めねえ。」と
陸にあがれば 浴びるほど ミルクを飲むので、
誰が言うともなく、彼は「ミルク」と呼ばれた。

ライが育った 賞金稼ぎの一味は「ミルキービー」と呼ばれ、
賞金稼ぎでも かなり優秀な稼ぎをするので有名だった。

特に諜報活動にかけては、海軍との連携も辞さず、
もともと ミルクが 海兵だったこともあり、海軍と協力して
海賊を捕縛する事もあった。

総勢、20名ほどの少数精鋭ながら、ミルクは絶大な信頼で
彼らを統率していた。
ライに名前を与え、剣を教えたのはミルクだった。


ライにとっては 師匠であり、また 父のような存在だった。
そのミルクが 死んだのは ライが海軍に入隊する
わずか 半年前だった。


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