ライを性欲の捌け口にした男の中にも、不気味なほど優しげに
ライを愛撫した男もいた。
ただし、必ずその後、そう言うタイプの男は豹変し、
思いもしない方法でライの身体と心を嬲るのだが。
そんな落差の激しい行為の中、ライは眼を閉じ、
心を閉ざし、必死で自分の自尊心を守ろうと最後まで足掻いた。
せめて、綺麗なあの人の手なら。
せめて、綺麗なあの人のものなら、と 考え その後に来る
凄まじい自己嫌悪に苛まれると判っていても、
その逃避方法に縋るしかなかったのだ。
男の精液まみれになり、挙句 ゴミのように捨てられ、
酷い苦しみの中で ライの頭に サンジとミルクの顔が交互に浮かんだ。
ああ、俺は死ぬんだ、と熱に浮かされた頭で
やりきれなさと同時に もう、疲れた、これでやっと 楽になれると思った。
けれど、
あの汚い行為から受けるダメージを最小限にするための
無意識に働いた防衛手段だったけれど、
海の煌きと同じくらいに眩しかったあの人に そんな行為を望んだ自分が
最後まで 恥かしかった。
サンジにそれを心から詫び、ミルクには せっかく育ててもらい、
生きる手段と場所を与えてくれたのに、それを無駄にしてしまったことを
詫び、ライは 雨の中で意識を完全に失っていたのだ。
そして。
目が覚めた時、何がどうなっているのか
さっぱり判らなかったけれど、目の前に 目が覚めたところで
あまりにも機嫌の悪そうなサンジがいた。
ライの心臓がギュっと痛む。
衰弱している身体で、その衝撃は大きかった。
息が詰まるように胸が本当に苦しくなり、声がでない。
ただ、生きている事が少しも嬉しくなく、
悲しさだけが 身体中に満ちて、
それが 雫になり、ライの頬を伝って 幾筋にも幾筋にも
流れ落ちて行く。
ゾロはライの反応を見、声をあげずに驚いた様子を見せた。
サンジが起きあがり、横たわったままのライの顔を覗き込む。
上掛けを持ち上げ、ライは顔を隠したかった。
けれど、手が自分でも止められないほど震え、まるで
自分の体が自分のものでないように
全く力が入らず、声も出せないまま、サンジの顔を見上げて
涙を流す事しか出来ない。
自然に嗚咽が湧き上がってくる。
それを押さえようとライは 必死で口を手で塞いだ。
「ゾロ、チョッパーを呼んできてくれ。」
サンジの声はとても静かだった。
ゾロは頷いて、格納庫を出て行く。
「どっか、痛エのか。」
サンジは、自分を見上げて泣く事しか出来ない 傷だらけの少年を見て、
その涙に秘められている真実など 知る由もないが、
その少年の痛みを直接 心に感じ取れるような気がした。
痛いのは、身体などではない。
でも、それを癒してやるには 簡単な言葉や表向きの接触だけでは
不可能な事も知っている。
サンジは側にあった、温かい湯で湿らせた布でライの頬を
拭った。
拭っても、拭っても、ライの涙は止まらない。
喉の奥の方で、うっうっ・・・と賢明に嗚咽を押さえているのが
あまりにも痛々しい。
なんと言葉をかけてやればいいのか サンジには判らなかった。
ジジイなら。
ゾロなら、どうするだろう。
サンジは ライの横たわっている寝床の端に腰を下ろした。
「もう、何も怖い事なんかねえ。」
「だから、泣くな。」
怖いから泣いているんじゃない、
声を出せばしゃくりあげそうだったから、ライは無言で首を振った。
涙の雫が飛び散るほどの強さで。
その頭をサンジの掌がそっと 労わるように撫でる。
覚醒したばかりだし、体が生死の境をさ迷うほど 弱っているのに、
あまり興奮させるのは良くない、と思った。
「ごめんなさい。」
ライはやっと声を絞り出した。
それでも 切れ切れで サンジは一瞬、聞き取れず、
怪訝な顔をする。
そして、数秒考えて、ようやくライの言葉を把握し、柔らかく笑った。
「何、ガキみてえな謝り方してんだ?」とからかうように言い、
「ま、ガキだけどよ。」とライの髪を乱暴にグシャグシャと掻き回す。
「うちの船医の腕は世界一だぜ。」
「お前の怪我も病気も、すぐに治る。」
「なにも心配するな。」
ライはまた 首を振る。
そんな事を謝ったのではない。
俺は自分が汚されている間、ずっといっしょにあなたを汚していました。
でなければ、きっと どこか壊れてまともな神経を保ってはいられなかった。
会いたいと思ったけれど、それは願っても叶えられないからこそ、
縋る糸になっていた。
現実にそれが叶った今、ライはどうしようもない罪悪感だけを
感じ、その衝撃でライの身体に大きな負担が掛った。
呼吸が短く、荒れて行くライをサンジは思わず 抱き上げた。
もしも、ライが自分なら、
ゼフなら、或いはゾロなら 必ずそうしただろう、と咄嗟に考えたからだ。
「我慢しないで思いきり泣け。そうしたら楽になるからな。」と
背中を撫でる。
ライは堪えきれなくなり、目の前のサンジの青いシャツに顔を埋め、
喉から突き上げてくる熱い塊を押さえる事無く 吐き出した。
色々な感情が一気に吹き出す。
サンジへの気持ちだけでなく、仲間に裏切られた悲しさや憤り、
どうして、自分がこんな目に会わなければならないのか、と言う
理不尽さに対する怒りに、声を上げて、泣いた。
酷く寒かったのに、泣いている間は体が燃えるように熱い。
ライの身体はまだ熱が下がっていない所為か、とても熱かった。
サンジは胸に取り縋って泣く、ライを黙って抱き締めている。
それだけで、どうしてこいつの痛みがこんなに判るんだろう
シャツに温かい水滴が沁みこむのと同じように、
サンジの中にもライの泣き叫ぶ感情が入りこんでくる。
ああ、ジジイも、ゾロも、俺が泣いてる時は こんな風に
痛みを一緒に感じてくれていたのか、と ふと 気がついた。
チョッパーとゾロが入って来るまで、ほんの数分だったけれど、
ライは心の中に澱んでいた感情をサンジの胸の中で全て 投げ出した。
チョッパーは、ライが泣き疲れて 意識を失うまで待ち、結局
鎮静剤を打たなかった。
「こういう時は 少しくらい身体に障っても思いきり泣いた方がいいよ。」
身体のダメージは薬で治せる。
けれど、心の傷の治癒は 簡単には出来ない。
だから、出来る範囲で 心の傷の方を優先させたい、とチョッパーは言う。
「心が治れば、身体は後からついてくるよ、この子の場合は。」
「だから、サンジ、俺も頑張るから 一緒に頑張って、」
「この子を助けてやろうな。」と
チョッパーは 側で診察を見ていたサンジを 真剣な眼差しで真っ直ぐに見上げた。
「もちろんだ。」
「俺の料理を食って、ゾロに背負われて、チョッパーの治療を受けた奴を」
「みすみす死なせる訳にゃ、いかねえからな。」と言ってニヤリと笑い、相槌を打った。
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