ライが外へ飛び出す、その気配をゾロとサンジもすぐに察して、
ライの命を賭けた決戦を余さず 見定めるために
階段を駆け下った。



足の下には、石畳、
住人におよそ似つかわしく無い 調度品が配置されている、
よく手入れされた庭が からメルとライの勝負の舞台だ。

高い樹、ひくい茂み、中央に水が流れる溝があり、
闇の中に白い蓮の花が無数に咲き乱れているのが見えた。

「来い。」

カラメルは 僅かな光りでもギラついた光りを放つ大太刀を肩に担ぎ、
腰を深く落した。

ライの足もとの石がキュ、と小さな悲鳴のような音をあげ、
カラメルの頭上に跳ねあがる。
落下するスピードと空中で回転した遠心力の両方を加算した
重い剣戟がカラメルの武器に襲いかかった。


耳障りな金属音が響く。

ライの体は弾き飛ばされ、茂みの中にのめりこむ。
背中で小さな枝がメキメキと音を立てた。

「ぐっ!」

立ちあがろう、とするライより早く、その喉ぶえにカラメルの
大きな掌が押さえつける。

「どの道、お前は俺に殺される運命だったんだよ。」

血走ったカラメルの目がライを見下ろしている。

「お前ごときにこの俺を倒せる訳が無い。」

喉に圧力が掛る。
が、それよりもカラメルはライのズボンのベルトを外しにかかった。

「暴れるなら暴れるがいい。」


いい、ライ。
自分よりも強い力で押さえつけられたら、こうやって逃げるのよ。


「私に掴みかかってきなさい。」

サンジと訓練と休養のことで意見が合わず、激しく言い争って
「勝手にしろ、石頭!俺はもう、お前の面倒なんか ご免だ!」
「顔も見たくねえし、声も聞きたくねえ、海に飛び込んで海老に食われちまえ!」と
言われて 落ちこんでいたライに ナミが声を掛けてくれた。

「いくらナミさんが強くても、俺の方がずっと力はありますよ。」
「いいから、かかってきなさいよ。」

ライは簡単にナミを掴まえた。

「痛い、離してよ。!」と金きり声を上げたけれど、さすがにそんな子供だましは
いくらライがお人よしでも通じない。

さんざん、暴れて、ナミは唐突にぐったりと力を抜いた。
「ナ、ナミさん?」


後から羽交い締めしていたので、気絶してしまったのか、とライは
驚いて 力を抜いた。

と、すぐにライの体がふわりとナミの背負われ、
なにがなんだか サッパリわからない内に、背中から甲板に叩きつけられた。

「ね。」と、ナミが太陽を髪に飾ったように見える笑顔で
ライを見下ろしている。

「完全に力を抜くの。もう、観念しましたってくらいにね。」
「そうしたら、相手が油断するの、今のライみたいにね。」



息が出来ない、けれど、ライは 体から一切力を抜く。
カラメルの手の力が僅かに抜けた。

肉を裂く音がカラメルの顔面に起こり、頬に真っ赤な筋が走った。

「ぐあ!」

ライの体が弛緩した、対に観念したか、とほくそ笑んだ一瞬に
逆手にもった、「雷光」の柄の、仕込みクナイが
カラメルの頬を掠めた。

「チッ」目を狙ったつもりだったのに、とライは舌打ちする。
あと、数ミリの差だった。

しながら、ライは横転してカラメルから距離を取ろうとした、
が。

瞬きするほどの時間でカラメルは懐剣をライの背中に突き立てる。
腰に焼けつく痛みが走り、
体を鷲掴みにされるように持ち上げられ、強引にカラメルに引き寄せれる。

ライの肉を銀色の刃が切り裂きながらめり込んで行く。
鉄の匂いが内臓から 喉へせりあがってきた。


ライ!と 遠くでサンジの声が聞こえた。


ライの背中からカラメルは懐剣を引き抜く。
が、ライは倒れず、振りかえって、カラメルの喉もとへ
「雷光」を走らせた。

「このクソガキがっ・・・。」

ライの体が軽々と持ち上げられ、石畳に叩きつけられる。
ゴム毬のように 血飛沫を上げながら弾んだ。

カラメルの首からも、ボタ、ボタ、と血が滴り落ち始める。


「目を逸らすな、サンジ。」

身を潜めるわけでは無いけれど、二人の海賊が身を低くして、
ライとカラメルの決戦を固唾を飲んで見守っている。

手首を握りこんでいたゾロの手が、熱く熱を持ってサンジの手を包んだ。
重ね合ったお互いの手の震えが はっきりと伝わる。

目を逸らすな。一緒に見届けるんだ。


言葉に出さず、二人は同じ想いを抱いて、ただ、ライの死闘を見つめる。



(クソッ・・・・)

ライは身を丸め、腰に下げた袋から指先だけの感触で
チョッパーから貰った薬ビンを探す。
自分の服が見る見るうちに 重く、咽かえる血の匂いに湿って行く。

けれど、すぐにカラメルの攻撃の気配を察し、気力を振り絞り、
振り下ろされた大太刀を受けとめた。

腕にも、肩にも、次々とダメージを食らう。

が、その度にカラメルの体にも傷が増えて行く。


何故、倒れない。
撃っても、投げても、踏みつけても、切り裂いても、
刃をその身にねじ込んでも、ライは立ちあがる。

気力を一切、削がれてはいない、怒り狂った猛獣のような輝きに
カラメルは徐々に寒気を覚え始める。

ライは 遂に 息もつけない戦いの中、チョッパーの薬を探しあてた。


口に含む。
舌が痺れるような渋さと苦さ。


体中の痛みが消えて行く。

そして。
ライの世界から 音が消えた。

樹木のざわめきも、2話を流れるせせらぎの音も聞こえない。
ただ、カラメルと自分の心臓の音だけが聞こえる。

それ以外、何も感じなかった。

「雷光」を鞘に収めて、腰を深く落した。

この一撃が本当に最後になる。


凪いだ海のようなライの目が カラメルを凝視する。

ほとばしる殺気が消えた。

何も無い、そこにライがいるのに、
ライの気配が カラメルには 感じられない。

だが、カラメルは 全身の血の温もりが去って行く音が聞こえるような気がした。


慄いた。


剣を持つ手に冷たい汗が噴出す。
ガチガチと歯が鳴る。

バカな。
そんな、バカな。

この俺が。
こんなガキ相手に怯えるなんて、有り得ない。

「死ね!」

断末魔のようなカラメルの怒声が上がり、鋼鉄の大太刀がライに向かって
振り下ろされた。

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