「野郎に犯される、その屈辱がどれくらい痛エもんか、お前エに判るかって聞いてるんだよ。」
静かで、一見するとなんの感情も含んでいないかのように聞こえるサンジの
言葉を聞いて、ゾロは胸に錐を突き立てられたような気がした。
息を一つ飲むだけで何も言えない。
サンジはゆっくりとライを寝床に横たえた。
そして、同じような緩慢な動作でゾロを振りかえる。
泣きそうな、苦しげな、無理矢理強がるような、胸が痛くなるような
薄い笑みを浮かべて。
「もう、塞がって、痛みなんか 感じないと思ってたんだが。」
こいつの痛みが あまりにも 判りすぎて、
塞がった筈の傷が鈍く痛むような気がするんだ。
サンジの言葉、以前ならば 決して自分に痛みも、傷も
晒すことなどなかったというのに、
サンジは ライの看病に忙殺されていることをゾロに咎められたからではなく、
仲間の内で その傷の痛みを和らげてくれる 特別な存在だからこそ、
隠すことも誤魔化すこともなく、
自分が感じている苦痛を 躊躇なくゾロに告げた。
その事に、ゾロは自分自身があまりにも 子供じみた感情に囚われ、
浅慮のままの行動を取っていたことに気がつかされ、
言葉を失った。
ただ、抱き寄せる。
黙って、柔らかく、薄い背中に腕を回して、
胸を密着させるように抱いて、片手で背中を、片手で 細い髪に触れる。
「こいつの痛みはわからねえけど、」
ゾロは鼻を少し疲れの貯まったせいで やや火照ったサンジの首筋に
当てながら、
「おまえが感じてる痛みは こうやってれば俺にも判る。」
ただ、サンジの行動だけでは
その気持ちを判ってやれなかった自分自身がゾロは悔しかった。
サンジは、ゾロを責めず、軽く唇に触れると体を離し、
ゾロに目で座るようにと促した。
ゾロが床に胡座をかいて座る。
サンジは その胡座の中に小さな頭を乗せて横になった。
「今夜はおまえがあの坊主の容態を診てくれるんだろ?」
「ああ、ナミにそう言われてな。今晩は、おまえを休めたいそうだ。」
遠慮なく休め、とゾロは持ってきたブランケットをサンジに掛けてやる。
「あんまり眠くねえんだけどな。」と言いながら、サンジは瞼を閉じた。
「おまえが心配してるような事にはならねえよ。」
「俺は、ただ、もう一度 こいつが美味そうに飯を食う顔を見たいだけなんだ。」
俺が苦しい思いをしている時には 力を与えてくれる人間が必ず
側にいた。
ジジイだったり、おまえだったり、ルフィや、ナミさん達だったり。
「でも、こいつには誰もいねえ。」
「せめて、なにか生きる目的を見つけるまでは。」
サンジの口から、意外な言葉が出ても、ゾロはそれを黙って
聞いていた。
「俺があいつを守ってやりたいんだよ。」
「ジジイが俺を守ってくれたように。」
サンジの声は静かで、夢と現の間をさ迷うような、捉えどころのない
ぼやけたものだった。
吐かれる息が熱く、本人も気がつかないうちに夢の中に入っていったことだろう。
規則正しい寝息が聞こえてくるのに 殆ど時間は掛らなかった。
一度言い出したら聞かない頑固な性分は 誰よりも良く知っている。
ゾロは眠ってしまったサンジの頭の上で一つ、苦笑いをしながら
溜息をついた。
「おまえはただの同情と、おっさんがおまえを守ろうとした気持ちの違いを
全然わからねえままで、そんな器用な事が出来ると思ってんのか?」
翌朝。
汗でぐっしょりと濡れた着衣が冷たく不快で、ライは目を覚ました。
温かい寝床と良い匂いのする着衣のおかげか、
嫌な夢は見ず、自然に穏やかに覚醒した。
「気がついたか?」
そう声を掛けられて、ライははっと 我に返る。
熱が大分下がったのか、意識ははっきりしていた。
緑色の髪の男が自分を覗き込んでいる。
ロロノア・ゾロだ、すぐに頭が働き、驚いて
ライは 咄嗟に起き上がろうとした。
「寝てろ。」
そう言われてまた 寝床に押し戻される。
「ここは?」
掠れてはいるけれど、以外に明確で力強いライの口調にゾロは
容態が一気に安定したのを見て取った。
「ゴーイングメリー号の格納庫だ。」
「おまえは、ゴミみてえに捨てられてた。」
そこまで聞いて、ライはやはり 体を起こした。
「刀・・・。刀はどこにありますか。」
意識を失って何日たったとか、どうして自分がここにいるのか、
聞きたいことは他にもあるだろうが、
ライの頭にまず 浮かんだのは ミルクから与えられた
自分が生きて行く為にたった一つだけ必要な刀の在処だった。
「ここにある。」
ゾロはライに 拾ってきたままの状態で、血と泥に鞘が汚れたままの
刀を見せてやる。
手を伸ばしてきたので、それを持たせてやった。
けれど、やはり衰弱が激しいのだろう、その重さを持ちきれず、
刀はゴトンと音を立てて床に落ちた。
ゾロは黙ってそれを拾い、ゆっくりとライの眼前で抜く。
銀色の刃は 錆びることなく、ライの青い髪を映し込んで
輝いた。
良かった、とライは口の中で小さく呟く。
ゾロはライが 安心したのを見届け、刀を鞘に戻し、枕元に置いてやる。
その時、ライはゾロの耳にピアスがふたつだけ ぶら下がっているのに
気がついた。
なんの変哲もないただの金色のピアスだが、見覚えがある。
(あれは・・・。)
男の癖にピアスなんかしやがって、とサンジを初めてみた時に思い、
それを唐突に思い出した。
そして、その後、揺らぐ炎の中で見たサンジの金色の髪に負けることなく、
しっかりと自己主張するように サンジが動く度に揺れていたのも
すぐに思い出す。
そんな些細なことまで 思い出すのに時間が掛らないということは、
いかにライが 自覚しないまま
サンジに惹かれていたかを 表していると言えるのではないだろうか。
そして、朦朧としていた時、大事そうにサンジに口付けていたのが
ゾロだとその二つのピアスはライに教える。
「おい、起きろ。坊主が目を覚ましたぞ。」
ゾロは乱暴に床で横たわっていた毛布を足で突付いた。
妙にくぐもった声を出し、蹴られた事に対しての腹立ちなのか、
ゾロの足を払ったのは、黒いスラックスの足だった。
ゴツンと思いのほか大きな音がして、ゾロの脛とその足はぶつかる。
毛布がベロリとめくれ、髪がもつれてグシャグシャになり、
ボケた顔をしたサンジが起き上がった。
「ああ?坊主がなんだって?」
「おまえが拾ってきたボウズが目を覚ましたんだよ。」
その二人のやり取りを聞いて、ライは何故か緊張した。
はっきりと意識を取り戻してから 初めてサンジの姿を見る。
まともに顔を見る事が出来るだろうか、と胸が痛いほど高鳴った。
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