「ライ、死ぬな。」
サンジさん。
ごめんなさい。
サンジの腕の中でライは 切れ切れの言葉で
薄く、荒い息を吐きながら そう言った。
いつも、鋭すぎるほど鮮やかな光りを孕んでいた灰色の瞳のどこにも、
その輝きは見出せない。
ただ、目じりから涙が染み出しては零れ落ちて行く。
サンジがライの一番、出血の多い部分を手で押さえる。
白い指があっという間に真っ赤に染まった。
小刻みに震え、ライはうめき始める。
身を切り裂かれた痛みに、汗が噴出す。
止めを。
曇りガラスの向こうにいるように見えるゾロへライは
涙で濡れた目で懇願する。
痛みに震え、のたうち回り、唐突に蘇った痛みは
今まで感じなかった死への恐怖を呼び起こす。
見苦しい最期を晒すのは嫌だ。
ゾロは無言で立ちあがり、庭の溝を流れる清涼な水で
「雷光」を清め、自分の黒いバンダナで水滴を拭った。
ライは眼を閉じる。
気力を振り絞り、体の震えを止めるための努力をした。
ゾロの手元が狂う訳がないが、極力、余計な手間を煩わせたくない。
背中にサンジの鼓動を感じて、また、悲しくなった。
「何する気だ」
ライの刀を清め、逆手に持って ライを抱く、自分の前に跪いたゾロに
サンジは
その可能性を知りながら、信じたくない、と言う感情を剥き出しにした
怯えと嫌疑が混ざり合った視線をゾロに向けた。
ゾロは答えない。
けれど、行動と辛そうに顰められた眉間がサンジに
ゾロの目的を教えた。
「生きてるんだぞ。」サンジの声が震える。
ゾロの行動は間違っていない。ライもそれを望んでいる。
けれど、嫌だ。
まだ、腕の中には確かにライの温もりと鼓動がある。
「まだ、生きてるんだぞ?!」
サンジは 必死で叫んでいた。
ライとゾロ、二人の剣士の決断を 潔く飲めない。
ゾロの目がサンジを見据える。
「お前だって、何人も殺してきたから判るだろう」
「助かるか、そうでないか。」
鎮痛な面持ちでありながら、ゾロの声には迷いも動揺も無かった。
「医者でも無エお前になにが」
「俺は剣士だ。こいつも。」
サンジが言い掛けた言葉をゾロが遮る。
蒼い瞳からは 久しく見なかった、大粒の雫が溢れ出ていた。
その雫は、翠の瞳にも滲む。
「汚エ死に際を人に。」
ゾロは大きく揺らいだ瞳で、表情を動かす力さえ無くし、
ゾロの手を待つ、ライを見つめながら、
「まして、惚れた相手にそれを見られるのがどれほど辛いか。」
「それを察してやれ。」
血まみれの体が 優しくゾロとサンジの体に包み込まれる。
ライは完全に瞼を閉じた。
「雷光」を逆手に持ったゾロがライの首筋に刃を添わせた。
「止めろ。クソ剣士。」
ゾロはサンジの行動に息を飲んだ。
「生憎、俺は剣士じゃねえ。お前らの誇りなんか知ったこっちゃネエ。」
「雷光」の刃を力一杯 握りこんだサンジの指から血が流れる。
「こいつは今夜だけ俺の恋人だ。勝手に殺すな。」
「判ったから、刀から手を離せ。」
刀を引けば、サンジの指は切り落とされる事は無くても、
腱が切れてしまう。
左手と言えど、重い鍋を持つ、大事な手だ。
ゾロはあまりに 感情的過ぎるサンジの行動に 驚きを隠せず、
さすがに動揺した。
サンジは 血が流れる掌でライを抱き締める。
サンジの血がライの体に染み込むほど、強く。
そして。
「奇跡だよ。」
「信じられない。」
船に帰ってきたライの体は冷え切っていた。
呼吸も止まり、心音も聞こえなかった。
けれど、誰もが諦め掛けた時、頬についた血を拭っていたナミが
にわかにライの体に温もりが宿っているのを感じて、
もう一度、チョッパーはライの生命の火を傷だらけの体に
探した。
死んでいなければ説明できない状況でありながら、
ライは蘇った。
「で、どうする、お前。」
ライは1週間ほどで起き上がる事が出来、話せる事が出来るまでに回復した。
そして、ルフィにこれからの事を聞かれたのだ。
「一緒に来てもいいぞ。」
そう言って、ルフィが ニイっと笑う。
ライもつられて笑った。
以前は ダメだ、と言ったけれど、ルフィはライを仲間として認めてくれた。
それは とても、ライにとって 嬉しい言葉だった。
けれど、首を横に振る。
「俺、次の夢を見つけました。」
「だから、一緒には行けません。」
ルフィは深くは聞かず、口を尖らせて、不服そうな顔をしたが、
迷いのないライの眼を見て 強く、頷いた。
「そうか!それなら、仕方ないな!」
「でもな、ライ。」
ルフィは傍らの椅子に腰を下ろしていたが、ゆっくりと立ちあがった。
ゴーイングメリー号の女部屋にライは寝かされている。
格納庫のベッドでは充分な看護が出来ないから、とナミに言われて
ここにいた。
「お前エ」
「今度こそ、思いっきり生きなきゃ追い付けネエ夢を追い駆けろよ。」
「夢の向こうには何も無エような夢じゃなくて、」
「生きてる事でワクワク出来る夢にしろ。」
大事にしていた場所を守るための犠牲になって、死のうとするのは
弱エ奴のする事だ。
お前が最初から死ぬつもりでカラメルに向かっていこうとしていたなら、
俺はお前をこの船には乗せなかった。
けど、お前はカラメルに勝つつもりで挑んで行った。
そして、ちゃんと帰ってきた。
生きていたと判った時、凄エ、嬉しかった。
「だから、一緒に海賊やりたかったぞ。俺。」
そう言って ルフィは口元はいつもどおりの明るい笑みで、
目許にほんの少しの寂しさを浮かべて ライの頭を軽く叩くように撫でた。
更にそれから 3日経った。
ゴーイングメリー号は明日、この島を離れる。
ライは今更移動するのも面倒なので、最後の夜もナミのベッドで
休んでいた。
となりにはサンジがいる。
どうしてそんな状況になったのかはわからない。
まだ、あまり長い時間起きていられない状態なので、
ライが目を覚ますとサンジの顔が目の前にあったのだ。
ライは寝ぼけながらもニコリと笑った。
目が醒めて良かった、明日の朝にはもう、船を降りるのだ。
こんなに近くでサンジを見れて嬉しかった。
「なにやってるんです。」
「夜這いに来たんだよ。」と 悪戯っぽくサンジは笑った。
重ねた唇の感触が幻のように思える。
紺碧の夜に重ねた、頭が痺れるような甘い口付けだった。
「これが恋人にしかしない事かもしれませんね。」
思ったままを口にしたら、サンジがクスクスと笑った。
「そうかもな。」
肌を合わせる前の儀式めいたものではなく、
ただ、気まぐれのような、それでもとても優しく、甘いキスだった。
夜は静かに更けて行く。
本当の正義を見極め、世界一、強くなる事。
それが これからのライが追い駆けて行く夢だった。
「サンジさん、俺がロロノアさんより強くなったら」
「本当の恋人になってくれますか。」
眠ってしまうのがとても惜しいけれど、眠りの波はライの意識を
さらって行く。
それに抗いながら、ライは まるで 蜜事の後のような問いを
サンジに投げ掛けた。
「お前がゾロに追いつけるだけの時間、ずっと俺を想ってたんなら、な。」
サンジは 少し照れたような表情を浮かべた。
「強くなれ、ライ。」
「俺が心底、惚れるくらい 強い剣士になって見せろ。」
その言葉を胸に、15歳のライは 海軍の中に
確かに存在する 邪な正義と、本当に守るべき正義の違いを見据え、
いつか、本当に 揺るぎ無い正義の信念を持つ剣士となるために
己の強さを研鑽するべく、
「黒檻のヒナ」と呼ばれる、太佐の部下となった。
「感動。ヒナ、感動。」
海軍太佐、黒檻のヒナと呼ばれる女性が 嬉しげに
新しく 自分の部下になった少年の勇姿を見て、高い声を上げた。
大剣豪を目指して、その夢を追いかけ始めた 少年海兵の物語が。
今、ようやく 動き始めた。
(終わり)
最後まで読んでくださって、有難うございました。
リク作品の中で 全25話、と言う長編になりました。
この前の週に全55話の「殉死者の後悔」を終わらせたところだったし、
今回、「雷」も最終回、という事で大きな作品を
短い期間で書き上げられた事に 大きな達成感を感じています。
特に、この「雷」は、オリジナルキャラをメインにする、と言う
新しい試みで、読み手の方に受け入れてもらえるかどうか、
とても不安でした。
でも、「ライ」は実に 好印象を持って頂けて
まずは、その事がとても嬉しかったです。
この話しに出てくる海軍は、とても姑息ですが、
立場が変われば 悪も正義に、正義も悪になるのだ、と言う観点で
捉えました。
最初、プラトニックセックス、という事だったんですが、
最後に近づくに連れ、どんどん サンジが流されていき、
「まあ、いいか、やっちゃっても。」と思ったんですが、
それは 次回の連載「幸せの権利」のネタに置いておこう、と
こっそり ライ×サンジはストックしておきます。
最後に、この作品をリクしてくださったチコさん、
「年下の剣士に愛情をぶつけられ、プラトニックセックス」と言う
リク、有難うございました。
おかげさまで、自分らしい、作品の形に仕上げる事が出来ました。
そして、ここまで読んでくださった方にも
重ねてお礼申し上げます。
長い間、ご愛読有難うございました。
プリンスノレストラン
管理人 yokkin