町の中心近く、豪奢な屋敷がある。
つい最近、建ったばかりだ。

四方を高い、石壁で巡らし、ただ、豪奢なだけでなく、
まるで ちょっとした城砦のような佇まい。

それが、今のミルキービーの本拠地であり、カラメルの居城でもあった。


仲間の犠牲の上に築かれた 虚構の城だ。

ライはその真正面に辿りついた。

「ライ君だね、君一人か。」

そう声をかけられ、振りかえる。

海軍の一兵卒ではなさそうな 若い男が武装した、戦闘準備万端、と言った
装備で立っていた。

物影には、気配を殺した、海兵達の姿が浮かび上がる。

「麦わらの一味は」
「モンキー・D・ルフィ船長以下、麦わらの一味は君と行動を共には
しないのか。」

まるで、自分の部下に詰問するような口調で、その男はライにそう
尋ねた。

「なんのことです。」

もと、賞金稼ぎであり、海軍とはいわば、同じ敵を倒す為の
戦友だ、とミルクに教えられてきたライは、ぞんざいな言葉遣いでなく、
立場に相応しい言葉遣いで その男の質問に対する答えではなく、

何故、そんな質問をするのかを逆に聞きかえした。


ライを利用する事で、麦わらの一味がカラメルを討ち果たしてくれる事を
海軍は期待していたが、
どうやら、そんな目論見に 彼らは乗ってこなかった、と判断出来る。

さすがは、賞金額1億ベリーの大海賊だ、と思わざるをえない。
けれど、それならそれで、海軍は別の 作戦を用意していた。

「これに着替えたまえ。」
「君は、今、この瞬間から、海軍の三等兵だ。」

「は?」

海軍には 厳格な秩序がある。
雑用、二等兵、三等兵、と順に 段階を追って昇格して行く筈。

一体、海軍はおれに何をさせたいんだろう。とライは怪訝な顔をして、
差し出された海軍の見つめた。

「誇り高き、海兵として、見事、カラメルを討ち果たしてくれたまえ。」

なんだって?
海兵として?

ライには理解出来ない事ばかりで困惑するだけだ。
こんな事に時間を割かれたくない、
が、海軍は ライを利用しようとしている事だけは判った。



「ふざけンなよ、お前ら。」


闇の中から 周りの海兵達の目を一斉に集める、
敵意剥き出しの声がする。

ライはその声と足音のした方へ 激しく動揺した視線を向けた。

サンジさんが。
追って来てくれた。

それがわかった途端、あまりに激しい嬉しさに全ての感情が
頭の中で停滞してしまうほどだった。

「お前ら、海軍の制服でカラメルに嬲り殺されたそいつの骸が欲しいんだろ。」

サンジの後にはゾロがいる。

サンジの言葉に海軍の男は一切の同様を見せずに
「だったらどうした。海賊風情が海軍の作戦に口を挟む権利はない。」と
反論した。

「我々の今夜の任務はカラメルの捕縛だ。」
「協力しないのなら、去れ。」
指揮官の合図で ゾロとサンジに、物影に潜んでいた海兵達の
銃口が向けられ、それぞれの銃の引き金に指が掛る。

「ライ、行け。」


サンジは海軍の指揮官も、海軍の威嚇をも 完全に黙殺した。

「お前の命は誰のものでもねえ。」
「こんなクソッたれ海軍の汚エ道具にさせてたまるか。」

ライは頷き、海軍の服を地面に叩きつけた。
カラメルの屋敷の城門は鉄で出来ている。

鉄同士がぶつかる、高い音がし、続いて、轟音が響く。

ゾロの刀、三代鬼徹が黒い鞘に収まり、鍔あたりが、チン、となった。

「行け。」ゾロは ライを目で急かした。
ライは頷き、カラメルを目指して屋敷の中へ走りこむ。

「屋敷の中にも ミルキービーの生き残りがいるんだ。」
「やかましい。」

海軍の指揮官が中の状況をサンジに説明しようとする言葉を
その顎を蹴り飛ばして黙らせる。

「お前ら、この屋敷に一歩でも入ったら てめえの脳味噌舐める羽目になるぜ。」

サンジとゾロは 指揮官を失った海軍の兵士達の動きを 凄まじい殺気だけで
完全に封じた。

「俺達の邪魔するな。」ゾロも短く、威嚇の言葉を残し、
二人はライを追った。


「ライ!」

ライが最初に刀を合わせていた男がいきなり 吹っ飛んで行った。
サンジがライの肩ごしに走ってきた勢いを殺さないまま、床を蹴って
同士討ちに割って入ったのだ。

「ライ、余計なやつは斬るな。刃に脂が回る。」

ゾロはライの背中を押し、先へ進め、と指示する。
「カラメル以外のやつは俺達に任せろ。」

ライはゾロの背中を見ながら走った。
そして、自分の背中には、サンジの気配を感じて。

血が沸き立つ。自分の心臓の音がうるさいくらいに聞こえる。

前方の敵をゾロが、後方と左右からの刺客を サンジがなぎ倒して行く。

二階に上がる階段を駈け上がり、カラメルが篭っている頑丈な作りの
彼の居室に辿りついた。

ゾロもサンジも返り血で血まみれだった。

「サンジさん、ロロノアさん、ありがとう。」

真新しい鋼鉄で出来た扉、その向こうにはカラメルが
最期の足掻きになるだろう、海軍からの刺客を手薬煉(てぐすね)を
引いて待っている。

「ライ。」

ゾロがポケットからなにか、小さなガラスで出来た物を取り出した。

「これ、お前にやるよ。」

ライは掌を差し出した。そこにのっているのは、
イルカを模った、小さなガラス細工だった。

「お前、それどこで見つけたんだよ?」とサンジが驚きの声を上げる。
「うるさい。」

人が折角買ってやったのに ぞんざいに扱いやがって、とゾロは
サンジを苦々しげに見て、

「ほんの一時、こいつの持ち物だった、チンケなもんだが」
「お前にゃ、特別なもんにならねえか。」

「いいんですか?」ゾロがサンジに買って与えたものなど、
本当に貴重な物だろう。きっと、サンジも大事にしていたに違いない。

無くした事をゾロに言えず、おおっぴらに探す事も出来ずに
今日に至った、多分、このガラス細工はそう言うものだろう。

「いい、お前にやる。」
ゾロに変わって、サンジが答えた。


ここまで来て、サンジには迷いが消えていた。
後は最期まで目を逸らさずに 見届けるだけだ。

ライはサンジの顔をもう一度、しっかりと見つめる
そして、ゾロと並んでいる姿ごと、しっかりと目に焼き付けた。

この人は、こうやって、ロロノアさんと並んでいる姿が一番、
カッコイイ、と無邪気に思う。

ライは無言で二人に、目で深く一礼をした。
そして、背を向ける。ここからは、本当に一人きりで戦うのだ。




扉を手で押すと、内側に向かって開く。
カラメルも腹を括ったんだ、とライは悟った。

地獄への道連れが この部屋には行って来るのを、
蟻地獄が蟻を引き摺りこむような心境で、待っていたのだろう。

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