「道連れ。」
見張り台から、甲板へ。
サンジは無意識にライを追った。
港に降り立ち、すぐにライは闇の中に消えた。
その方向へ視線を向けたまま、
胸の中に鉛を詰められたような苦しさが込み上げ、
サンジは唇を噛む。
己の無力さに顔が歪んだ。
こんなに死なせたくないと願っていながら、
止められなかった、無力さ。
船べりに置かれた拳が震える。
追いたい。
止めるつもりではなく。
俺の事をいつまでも覚えていてくれますように。
口には出さなかった筈のライの言葉は、しっかりとサンジの心に届いていた。
だから、
(見届けてやりてえ)と言う気持ちが込み上げてくる。
けれど、まるで何カに怯え、竦んだように
サンジはライの消えた闇に挑むような視線を向けるだけで動けない。
ライの最期、恐らく、血にまみれて、ボロボロになっても
剣を握り締めている姿を 目の前にして、
(俺は冷静でいられるか・・・・?)
生死がはっきりしないなら、心臓を切られるような悲しみを感じなくてもすむ。
だが、目の前でライの最期を見た時、
見苦しく、取り乱さないでいられないだろう事は
予想に難くない。自分の心の事だ、自分が一番良く判る。
「生意気で、ムカツク ガキだぜ。」
唐突に、サンジの背中でゾロの声がした。
サンジは ライの事を考えるだけに神経を奪われて、
ゾロが近づく気配を全く察知する事ができなかったので、
一瞬、思考が止まり、反射的に振りかえった。
「お前にそんな顔させるなんて。」
辛そうな顔でライを見送るサンジを見、ゾロは
心底、不快そうに言ってから、
サンジが見ていた方向へ顔を向けた。
ライを追いたい、と言うサンジの気持ちはその細い背中を見ていて
ゾロはすぐに判った。
「あいつは、今夜だけ、俺の恋人だった。」
サンジは目線をずっと、港へ向けたまま、搾り出すようにそう言った。
サンジのその言葉にゾロは全く動じない。
きっと、ライの我侭に付合っただけなのだろう、と予想した。
けれど、今はそんな些細な事で目くじらを立てている時ではない。
「お前はどうしてえ?」
結果的にサンジの言葉を無視したゾロの言葉にサンジはようやく、
ゾロの方へ顔を向け、眉を僅かに寄せ、
自分でも どうしていいのか、わからないような
何カに怯え、不安げな表情を、
ゾロにしかわからないほど、それはとても 薄い、薄い、ものだったけれど、
確かにそんな表情を浮かべていた。
「何が怖エ?」
「あいつの死に様を見るのが。」
ゾロの質問にサンジは縋るように答える。
「なんで 戸惑ってる?」
「まだ、あいつを止めたくてたまらねえ。」
「あいつがそれを望んでねえのも判ってるのに。」
ゾロは ほんの一秒ほど、静かにサンジを見た。
次の瞬間、掠める様にサンジの唇に自分のそれを重ね、すぐに離れる。
「判った。」
そう言うと、サンジの手首を掴んだ。
その力の強さと、思い掛けない唐突な行動にサンジは無言のまま、
責めるような目で船べりに登ったゾロを見上げる。
「見届けてエんだろ。」
それが一番、お前が臨んでいる事だろう、とゾロの行動が
サンジに ゾロの言葉を教える。
ゾロに引き摺り下ろされるように、サンジも港に降りたった。
「心配すんな。」
そのまま、ゾロはサンジの手首を握ったまま、
ライが向かう、カラメルの屋敷へ向かって走りだす。
「見るのが辛いなら、一緒に見てやる。」
「お前があいつの邪魔をしそうになったら止めてやる。」
「だから、」
そこまで喋って、ゾロはサンジの手を離した。
二人の足はそのまま、加速をつけるが、止まる事はない。
「お前のやりたい事をやれ。」
「判った。」
サンジは短い言葉で ゾロだけにしかわからない、
自分のためらいや戸惑いを拭い去って、
手を引いてくれた礼を口にした。
皮肉めいた口調での礼ではなく、反発する悪口でもなく、
サンジが素直にゾロの言葉に頷く事、それがサンジがゾロに対して
心から感謝している時の態度だと、
ゾロはいつの頃からか、判るようになっていた。
だから、隣に並んで走る、サンジの「判った」と言う言葉を聞いて、
満足げに微笑んだ。
今まで、サンジがあんなに辛そうな顔で背中を見つていた男は
誰もいなかった。
脆く、儚いから ライはサンジを惜しんでいる。
自分への想いとは全く種類の違った、とても深くて熱い同情を
サンジはライに抱いている、とゾロは感じていた。
「俺、サンジさんが好きです。」
剣の稽古の最中、一時の休憩中にライはゾロに臆面もなくそう言った。
「ああ、そうかよ。」とゾロは適当にあしらったが、
ライは、
「ロロノアさんは、サンジさんが他の人の事で頭がイッパイになったら
どうしますか?」と無邪気に聞いて来た。
今まで、サンジを好きになり、結果サンジを傷つけた男達ばかりだったけれど、
これほど あからさまに 明るく、サンジが好き、と言ってのけた奴は初めてで
ゾロは少し、からかってやりたくなった。
そう思うほどに、ライはまるっきり、悪意や嫉妬などの感情を持っていないようで、
ただ、ただ、邪気のない笑顔をゾロに向けていた。
「相手をぶっ殺す。」
そう答えたら、「案外、ヤキモチ焼きなんですね。」と首を竦めていた顔が
目に浮かぶ。
ライの生き様をしっかりサンジに見せてやらなければ、
せめて、サンジの心の中に ライの記憶を残してやらなければ、
あまりにライが憐れだと思った。
そして、サンジもそれを望んでいる。
ただ、思いの他、サンジはライを惜しんでいた。
「見たくネエものも、聞きたくネエものも、一人じゃ目を逸らしたい、」
「耳を塞ぎたい、と思うようなモノでも、」
「俺達は お互いが見る、そんなもんまで、一緒に見て、聞かなきゃならねえ。」
そして、受けた痛みを共に感じて、越えて行く。
それが出来るのは、サンジにとってゾロだけで、
ゾロにとっても、サンジだけだ。
二人は、闇の中を駈け、ライの後を追う。
海軍の捕縛作戦開始まで、もう、1時間もない。
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