時の流れが ひどく、ゆっくりに見えた。
けれど、血を流しすぎた体はついて来ない。
袈裟懸けにライの体から血が吹き上がった。
けれど。
背中の鞘から抜き放った「雷光」の軌道は、まさに
雷神の怒り、雷(いかづち)の閃光だった。
ああ。
声になら無い叫びをあげてサンジが目を瞑った。
けれど、閉じた筈なのに、その光景がはっきりと見える。
無意識に握り締めていたゾロの手から
その瞳が映す風景が 脳裏に流れこんで来る。
目を逸らすな。見届けるんだ。
瞼を開くと 幻のようなゾロの声が聞こえ、サンジは 唇を
引き絞って ライを見た。
ゾロとサンジはライの背中を見ている。
カラメルは首筋から血を滴らせて、それでもまだ、立っていた。
ライも、気配を殺したまま、立っている。
肩で息をし、大太刀を地面につきたて、足もとがふらついている。
距離の開いた場所にいても、その足もとの石畳が ライの血を吸い、
赤く染まって行くのが 夜目にもはっきりと見えた。
カラメルの顔が 死への恐怖で歪んでいる。
完全に気迫でライの方が優っていた。
勝負は 決着したかのように見えた。
止めを刺せ、ライ、とゾロが怒鳴る声がライに 届く。
柄も、刀身も血まみれの「雷光」を一度、拭うために
ライは片手で自分の首に巻く、黒い布を解こうとした。
けれど、指が震える。
それが次第に手の平に、腕に、肩に、足に、全身に広がった。
痛みは感じないのに。
寒さと息苦しさ、強烈な眩暈を感じたとき、ライは地面に手をついていた。
「お前も地獄に落ちろ、ライ。」
地の底から 呪いを呟くような声でうめいた カラメルが太刀を捨て、
ライに素手で襲いかかった。
漆黒の、二つの翳が死闘の庭を走った。
ゾロの拳がカラメルをなぎ倒し、サンジが地面に倒れこんだライを抱き起こす。
あと、もう一太刀を撃つ力があれば、
ライの手でカラメルを討ち果たす事が出来る。
勝敗は決している。
「サンジ、ライを眠らせるな。」
もう、掌に柄を握りこむ力もなく、「雷光」は石畳の上に
持ち主の手から離れ、刀身を晒している。
ゾロはそれを拾い上げ、地面に這うカラメルに近づいた。
「ライ、聞こえるか。」
喉に血が詰ってライはそれを吐き出し、頷く。
どうすれば 声が出るのか 判らない。
痛みを消す、チョッパーの薬の効果は絶大だった。
けれど、体のダメージは 間違い無く現実で、
徐々に失われて行く血液と体力が ライから五感を一つづつ、
奪って行った。
もう、声が出せない。
けれど、サンジの声とゾロの姿だけははっきりと
聞き、見えた。
「よく、見てろ。」
サンジはライが目を開き、ゾロを見ている事を確認する。
ゾロはカラメルの首筋を持ち上げ、ライの目の前まで引きずってきた。
すでにカラメルは虫の息だ。
ライの渾身の一撃は、カラメルの頚動脈に確かに届いていた。
けれど、完全に断ち切るまでには至らなかったのだ。
もしも、ライの腕があと、数センチ長ければ、カラメルはその攻撃で
仕留められた。
あと、1年あれば、背も伸びて、腕も伸びていた。
もっと、強い剣士になって、
相討ちなどにはならなかっただろう。
遠くなり、薄くなる意識をサンジの手を握る事で堪える。
ゾロの細胞と、ライの細胞が同調して行く。
「雷光」の柄を握り締めるゾロの手。
ライの手に、その感触が伝わった。握っているのは、サンジの手の筈なのに。
逆手に真っ黒な柄を持ち、
ゾロに宿った「ライ」の魂が、カラメルに止めを刺した。
ああ、終わった。
ライは 頭の中で ようやく、自分の声を取り戻した。
嵐のような歓びが一瞬で心を覆い尽くした。
そして、サンジを見上げた。
泣いていた。
ライの血にまみれた頬に 優しい雨のようなサンジの涙が
ポタリ、ポタリ、と落ちてくる。
カラメルを倒す事、それだけを望みに生きて来た。
それが叶って、凄まじく嬉しかった筈なのに。
その歓びがサンジの真っ赤な白目と濡れた蒼い瞳が見えた途端、
ライの心は、零れ落ちる悲しみに塗りつぶされた。
自分が死ぬ事が悲しかったのではない。
サンジと二度と逢えない事が悲しかったのでもない。
瞳も、髪も、手も、唇も、
温かな料理も、時折見せる優しさも、揺るぎ無い強さも、
愛し、愛される美しさを教えてくれた
大好きな人に。
(俺はサンジさんに何もしてあげられなかった)
それどころか、
涙しか残せない事が 悲しい。
もう、声を出すことさえ出来ないライの目じりからも熱い雫が零れ落ちる。
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