真っ直ぐに、他の道など見えないのかと思うほど
真っ直ぐに自分の道を行こうとしているライの瞳の中にある光りは、
初めて会った時と同じ輝きを放っている。
その道の先には、死しかないのをわかっている筈なのに。
サンジは、
(あの時のあいつの目に似ている)
そう、思った。
端から見れば、それは無謀な挑戦にしか見えなかった。
けれど、挑んだ。
野望を、約束を守る為に、死を賭して 鷹の目に挑んで行った、
緑色の瞳に宿っていた光りと同じモノを
ライの灰色の瞳の中に サンジは見えるような気がした。
簡単だろ、野望を捨てるくらい。
そう、叫んでいた 自分の甘さを思い出す。
死ぬことを怖れず、自分の道だけを信じている少年に
命の尊さをいくら説いても無駄だ。
剣士ってのは どうして こうも 不器用で、
頑固に生まれついてるんだ、とサンジは 苦しげな溜息をついた。
止めたい。
言っても無駄だと判っていても、ライをむざむざ 死なせたくない。
卑怯かもしれない、と心が咎めたけれど、
それでも、サンジは ライを止めたかった。
生きていて、幸せを掴む未来を選んで欲しかった。
「あのな、ライ。」
ライは、過去の自分であり、ゾロでもある。
不器用で、1本気で、傷つきやすくて、脆くて、強い。
自分とゾロの鏡のように見えるライを 死なせたくなくて、
サンジは ずるいと思いながらも、ライの気持ちを利用する。
「お前、俺を好きなんだろう?」
寝転がった、ライの腕を床板に繋ぎとめて、サンジは灰色の瞳を覗きこむ。
「なんでも、お前の言う事聞いてやる。」
「だから、敵討ちなんて諦めろ。」
ライは、ポカンとした顔でサンジを見上げた。
なんだか、サンジがとても 哀しそうな顔をしている。
それを見て、何故か、ライは心の中に、力と言い様のないほどの
喜びが湧いてくるのを感じた。
「何、ニヤついてんだ。」と ゴツンとサンジの額が降って来た。
「サンジさんも俺の事、好きなんだなあ、って」と ライは
無邪気にそう言って 満面の笑顔を浮かべている。
「生意気なガキは大嫌いだ。」
と、サンジは顰め面をする。真剣に話しを聞いて欲しいのに、
年下のライに なんだか、上手くあしらわれているのが
もどかしくて、腹も立つ。
そんなサンジの気持ちをライは察している。
けれど、覚悟は変わらない。
「死ぬって決まったわけじゃないでしょ。」
「俺は自殺しに行く訳じゃありません。」
その言葉にサンジは答えない。
ライの目に、サンジの肩の向こうの星がとても綺麗に見えた。
そこから、聞くだけで、胸がドキドキと大きな鼓動を打つ、
大好きな声が ライの心に降り注いでくる。
「行くな。ライ。」
今だけは、サンジの瞳は、自分だけを映している、そう思うと、
また、泣きたいほどの嬉しさを感じる。
ライは首をゆっくりと左右に振った。
「サンジさんが俺の立場なら、ロロノアさんが止めたらやめますか。」
「サンジさんを助けてくれた、ゼフって人が殺されて、」
「その仇が目の前にいたら、」
「その相手がとてつもなく強いからって、諦めますか。」
さっきまで、ニヤついていた癖に、そう言ったライの顔付きは
厳しかった。
揺るぎ無い、意志だけがそこにある。
「そうだな。」サンジは 観念したように、また、深い溜息をついた。
言葉でいくら説得しても、無駄だ。
きっと 理解出来ないだろう。
数秒、視線を泳がせ、意を決したようにまた、ライの瞳に視線と、
心の中の想いを注ぎこむ。
「じゃあ、約束しろ。」
「必ず、やり遂げろ。命を賭けるんだから、」
「しくじるんじゃねえぞ。」
死ぬな、とは言えなかった。
帰って来い、とも言えなかった。
「サンジさん。」
ライの声は、まだ、声がわりを完全に終えていないのか、時々、
とても掠れることがあった。
この時、呼ばれた声は、少年らしい掠れ声だったけれど、
懸命な熱い想いが篭っていた。
「なんだ。」
さっきまで、強い口調で、はっきりした意志を話していたライが
暫く、じっと 口を結んだ。なにか、とても言いたい事があるのに、言えない、
そんな顔だ。
「なんだ、早く言え。」サンジは 言葉遣いは荒いが、穏やかな声で
もう一度、言い澱んでいる言葉を聞いた。
ライは、意を決したように、迷いのない眼でサンジを見た。
「今晩だけ、俺と恋人になってください。」
「俺のことだけ、考えてください。」
ライは、体が回復するまで、サンジに たくさん我侭を言った。
回復を焦る気持ちに追いつかない体に苛ついて、
泣いたり、怒ったり、
自分の感情を全て、曝して来た。
「恋人になってください。」
それは、ライの最後の我侭だった。
「バカ、ふざけンな。」とサンジは苦笑いした。
「ガキで、しかも 野郎の 恋人なんて冗談じゃネエ」
「同い年じゃないと ダメですか。」とライは 明るく
茶化すように言う。
「同い年でも 野郎と恋人なんて」
「ロロノアさんは?」
ゾロとの事をからかうライの口調は 本当に明るくて、
無理などしない、自然体の態度だった。
それが却って、サンジの胸の奥に 滲むような痛みを感じさせる。
ライの事は、正直、年の離れた弟のように愛しい。
けれど、ただ、それだけだ。
どれだけ、熱く、求められても、与えてやれる物はなにもないのが、
サンジは苦しい。
「お前には ゾロと俺が恋人に見えるか。」
「違うんですか。」
不思議そうに尋ねるライに、
サンジは、ニヤリとようやく、サンジらしい笑顔を浮かべた。
「違う。」
「俺達は、"特別な道連れ"さ。」
恋人なら、いつも、相手に 自分の良い所だけを見せようとする。
また、いつも、穏やかで温かい場所に、いっしょにいよう、と思ったりする。
幸せになろう、とお互いが願ったりする。
だから、俺達は恋人じゃない、とサンジは言った。
「血生臭エ道を 最後まで、並んで歩く道連れだ。」
「見たくネエものも、聞きたくネエものも、一人じゃ目を逸らしたい、」
「耳を塞ぎたい、と思うようなモノでも、」
「俺達は お互いが見る、そんなもんまで、一緒に見て、聞かなきゃならねえ。」
「それが、道連れだ。恋人なんかじゃない。」
サンジのその言葉をライは黙って聞いていた。
ゾロとサンジの間にある、確かな絆を 今、ようやく 理解できたような気がした。
羨ましい、と心底思った。
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