ただ、火で炙っただけの料理だったけれど、
自分のためだけに手を煩わせて人に料理を作ってもらったのは
物心ついてからは、生まれて初めてだった。

(美味かったな)

朝、目を覚ますともうサンジの姿はそこにはなかった。
けれど、食べ物の残骸と、まだ 残っているミルクの入った瓶を見て、
ライは胃袋のあたりを無意識に撫で擦った。

(もう、一回会いたい。)

炎に照らされた髪の色や瞳の色、肌の色が鮮明にライの心に焼き付いていた。

「施してやるんだからな。」と言われたと言うのに、
サンジの態度も、料理の味も そんな 高飛車な態度ではなく、
「もてなしている」と言った雰囲気さえ感じた。

「賞金稼ぎをするには素直過ぎる。」
そう言われても、ライにはこの生き方しか出来ない。

(俺はどこへ行けばいいんだろう。)
ライはミルクを一口、口に含んで考えた。

麦わらの一味を狩らなければ、仲間の元へ帰れない。
それがライの前に横たわる現実だった。
どこにも居場所がない心細さにまた 襲われる。

あんなに温かい料理を食べたのは生まれて初めて、
そして、人に優しさを感じたのは初めてだった。

人に甘えて見たいと感じたのも初めてだった。
つまり、もっと、自分の力を認めて、誉めて欲しいと。

大人気ないかもしれないが、ライはそう思った。

「仲間になりたい?」


その日の昼過ぎ、いきなりゴーイングメリー号に青い髪の少年が
尋ねてきて、船長に懇願した。

ルフィは、自分よりも少し年下のその少年を、大きな瞳でじっと見詰めて、
一言、

「なんでた。」と尋ねる。

その面接めいた場所は甲板だった。
側には、麦わらの一味が勢ぞろいしている。

サンジももちろん、側にいたが ライには無表情で、興味なさそうな視線を
向けていた。

ライは、正直に事の経緯を話す。
生い立ち、昨日のサンジとの事。

サンジと別れてから考えて、行き付いた感情も全て
ルフィに話した。

「だめだな。帰れ。おめえは俺の船には乗せられネエ。」


麦わらの船長の答えは簡単だった。
航海士だというナミと、噂どおりに可愛らしい外見の船医、
鼻が個性的だと有名な狙撃手が ライの話しを聞いて 同情したのか、
鼻をすすっていたが、ルフィの言葉を聞いて
一斉に フィギアヘッドの方へ顔を向けた。

「なんでだよ?聞いたろ?」
「どこにも行く場所がないんだゾ?」
「戦闘員は多いほどいいわよ?きっと、役に立つわよ、利口そうだし。」
と言い縋ってくれた。


「ダメだ。俺の船は逃げ場所じゃねえ。」


ルフィはたった一言で 船上を沈黙させた。

「自分の運命から逃げるような弱虫はこの船にはいらねえんだ。」



とりつくシマがない、と言うまさにそういう言い方だった。
けれど、ルフィの言うとおりだ、とライは思って言い返せなかった。

肩を落として船を降りるライには、魔獣と呼ばれたロロノア・ゾロが
サンジに小声で囁いた言葉など、知る由もない。

「また、餌付けしたのかよ。悪イ奴だな。」
「どうせ、相手にする気なんて まるっきしネエ癖に。」

サンジが目を細めて ククっと小さく笑い、やはり、誰にも聞こえない声で
返事を返す。
「さあ、どうかな。お前エのおかげで男でも可愛いと思う性分になっちまったからな。」
「案外、惚れちまうかもしれねえぜ?」



ルフィには簡単に 断わられたが、ライの方はそう簡単に諦めるつもりなどなかった。

逃げず、はっきりと落とし前をつけてからなら、
もう一度 麦わらの船長に話しを聞いてもらおう、と思ったのだ。

ライは、その足でミルキービーのアジトへ向かった。


ライにとっては、ミルキービーのアジトは
自分が育ったその場所であり、まだミルクの遺品がそのまま残っている、
いわば 故郷だ。

サンジにとってバラティエがそうであるように、ライにとっては
酒場の地下にある、日の当らない秘密の場所であっても
大切な場所だったが、
もう、二度とこの場所には帰ってこられないと覚悟を決めながら、
新しく 頭になった カラメルと話しをつけるために
一旦、戻ったのだ。

賞金稼ぎが海賊になるケースなど決して珍しくない。
麦わらの一味の中のロロノア・ゾロもその中の一人だ。

「ライ、失敗したそうだな。」

カラメルは 一見柔和に見える視線をライに向けていた。
背は高く、胸板も厚く、明らかに武術に長けているとわかる体躯をしているが、
この男の真価は 実は明晰な頭脳の方にある。

明晰な、と言えば聞こえはいいが、要はずる賢く、姑息で
卑怯で、勝つ為、つまり海賊を落とし入れるための知恵や
武器を開発する残虐で冷酷な知識が 豊富で
それを使う手段とタイミングを測るのが巧みなだけだ。

と、生前ミルクが言っていた。

「覚悟は出来ているんだろうな。」
「俺はミルキービーを抜ける。」

「あんたのやり方はミルクとは違う。」
「俺はあんたの持ち物じゃない。」

ミルクは「辞めたい奴、命の惜しい奴を置いておいても足手まといだ」と
辞める、抜ける、と言った仲間を引き止めなかった。

皆、そんな殺伐とした生き方しか出来ない奴ばかり、
他に居場所のない奴ばかりが集まって形成された集団だったが、
ミルクの誠実で剛健な人徳に惹かれて それこそ
死に臆した者以外は ミルキービーを抜けたいと思う者は少なかった。

が、ミルクほどの人徳も信用もないカラメルは 恐怖で仲間を縛ろうとした。
その一人目が ライだった。

「抜ける?じゃあ、俺がお前に稼ぐように命じた1億ベリーはどうする?」
「知るもんか。」

ライはカラメルの柔らかな物腰と口調に思わず 生意気な口調で
言い返した。

それにカラメルは泣きそうな顔を作る。
「それは困ったな。新しいミルキービーの資金を稼いでくれねエと。」
「俺が贅沢出来ねえだろう?」

その言いぐさにライの頭に血が昇る。
自分が贅沢をしたいために、
ライに向かって身を売れ、などと言っていたかと思うと
その身勝手さに怒りが沸いた。

「勝手に言ってろ。俺はもう、賞金稼ぎを辞める。」
感情的になるのが馬鹿馬鹿しいほどカラメルは 芝居じみた態度で
ライの言葉を嘆いて見せる。

「そうか。仕方ないな。ま、お前は馬鹿正直なところがあるから、
賞金稼ぎにゃむいてないし・・・。その生意気な性格じゃ、
男娼になったところで売れるわけないし。どこへでも好きな所へ行け。」

ライは、それを聞いて カラメルの後にあるミルクの写真に一礼して、
背を向けた。

その背中に、名残惜しそうで、寂しそうなカラメルの声が追い掛けてくる。
「ライ、海に出るならミルクをたくさん飲んで行けよ。」
「陸でしかミルクは飲めないんだからな。」


カラメルの部屋から出て、昔からの仲間に別れを言いに行くと
皆、酒場でライを待っていた。

口々にカラメルの悪口を言い、ライの前途を不安がり、また
幸多かれと願ってくれる。

まだ 酒の飲めないライは そのかわりにミルクで乾杯をした。


徐々に遠のく意識、白くぼやける視界の中で 男達の嘆きが聞こえる。
「ミルクを殺した奴の言う事を聞くのはご免だが。」
「俺達も自分の命は惜しいんだ、ライ。」
「許してくれよ。」


許す?


何を?


誰がミルクを殺したって・・・?

言葉の一つ一つに聞きかえしたくても、ライは声を出せなかった。
それどころか、指1本動かせない。
座っているのか、横たわっているのかさえ 判らない。
酷く頭が痛くて何も考えられない、ただ、ひたすら眠かった。

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