「海賊同士、よくあることじゃねえか。なあ?」

ライに向かっていったのか、あるいは対峙する海賊に言ったのか
今はもう覚えていない。
ただ、その時強烈な冷酷さと残酷さを 本能的に嗅ぎとって、
「この男はヤバイ」と感じた事だけは はっきりと覚えている。

「賞金稼ぎを殺しても一ベリーにもならねえ。けど、」
サンジは一歩、一歩、とゆっくりライを襲おうとした海賊の方へと
足を進めながら、

「お前らなら金になる。」

そう言った途端、サンジの足が地面を蹴った。
ライの頬を掠めて細い針が数本、背にした石壁にあたり、小さな高い音を立てた。

「ッチ」舌打した男が横倒しに吹っ飛ぶ。
口に含んだ毒針を サンジにあっさりとかわされ、視界にサンジを捉える前に
もう 横っ面を蹴り飛ばされたのだ。
その一撃で もう顎の骨が砕かれ、悶絶するだけしか出来ない戦闘不能状態になる。

次の瞬間には振返る勢いを殺さないまま、遠心力を加える様に体を大きく捻り、
一番前にいた男の耳の下付近を狙う。

(なんて、正確な蹴りなんだ。)

ライは息を飲んだ。
仲間の中にも 体術を得意とする者がいる。
それでも、まるでスズメバチの様に 人間の急所を一切の無駄なく、
一点だけを狙うサンジの蹴りの正確さとスピードは
仲間のそれとは全く比較にならない。

一撃で骨を折るのでない。
砕くのだ。男達の体が破損する音を聞けば判る。

一撃必殺の蹴りだ。

例え、男の一人が銃を構えても一瞬も怯まない。
銃声が響き、その肩先の肉を銃弾が掠って、頬に血が飛んでも
一度狙った相手を地面に叩きつけ、戦闘力をゼロにするまでは
サンジは止まらない。

銃を蹴り上げ、その時には狙撃手の手首の骨が粉砕している。
次の瞬間には振り下ろした足が男の肩の骨を砕き、
地面に倒れた時、延髄に留めがさされ、男の顔が不自然な方へ曲がり、
人間だった肉体が屍に変わる。

(これが・・・赫足のサンジ・・・)

呆然としているライの肩に焼けつくような痛みが走った。
サンジが避けたボウガンの矢が ライの肩に突き刺さっている。

それを引き抜いた時、サンジの足は文字どおり赫足となり、
地面には 数人が呻き声を上げて、数人は身動きひとつせずに
転がっている。

「こいつら、合わせて1000万ベリーだそうだ。」
そう言うと、口ニ咥えた短い煙草を投げ捨てた。

「お前にくれてやるよ。」


この島のマージンは高い。
1000万ベリーでも、たった、50万べりーにしかならねえ、
面倒だからお前にやる、とサンジは言う。

「海賊に助けてもらった上に情けを掛けられる覚えはない」

ライは サンジの申し出を突っぱねた。
施しは、まして 海賊から施しを受けねばならない筋合いはない。
ミルキービーの一員としての誇りが許さない。
ミルクが海軍将校だったから、ミルキービーの正義は
そのまま 海軍の正義であり、海賊は憎むべき悪以外何物でもなかった。

「ほう。半人前の癖にプライドだけは高いんだな。」
「好きにすりゃいいさ。」

サンジは 馬鹿にするような口調でライにそう言うと、
海賊達が折り重なって倒れているところを避けもせずに歩いていこうとした。

その時。

ウシの鳴くような音が響いた。
その音にサンジが振返った。
ライは慌てて自分の腹を押さえる。

「お前、腹減ってんのか?」

そういえば、食べ物を口にしたのは もう2日も前。
それも固いパンと水だけだった。

ライは自分でも信じられないほどの大きな音に真っ赤になった。



「どうして、俺を助けてくれたんですか?」


サンジは仲間の為に買った食料をライに食べさせてくれた。
「これは海賊が賞金稼ぎに食わしてやってんじゃねえ。」
「行きずりのコックが 行き倒れ寸前の乳臭エボウズに施してやってると思え。」

そう言って、石造りの廃墟の一角に火を起こして
手早く 食材を炙り、ライに供してくれたのだ。

海賊にかけられた賞金など サンジには最初から興味がなかったらしいのに、
何故、ライを助けてくれたのか、
彼らを殲滅させた手腕(足技なのだが)からして、ライだって
瞬殺出来た筈だ。
それなのに、そうしなかったのは何故なのか、ライは知りたかった。

「殺すぜ。腹が膨れて、また俺を狩ろうとするならな。」

サンジは事も無げに言う。

「俺の技じゃあ、あなたに傷一つつけられない。」
「いい判断だな。」

サンジは空き缶に注ぎ、人肌よりも少し熱めに温めたミルクをライに差し出した。

「ミルクは陸でしか飲めねえから 沢山飲んどけ。」

その言葉を聞いた途端、ライの灰色の瞳から涙が零れ落ちた。
拭っても、拭っても後から後から 溢れてきて止まらない。

「おい、なんだよ。ママでも思い出したか?」
サンジはからかう様にそう言う。

父とも慕った、ミルクの口癖。
心細い今の境遇に気を張っていたライが 思い掛けないサンジの口からその言葉を
聞いて気が弛んだ。

俺の、師匠の口癖で。

食うか、泣くか、どっちかにしろ。

そう言われながら、ライはサンジに生い立ちを話した。

最初は全く興味なさそうにしていたが、ライを庇ってミルクが片目の視力を失った事や、
ミルクの技を教えこまれた事を話すと
少しだけ 顔つきが変わった。

この人にも、自分と同じように 育て、鍛えてくれた人がいるんだな、と
ライは その顔を見た時に ふとそう感じた。

「そうか・・・。」


ライの技は、ライ自身が一人で生きて行けるようにとミルクが仕込んだ技だったのだ。
身を守り、かつ、それが金になる。
地位も、名誉も、金も、親兄弟もいない少年が一人で生きて行く為に
ミルクは 彼を暗殺者として育てるしかなかったのだ、と
サンジは理解した。

そして、ミルクを失い、ライは自分自身の居場所を得るために
麦わらの一味を狩るか、身を汚すかの選択を迫られていると聞いて、
眉を顰めた。

赤い炎の光に照らされていても、サンジの蒼い瞳はやはり蒼いままに
ライの目に映る。
サンジの作った物を頬張るライを嬉しそうに見ていたので、
自然、二人の目が合った。
「美味いか」と聞かれて、ライは素直に頷く。

(綺麗な人だな。)
ごく、自然にそう思えるサンジの姿を 何時の間にか口をつぐんでただ、眺めていた。




サンジは、ライの腕や胸の筋肉のつき具合を確かめ、
「お前なら、もう一人で十分生きていけるだけの強さは身につけてる。」
「そんな理不尽な事に従わなくても、いいんじゃねえか。」と呟いた。

「本当に?」自分の力量を認めてくれた事が嬉しくてライは意気込んで尋ねる。
「人を殺して生きて行く覚悟があるんなら、な。」

賞金稼ぎが海賊を捕らえる。
その時に殺さなくても、海軍に引き渡せば 罪の軽重に関わらず、
海賊であるなら 見せしめの公開処刑とその後、死体さえ朽ちるまで晒し者だ。
例え海賊でも命を金で売る仕事だと言えなくもない。
それが賞金稼ぎと言う職業だ。

「お前はそういう生き方が出来ねエ、素直な人間だ。」
「俺の料理をなんの疑いもなく口にしたんだからな。」

サンジは 柔らかな微笑を目じりに浮かべた。
が、すぐに厳しい顔つきに戻る。

「海賊が賞金稼ぎに毒を盛る、なんて疑いを一瞬でも持たないのは
気に入ったが、そんなに無防備で人がいいのが
賞金稼ぎなんかになっても 命を落とすだけだ。」

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