ライの夢遊病のような状態は、サンジが1晩中 側に付き添っていて、
自分のそばにいるのがサンジだ、と認識する夜が増えるに従い、
徐々に回復して行った。

汚れてないからだ。
そう言ったサンジの言葉は 今、現在のライの事を含め、
過去の自分の姿と心が 確かに汚れていなかったと
自分自身に 言い聞かせる為に口にした言葉だった。

ライの心の傷が塞がって行くのは その傷の痛みを知るサンジにとっても、
ライが傷ついて のたうち回る姿を見て開いた傷口が閉じて行くのと同じ事だった。

どうにか歩けるようになり、チョッパーは、ライに日光浴を勧めた。

「栄養を取るのも大事だけど、疲れない程度に太陽に当ることも大切だよ。」

まずは、蜜柑畑で、と言う事になり、そこまで ライは自分の足で歩くことが出来た。
それだけの事で、チョッパーを始め、ルフィも、皆、喜んでくれたのが
ライは また、泣きたくなるほど嬉しい。


「サンジ君、ちょっといい?」

船を降りて、街に買い物に出掛けていたナミが ライの隣に腰掛けていた
サンジを呼んだ。

はい、と 間延びする声で返事をし、サンジは ナミの側へと駆寄る。
二人は、ナミの部屋の方へ歩いて行った。



「海軍の動きがおかしいわ。」


例の麻薬騒ぎで カラメル率いるミルキービーは この辺り一体の
表立てない社会の頭首になりかねない勢力を持った。

けれど、そこへ行きつくまでにかなり 海軍の弱みを握っているらしく、
近く、ここを管轄する海軍の上層部に大幅な勢力の異動があるので、
それに伴い、海軍の汚点を払拭するべく、
ミルキービーは秘密裏に 抹殺されようとしている、とナミは言った。

「そりゃ、汚職や賄賂をやりたい放題してた海軍の将校サン達にとったら
弱みを握られてるわけだし、そんな情報が 新しい上官に知られたらマズイわよ。」

「じゃあ、そのカラメルって奴は、近々、海軍に殺られるって事?」
サンジは眉を顰めた。

黙っていても、カラメルは自滅する。
だが、それでは ライが生きよう、とする目的が無くなってしまう。

「どっちが早くなるか 判らないけど。」

ライの回復と腕の上達。
海軍がカラメルに冤罪をなすりつけ、罰する時期。

のんびりと回復させている時間は無くなった。



ライは、その事実を サンジから聞いた。
「どうする?海軍がお前の仇を取ってくれるそうだ。」

それで溜飲が下がる訳が無い。
裏切られ、殺された仲間の恨み、自分の身に押しつけられた屈辱を晴らすために。

ライはどんな事があっても、カラメルを ミルクから与えられた剣で
止めを刺す事を 絶対に諦めたくなかった。

今は、それしか 生きる目的、目標、意味が見えない。

「そんなことさせない。」
「あいつは 俺が殺る。」

翌日からライは チョッパーの指示どおりに食事をし、
体を回復させる為の運動をし、

目に見える回復を見せた。

思うように動かない体に苛立ち、不安定になりがちなライの感情を
サンジは煽り、あるいは なだめながら、
ライを支えた。

サンジに対して、ライは そばの者がゾロの顔色を心配するほど、
まるで、ゾロに対するサンジのそれのような態度で 思うままに振舞った。

我侭に。
傲慢に。
真っ直ぐに。

偽らない、
飾らない、
剥き出しの心で、サンジに向き合って、

自分の感情の 潔い部分も、そうでない部分も 「ライ」と言う人間のすべてを
サンジに見せていた。

そんなライに対して、サンジも 同じように本気で向き合い、
時には 激しい言葉と眼差しをぶつけ合った。

お前は、カラメルを倒すことだけを考えろ。
余計なことは考えるな。

そう言われて、ライはその通りにしただけだ。




ある、月のない夜だった。
カラメルは自分の身の危険を察している。
当然、身の回りの警護を厳重にしていて、最近は あまり目立った悪どい事は
しないようにしていた。

カラメル自身、腕はかなり立つ。
平海兵が何人掛ってこようと恐れることはないけれど、
悪魔の実の能力者が多い、将校クラスが出張って来ると流石に分が悪い。

何より、名誉と目先の贅沢を奪われる事を怖れていた。


警備の者、今だに 自分の周りを離れない腹心の部下達の気配が
自室の側から消えた。


何があった?

まだ、海軍にしっぽを掴まれ、それが露見するには早い。
静か過ぎるアジトに、研ぎ澄まされた殺気が張り詰めていた。

カラメルは 自分の武器である、鋼の刀剣を握り、やがて
開かれるだろう、扉を凝視する。

規則正しい足音が 近づいてくる。
同時に、鍔がなるような金属の音も。

刺客は一人。
なんとか、なる。


やがて、鉄で出来た扉が 耳に風を切る音が聞こえた途端、
斜めに線が走り、ゴオン、と鈍い音を響かせて 崩れた。

次の瞬間、咄嗟に動いたカラメルの剣に 凄まじく重い上段からの
剣戟が打ち下ろされる。
歯を食いしばってその打撃に耐え、渾身の力で その刺客を
弾き飛ばし、すぐにその脇腹を狙って横一文字に 刀剣を走らせる。

暗い視界に火花が散り、刺客がその刀を三振り、握っていたうちの
一振り、夜目にも白く浮きあがった柄の刀で その一撃は受けとめられる。

刺客の次の刃が一閃する前に カラメルは口に含んだ毒針を
相手の目、
緑色に光っているその目へ吹きつける。

手応えはなく、刺客が体を屈めて カラメルの腰より低く身構え、
足を狙って銀の刃を走らせた。

その攻撃さえ、カラメルは後に飛びずさって回避する。

「フン。」

緑の瞳の刺客は 息も乱す事無く、ただ、鼻を鳴らして 刀を納めた。
そして、カラメルに 凄まじい殺気で威圧するべく、一瞥をくれる。

その一瞥だけで カラメルの血が凍った。
とても、自分の力量で敵う相手ではない、と瞬時に悟り、命惜しさに
刀を握る掌に汗が噴出した。

ところが、刺客はそれ以上の事はせず、静かに去った。

「ロロノア・ゾロ・・・。」

緑の瞳、三振りの刀。その特徴と 骨が軋むかと思うほどの
重い剣に カラメルは刺客の正体を知る。

けれど、何をしに来たんだ。殺すつもりなら殺せたはず。
なにより、ロロノア・ゾロに狙われる理由など、なにも思い付かなかった。
それだけに、ゾロの襲撃はカラメルに恐怖を与える。

それは、ライが剣を握れるようになり、その技の鍛錬をゾロが教え初めてから
暫く経った夜のことだった。

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