ライは、何も 麦わらの一味に 告げないで、
一人で 行く。

海軍の思惑どおりに、恩を受けた 麦わらの一味を動かす訳にはいかない。

ライは その夜、サンジを格納庫に呼び出した。

自分の力量が まだ カラメルを倒すまでには至らない事くらい、
判っている。

けれど、カラメルに対する憎しみだけで 今日まで生きて来たのだ。
それだけの為に、生き延びたのだ。

今更、どんなに力の差があろうとも、それを臆して 
この先、生きて行くつもりはない。

が、簡単に殺されるつもりもない。
あんな奴に ただ、黙って殺されてたまるか。
目でも、腕でも、二度と剣が握れなくなるくらいのダメージは与えてやる。

のたうち回って、苦しむ様を どれだけ 自分が血にまみれていようと
必ず、見てやる。

死を覚悟していながら、ライは 自分の命を諦めてはいないという
不思議で矛盾した 感情を抱いていた。

けれど、どちらにしても、ここには、ゴーイングメリー号には
2度と戻っては来れない。

そして、サンジに会う事も 二度とない、
そう思うと、せめて、心に積もった想いだけは サンジに告げておきたかった。

サンジとゾロが お互いを深く 想いあっていて、
ゾロがサンジをどれだけ 大切にしているか、
また、サンジがどれだけ ゾロを必要としているかは、
一緒に生活していると 

露骨にそれを見せつける態度を取る訳ではないのに、
ライには 良く判った。

どれだけ、サンジを想っても、決して 報われない。
けれど、一時とは言え、ライはサンジを独占し、一番、近い場所に
いる事が出来た、それだけで 本当は 満足しなければならない。

が、サンジの声や、サンジの髪や、サンジの瞳が とても好きで、
サンジの側にいた時が、今まで 生きて来た人生の中で
一番、幸せだと思った事や、

サンジが 自分の魂を浄化してくれるように、
何度も抱きしめてくれた事で 救われた事に それとなく
感謝している、と伝え、少しでも心を軽くしたかった。



「なんだ。」

その日の夕食が済んだ後、ライは見張り台に登り、下を通りかかったサンジを呼んだ。

サンジは すぐにロープを手繰って登って来る。


ライの何かを決したような強い眼差しを受けて、サンジは
すぐに なんの用で自分を呼んだのかを察した。

「今夜、行きます。」

無理だ、止めろ、と言いたい言葉をサンジは飲みこむ。
言っても無駄なのは、この船の中で ライの気性を誰よりも知っているサンジが
一番良く判っていた。

「そうか。」とだけ、答える。

ライは、じっと サンジを見ている。

「サンジさんの体、とても温かくて気持ちが良かった」
ライはサンジの掌に視線を映して、目を伏せたまま、少し笑みを浮かべた。

「何言ってんだ。」
サンジは 煙草を咥え直し、火をつける。
こういう、気詰まりな会話をする時、間を持たせる小道具として、
煙草はとても便利だ。

「俺、サンジさんの事、凄く好きです。」

本来なら、「野郎に好かれたって嬉しくネエ。」とか、
軽口で返せるような、単刀直入な言葉だった。
けれど、ライの真っ直ぐ過ぎる、真剣で、言い様のない哀しさとか、
溢れる想いを留めようとしない、剥き出しの心が見える視線を受けて
サンジは 口を開けない。

完全に、ライに気圧されていた。

「上手く言えないけど、サンジさんの事、考えて、」
「サンジさんが側にいてくれたら 何でも出来そうな気になります。」
「もっと、サンジさんに触ったり、触られたり、したらどんなに幸せだろうって」

サンジの髪も、肌の温もりも、滑らかな肌も、
ライは見惚れるほど 好きだ。
知らず、知らずの間に ライは サンジのすぐ側に近づいて、
綺麗な、としか言い様のない髪に触れていた。

きっと、人間の造詣を決める神様が、丁寧に、丁寧に作ったんだろうな、と
思って、目に焼き付けるために じっと サンジの顔を見つめた。

「サンジさん、キスしていいですか。」

キス、と言う赤面するような言葉をライはさらりと言う。
ダメだ、と言われたらどうしよう、とか そんな戸惑いは全然なかった。
ライの望む事をサンジは 常に罵詈雑言を吐きながらでも、
全て受け入れてくれたから、いつの頃からか、ライは
サンジに甘える事を 無意識の内に覚えていたのだ。

けれど、そんなあつかましい事を言ったことも、した事も一度もない。
自分の決心を悟って、止めたくても、止められず、
止めないサンジの苦しそうな心情をライは とても嬉しいと感じた。

サンジが自分を惜しんでくれる、それが 自分の心が
キラキラと輝きながら 爆発しそうになっているイメージが頭に浮かぶほど、
闇雲に嬉しくて、図に乗った。

困惑して、黙ってしまい、視線をさ迷わせたサンジの仕草が、
年下の自分から見ても、とても 可愛らしい、と生意気にもそう思って、
止め様がないほど サンジに口付けたくなった。

我侭の限りを尽くして、心を回復させたライは、サンジが怖くない。
何をしても、サンジは絶対に ライを嫌悪したり、軽蔑したりしないと
知っている。
まして、今日限りで嫌われても構わないと腹を括っているのだ。

ライは 何も答えず、煙草を口に咥えたままのサンジにもう一度、
口付けの許可を乞う。

サンジはゆっくりと指で煙草を口から摘み出した。

ライの方がまだ、背は低い。
けれど、座りこんでいる二人に背の高さは関係がなかった。

煙草がなくなった口にライは触れる。
その瞬間、体の中に猛烈な勢いで 熱が湧き上がった。

自分で口付けておいて、ライは慌てた様子でサンジから飛びのいた。

若い体でもあり、無理矢理だったとはいえ、性体験のある ライの体は
意志とは関係なく、性的快楽を欲しがって興奮し始めたのだ。

そんな自分の体の反応に ライは一気に逆に 全身の毛が逆立つほどの
自己嫌悪に襲われる。

ライにとって、サンジの体も、心も、この世の中で一番、綺麗なモノだ。
それに触れた途端、この邪な反応をした、汚れた体で、
触れてしまったことを激しく後悔する。

「ライ?」

いきなり飛びのいて、背を向けたライの反応にサンジは訝しげに声をかける。
最近、筋肉がつき始め、サンジの肩よりもがっしりした肉付きになった肩が
震えているのが見えた。

「泣き虫だな、てめえは。」
そう言ったサンジの声は、少し、呆れたようで、けれど、優しい。

サンジは ライの両肩に手をおいて、後から床板に引き摺り倒す。
真っ赤な眼をしているのを見られたくないのか、ライはすぐに
自分の顔を両手で覆った。

「俺が好きなんだろ?好きな奴に触って、興奮するのは
なんにも恥ずかしい事じゃネエ。」

両手首を引っつかんで、サンジは無理矢理ライの顔を見た。
灰色の瞳が艶やかで、サンジの顔を映していた。

「当たり前の事だ。お前が男なら 不思議な事でも、悪イ事でもねえ。」

そう言って、掌で乱暴に ライの目じりを擦る。
サンジにとって、ライはどうしても、弟のような存在で、
それ以上でも、それ以下でもなかった。
それも、自分にそっくりな、出来の悪い、不器用な、
だからこそ、愛しい、そんな存在だった。

「男が泣くな、みっともねえ。」
「今、泣いたら 俺はお前の泣き顔しか覚えてやらねえぞ。」

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