「麦わらの一味だな。」
ライは、向日葵色の頭をした黒いスーツの男の背中に低く声をかけた。
「あ?」
とっくに気配を感じていたらしく、男は 殺気を纏って振り向いた。
口のはしに煙草を咥え、顔を顰め、ラ片目を細めていながら、
射抜くような視線をライに投げる。
「だったら、なんか様か、ボウズ。」
「お前の首を貰う。」
ライは刀を背中からひきぬいた。
柄のある場所を強く握ると 柄尻からも刃が飛出す。
間髪入れずに ライは地面を蹴り、男の首筋をまず、刀を突き出して狙った。
男の残像が残るほどの早さで その一撃は容易くかわされる、
が、すかさず、次の攻撃に移り、逆手の刃で男の胸元を抉るつもりで
踏みこむが それにも なんの手応えもない。
(こいつ・・・。)
気合の声も上げず、刃だけを振りかざす少年に 麦わらの一味のコック、
サンジは眉を顰めた。
暗殺する、人知れず 人を殺める為の技に見えた。
どう見ても 自分より年下の少年が極めるにしては 教えこんだ方の
意図にこそ 残酷で卑怯な影が見え隠れする。
身を守るためではなく、人を殺す道具に彼は育てられたと思っていい。
年下だからと 手加減するつもりはない。
殺す気で来たからには
(こっちも殺す。)
ライの刃を避け、サンジは振り下ろされた刀をその方向へ流すように
ライの手首を蹴り、その勢いで 目の前に晒されたライの肩に手を沿え、
地面にそのまま 叩きつける。
うつ伏せに倒れたライの延髄狙って 足を振り上げた。
「待てッ、赫足っ。」
「そいつを俺達に引き渡してもらおう。」
声と同時に 空へ向けて空砲を撃って 人相の悪い男達は
サンジの足を止める。
「俺の獲物だぜ?」
サンジは 起き上がろうとしたライの背中の中心に靴を押しつけ、
地面に這い付くばらせたまま、声を掛けて来た男達に
不遜な態度で いい返した。
「売られた喧嘩を他の奴に譲る気はねエよ。目障りだ、消えろ。」
サンジの足を止めた男が 前へ一歩進む。
「そいつは ハニービーって、海軍の狗の一員だ。」
「積年の恨みがある。そいつをぶっ殺したって、あんたにゃ、」
「なんの得にもならねえだろ?そいつを渡してもらおう。」
どんより曇った空が うっとおしい日だった、とライは思い出す。
はじめて、「あの人」に会った日の事は、あまりにも鮮明で
死なない限り、忘れないだろうと思う。
ミルクが戦闘中に 死んで、新しい 頭、カラメルが
ライに 「麦わらの一味を仕留めて来い」と命じた。
ライは、確かに 人並み外れて 強い腕をもってはいたけれど、
まだ 一人で海賊を狩った事がなかった。
カラメルは あまり物欲のなかったミルクと違い、周りの人間から見ても、
明らかに 何かに飢えているような 貪欲さを感じさせる
ギラついた男だ。
ただ、ミルクが海軍時代から 彼の影のような 存在であり、剣や、
体術、銃器の扱い、全てにおいて 一流の腕を持つ殺し屋だった。
だからこそ、ミルク亡き後、彼が頭となるのに 誰も異義を唱えなかった。
「賞金額1億ベリー以上の海賊をたった一人で狩ってくるなんて
出来る筈がないだろうっ。」
ライは カラメルの横暴な命令を 拒絶した。
奇跡が起こっても、王下七武海の一角を倒した彼らを捕縛できる訳がない。
が、そのライにカラメルは
「じゃあ、他の方法で1億ベリー稼げ。」
「お前はまだ、一人で金を稼げないだろう?俺は無駄飯食いはいらねえんだ。」
「町に立って、体を開いて金を稼げ。俺に逆らうなら裏切り者として
お前を殺す。」
こんな奴に黙って殺されたくない。
だが、男相手の売春など 死んでもしたくない。
尊敬するミルクが築いた ミルキービーの一員である自分が
そんな 汚れた仕事をして、
その名を汚すくらいなら、
返り討ちにされると判っていても、麦わらの一味を狙うしかなかった。
そして、サンジを狙った。
別にサンジなら仕留められると思った訳ではなく、
ただ、一人になり、体術で闘うサンジが動きにくいだろう、路地に入りこんだところを
狙っただけだった。
「売られた喧嘩を他の奴に譲る気はねエよ。目障りだ、消えろ。」
「そいつは ハニービーって、海軍の狗の一員だ。」
「積年の恨みがある。そいつをぶっ殺したって、あんたにゃ、」
「なんの得にもならねえだろ?そいつを渡してもらおう。」
そう言われて、ライは血の気が引いた。
前門の虎、後門の狼。
どちらにしろ、命がない。
サンジに殺されるか、名も知らない海賊に嬲り殺されるかのどちらかだ。
返り討ちにあって 死んでもいい、と思ってサンジに挑んだ筈なのに、
死ぬ、と言う可能性が いよいよ濃くなった時、
ライは 生まれてはじめて、「怖い」と感じ、唇が戦慄いた。
恨みを持つ海賊に襲われた事は初めてではない。
小さな頃、ミルクと町を歩いている時、やはり 海賊に襲われ、
自分を庇って ミルクは左目に被弾して 視力を失った。
ミルクの左目と引き換えに助かった、ライの命。
(俺はミルクになんの恩返しも出来ない内に死ぬんだ。)
そう思うと急に 死ぬのが悔しくなった。
殺されてたまるか。
ミルクが残したミルキービーが誇り高い 賞金稼ぎの集団として
名を汚すことを 絶対に阻止する、それが 今のライに出来る
たった一つの 恩返しなのだ。
「お前ら、賞金首か・・・。ちなみに額はいくらだ?」
サンジの声は薄笑いを含んでいる。
「俺は200万ベリーだ。」男が馬鹿正直に答えている。
「お前ら、全員で 1000万ベリーってとこだな?」
ライの目の前にサンジの煙草の吸殻が落ちてきた。
それは まだ、煙ったままだが、頭の上で ライターが火を吹く音が聞こえた。
「ふうん。・・・・。」
ふーっと、大きく煙草の煙を吐き出す呼吸が聞こえる。
「おい、ボウズ。命拾いしたな。」
サンジはライの背中に足を置いたまま、また、薄い笑いを含んだ声で
ライに話しかけた。
「死にたくなかったら俺の邪魔するな。」
「自分を剣士だと思うなら、人の背中を狙うなよ。」
ライの背中から圧迫が消える。
海賊の一人が 口から血を吹き上げながら宙を舞って、間髪入れずに
地面に叩きつけられた
「てめえっ。海賊の癖に賞金稼ぎの味方をするのかっ。」
銃を構えた男が地面に ふわりと降り立ったサンジに銃口を向ける。
「別に賞金稼ぎの味方をしてる訳じゃねエよ。」
「俺も、お前らの汚エ首に掛けられてる賞金が欲しいだけさ。」
「海賊同士、よくあることじゃねえか。なあ?」
ライは体を起こして、サンジの顔を見上げた。
冷ややかな笑みを浮かべた、紛れもない 凶悪な海賊の顔がそこにあった。
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