鋼鉄の扉を押し、ライが部屋に入って行く。
サンジとゾロの二人は、それを見送った。
扉は半開きのままだが、廊下も部屋の中も暗く、けれど、
確かに不気味な気迫がその僅かな隙間から流れ出てくるのを
戦いなれた二人はすぐに嗅ぎ取った。
サンジの足が無意識にその方向へ行きたがっているのをゾロは
目の端で捉えた。
口元に目をやれば、殆ど 燃え付き、燻ったフィルターだけを
咥えている様に見えた。
その煙草を指で摘んで床に投げ捨てる。
「なんだよ。」
「一服する時間くらいある。」
ゾロの行動に いささか ムっとしたように 僅かに眉を寄せて
不服そうな口調で言うサンジにゾロは いつもどおりの
落ちついた声で 煙草を勧める。
床に落ちた吸殻の上にサンジの靴底が残り火を捻り消す。
「ちょっと、聞きてえんだがな。」
ゾロはサンジの靴先をジッと見ながら 口を開く。
「なんで、制服を着た、ライの骸が必要なんだ。」
何故、海軍はライを海兵にしたててまで、カラメルの相手を
させたかったのか。
何故、ライは海軍の制服を着て、死ななければならないのか、
ゾロは判らなかった。
「表立った理由が見つからなかったんだろうな。」
サンジは、煙草のモエカスになにか、恨みでもあるように、
ずっと靴底で踏みつけていた。その自分の足から
視線を外さず、ゾロの問いに答えた。
賄賂、裏取引、そんな理由でカラメルを捕縛すれば、
それに関わった、この島で権威を振るっていた海軍の上層部までが
同じ罪に問われる。
それを回避するためには、カラメルに海軍でしか、裁く事の出来ない罪を
犯させ、それを理由に捕縛する。
ただの殺人や、殺人教唆では意味がない。
カラメルが、海兵を殺す。
海兵を殺した罪で、カラメルを海軍が捕縛した、
これ以上ないほど、表向きは自然な事件として処理出来る。
「なにが正義だ。」サンジは ゾロにざっと その説明をした後、
吐き捨てるようにそう言った。
新しい煙草を取りだし、ようやく火をつけた。
靴底の吸殻は ただの塵芥にしか見えないほど、粉砕されている。
ライは 賞金稼ぎとして剣を磨いてきた。
サンジが初めて ライに襲われた時、その異様な戦闘態度に
驚いたのだが、
気合の声など一切上げないのだ。
どんなに激しく剣を打ち合っても、声を出さない。
暗殺者として鍛えられて、身についた習性といっていい。
ゾロがライを鍛えている間も、それは変わらなかった。
「お前は。」
ほのぐらい部屋。
大きな一枚ガラスの窓から、月明かりが差し込むだけ。
思い掛けないほど、天井が低い。
そして、以外に狭かった。
カラメルは権利欲の塊のような男だから、もっと 無駄な装飾に彩られた部屋を
想像していたが、
その部屋は 敵を誘いこみ、返り撃つ為に設えられた、
まるで 小心者の権力者が チマチマと作った 玩具の要塞のように
ライには見えた。
その部屋の中で、カラメルは立っている。
そして、ライの姿を捉えた時、流石に 少し、驚いたような声を出した。
顔中、小さな傷だらけの醜い男。
額がいやにひろく、髪には以前にはなかった、灰色の筋がたくさん見えた。
姑息な事を考えては、卑しく輝いていた、朽木色の目がライを見ている。
「久しぶりだな。」
「あの男娼宿以来だ・・・。生きていたとはな。」
その言葉にライの心臓が 嫌な高鳴りを打つ。
が、ライはカラメルを前にして、まだ、刀は抜かず、黙ったまま、
歩み寄っていく。蒼い翳には、微塵の隙もなかった。
カラメルは 明らかに自分への猛烈な殺意を纏って近づいてくるライにも
全く動じない。
「お前は薬でラリってたから覚えてないだろうが。」
「俺もお前を随分、可愛がったんだぞ、ライ?」
聞くもんか、そんな言葉。
ライはカラメルに聞こえないほど、小さな言葉で呟いた。
そんな言葉で動揺するもんか。
隙を作るもんか。
「殺す前に、もう一度、嬲ってやる。」
カラメルがそう言った時、ライは身を伏せ、背に負う、
ミルクより譲り受けた 名刀 「雷光」を引き抜く。
殺気が闇をついて飛んでくる。
それを逆手に持った「雷光」を一閃して全て 弾き飛ばした。
カラメルが凄まじい速さで投げつけてきた、無数の
手裏剣が鉄に囲まれた天井や壁に 飛び散り、高い金属音を立てる。
が、ライはその後、瞬きもせずに床を滑るように駈け、
一気にカラメルとの距離を詰める。
「ライ、人間の急所を教えといてやるよ。」
こめかみ、眉間、喉もと、肝臓、心臓の場所をサンジはライの体を指でなぞって教えた。
少ない手数で相手を倒すなら、一点だけを間違い無く狙え。
足場を崩すとか、体力の消耗を誘うとか、そんな戦略は必要ない。
一撃必殺を狙え。
思い出そうとしたわけで無く、刹那にサンジの声がライの頭に浮かぶ。
無言でライはカラメルの喉もとを狙う為、
目前まで駈けよって身を一旦伏せ、
体を捻りながら 小さな竜巻のようにカラメルの喉ぶえに「雷光」を走らせた。
けれど、手応えのない。
その体さばきの勢いでカラメルから見て、斜め前方へと着地し、
そして 再び、同じ所を狙うチャンスを見計るために 後ずさった。
「随分、腕を上げたな。」
せせら笑いながら、カラメルはまだ、武器を手にしない。
「刃物を使うとお前の可愛い体に傷がつくからな。」
「素手で捻り上げてやろう。その後、たっぷり哭かせてやる。」
この狭い部屋で、カラメルに比べて非力なライが勝機を見出すには、
持ち前のスピードで相手を攪乱し、その隙を誘うと言う戦術は使えない。
ライは、壁に掛けられている、数えきれない武器の中から
無造作に大きな刃渡りの広い剣を選んで カラメルに投げた。
「そんな言葉をいくら俺に言っても無駄だ。」
「武器を取れ、裏切り者。」
ライの灰色の目がカラメルを見据える。
一体、どこで、どうやって ライは技を磨いたのか、
カラメルはその瞳から放たれる、鋭い気迫の凄まじさに背筋が凍った。
一瞬、怯えを自覚するほどに。
「せっかく、綺麗な体のまま、死なせてやろうと思ったのに。」
自分の言葉が強がりに聞こえるような気さえした。
カラメルはおもむろに武器を取る。
その瞬間、ライは何かを床に叩きつけた。
床を舐めるように炎が走り、一瞬で部屋を明るく照らす。
「この狭い部屋で、その武器を振り回せるのか?」
ライは「雷光」を逆手から持ちかえ、正眼に構えた。
「不利になるのはお前かも知れないぞ、ライ。」
カラメルはそう言うとその剣の柄で ガラスを叩き割った。
外からの空気が一気に流れこみ、炎は勢いを増す。
「来い、ナマス切りにしてやる。」
カラメルはそう言うと、窓の外へと身を躍らせる。
ライは無言でその後に続いた。
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