嫌な夢ほど、リアルに見るものだ。
いい夢、幸せな夢を見た時は、どんな夢だったかをすぐに忘れるのに、
悪い夢や、嫌な夢は目が醒めた後も 以外に鮮明に覚えていたりする。
高熱と衰弱で朦朧として、夢を見つづけているライも例外ではなかった。
脂ぎった男のブヨブヨ太った汗ばんだ肌が目の前にあり、
生臭い息使いが聞こえ、おぞましく赤黒い、猛りきった男性自身を
薄笑いを浮かべた男がライにねじ込もうと頭を押さえられる。
嫌だ、と何度 叫ぼうとも、男達は決して動きを止めない。
ライの声は聞こえているようなのに、その口を塞ごうと
とてつもなく大きく膨れ上がったモノを咥えさせようとした。
その瞬間、激しい嘔吐感が込み上げる。
そして、それが一気に現実へと 引き戻す引き金になり、
ライは寝床で 苦しげに呻き声を上げながら体を捩った。
胃の内容物などなにもない、けれど すっぱく苦い液体が
驚くほどの勢いで口から 何度も飛出していく。
誰かが、背中を優しく撫でていた。
咄嗟の事だったのだろう、白い掌にライの嘔吐物を受けている。
頭が酷く痛く、体が燃えるように熱く、ここがどこで、
誰が側にいるのか、いてくれるのか、考える余裕がまるで無かった。
「白湯で口の中を洗え。」
そう言われて、ライは素直に差し出された白湯を一口だけ、口に含んだ。
眼を開けているのが辛く、服についた汚れと湿り気なども
ライの意識をしっかり保もつ事は出来ない。
「こんなに熱が出てるってのに、汗ひとつかいてねえんだな。」
頭の上から降って来る声が 僅かに不安げだった。
けれど、この声を聞いてライは 急に安心感が体中に広がるのを感じる。
夢うつつで、口も禄にきけないのだが、ライの体から服が剥ぎ取られる。
一瞬体を強張らせたが、頬を安心させるように優しく撫でられ、
ライは体を弛緩させた。
抱き起こされ、温かく湿らせた 柔らかい布で 優しく拭われて、
気持ちの良い匂いのする着衣で体が覆われる。
あまりの心地よさに、大きく一つ溜息をつき、また ゆっくりと
眠りに落ちていった。
まるで、子供を寝かし付けるように、上掛けの上から トン、トンと同じリズムで
ライの体に振動が伝わる。
「全員、予防接種が済んだね。後はサンジだけだ。」
チョッパーは、麦わらの一味全員に 予防接種を行った。
そうしておけば、誰がライに近づいても、感染することは無い。
「もし、感染してるとしても、すぐに対処出来るから、大事には至らない筈だよ。」と言うチョッパーの力強い言葉に
皆、胸を撫で下ろした。
「けど、あのボウズの容態は一体どうなんだよ。」とウソップが 格納庫のある
方へと指をさして 尋ねる。
今、コック不在のキッチンで 今後の対策を全員で 話し合っている最中だった。
「正直、あまりいい状態じゃない。」
「手は尽くすけど、絶対に助かる、って断言は出来ない。」
「後は、本人の精神力とあの子がどれくらいの体力を保ってるか、だよ。」
ライが運びこまれて まる3日経った。
サンジはどうやら 感染せず、無事、予防接種を済ませる。
それから 交替でライの面倒を見ようか、という事になりかけたが、
サンジは異論を唱えた。
「あいつは俺が勝手に拾ってきたんだ。」
「だから、俺が面倒を見る。」
せめて、確実に助かると判るまでは、とサンジは 他の者がどう反対しようと
決して意志を曲げないだろうと思われる態度でそう言った。
「何故?」
ナミがその理由を尋ねる。
ライは悪夢と闘っている。
あれは、過去の自分の姿だ。
その姿が自分とたぶり、サンジはそれを誰にも見せたくなかった。
「ごめん、ナミさん。碌な理由はないんだ。」
「ただの気まぐれだと思ってくれて構わないよ。」
もっともらしい理由をつけても良かった。
けれど、長年苦楽を共にして来た仲間は、きっと 取繕えば
取繕うほど、サンジの気持ちに気がつくだろう。
いっそ、簡単な理由で片付け、古傷を労わられるのを避けた方が賢明だった。
「食事も気を十分気をつけるから、そうさせてくれ。」
言葉にわざわざ出さなくても、聡いナミやウソップには サンジの意図が
伝わっただろう、
ナミが納得してくれれば、ルフィも上手く説得してくれる筈だ。
ライの容態は 悪化はしないが、回復もしない。
ほんの時折、ボンヤリと眼を醒ますが、それも数秒で チョッパーを
呼びに行っている間にまた 昏睡してしまう。
「このまま、死ぬんじゃねえだろうな、あの坊主。」
サンジが食事を作り終え、ライの病室である格納庫へ行った後、
ゾロが 誰に言うとも無く呟いた。
さっそく、チョッパーが聞き咎める。
「そうならないように、俺とサンジが頑張ってるんだろ!」と
感情を害した様な声でゾロを睨みつけた。
「今夜はゾロがあの子を診て。サンジ君もそろそろ休ませなきゃ。」
後片付けはちゃんとしますから、と言っていたけれど、
夜もあまり寝ていないらしく、徐々に顔色が白くなっていくサンジを
気遣ってナミが 率先して洗い物をしている。
ただ、自分のペースでやろうとするので 食事を急かされ
皆は 非常に慌しい食事を摂る羽目になっていた。
サンジが自分の仕事を ぞんざいにしてまで、ライに構うのが
ゾロは面白くない。
けれど、本気でライが死ぬ事を懸念しているわけではなく、
ただ、日々募る訳の判らない苛立ちが 無意識の内に口をついて出てしまっただけだ。
「俺の言う事なんか、あいつが大人しく聞くわけネエだろ。」と
命令口調で言うナミにゾロは 文句をつける。
「あたしが言ってたって言いなさいよ。」とナミも面倒くさそうに答える。
全く、そんな反抗的な恋人持って疲れないのかしら、と心の中で
多少、ゾロに同情もする。
そして、ゾロは夕食が終った後、ナミに言われたとおり、
格納庫へ足を向けた。
ノックもせずにドアを開ける。
サンジが腕にしっかりとライを抱き締めていた。
「何やってんだ。」
ゾロのぶっきらぼうな声にサンジは顔を上げる。
別に悪びれた様子は微塵も無かった。
人差し指を口に当てて、「シッ。」と聞こえる息を吐き出す。
ライは額に汗をびっしょりかいて それでも 安心したように
穏やかな顔で眠っていた。
「ようやく、汗をかき始めたんだ。悪イが、そこの着替えを取ってくれ。」
ライが目を覚まさないようにだろうか、サンジは囁くような声で
ゾロに 用意してある着替えを指差した。
大切な物を扱うように、サンジは床にライを横たえ、着替えさせ始める。
ゾロは 何を言いかけたのか すっかり忘れて 乱暴に
サンジへ 洗いざらしの着替えを投げた。
「なんで、自分の仕事をナミに押しつけてまでそいつに構うんだ。」
「お前らしくもねえ。」
血まみれの大怪我をしても、40度を超える熱を出していても、
自分の仕事を他人任せにするのを 拒んできた男が
他人の為にそれをするのが ゾロには理解出来ない。
もっと言えば 許せなかった。
「お前エに、こいつの苦しみが判るか?」
サンジはライに新しい服を身につけさせ、顔の汗を柔らかな布で拭き取った。
そのまま、ゾロへは顔を向けず、凝視するようにライを見ながら、
ゾロに尋ねる。
「あ?」
ゾロが眉を顰めて 質問の意味をもう一度 短く聞きかえした。
「野郎に犯される、その屈辱がどれくらい痛エもんか、お前エに判るかって聞いてるんだよ。」
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