確かに、ライはゾロの目から見ても、申し分のない剣の腕を持っていた。
ただ、それは年相応よりはかなり出来るが、と言う程度だ。
恐らく、まだ、人を殺した事のない、汚れていない剣。
仕込みの剣なので、時々、ゾロでも ヒヤリとするほどの鋭さを
見せるけれども、まだ、ゾロに 一振りの刀、それも片手で
受けられて、一太刀も 届いていない。
短い期間で上達はしたし、体ももう、なんの心配もない。
ライの剣の身上は スピードと、振りきった刀を思い掛けない方向から
クナイとして刺す、と言う変則的な軌道を刻む攻撃だ。
が、それも 何種類かのパターンがあり、ゾロはライの目線や、
準備動作などで、何を狙っているか、どこを狙っているのかを
すぐに判るようになってしまった。
いくらスピードが速いといっても、ゾロにとって見れば、
ライの動きなど 余裕で見切れる。
あと、少なくとも、3ヶ月は 必要だ。
今のままでは、カラメルに勝てない。
体に剣を突き立てる事など、奇跡が起こっても有り得ない事だ。
ゾロは ライを鍛える為の目安にするために、カラメルの力量を測った。
本気でカラメルを殺すつもりはなかったが、
恐らく、今、世界でもっとも強い剣士となったゾロの剣を
全て 防いだ、それだけでも、カラメルと言う男の力量を
推し量るに十分だった。
焦って、技を身につけても仕方がない。
スピードを身につけるためにも、ライはもっともっと、筋力をつけなければ
ならないが、骨の発達途中であり、ゾロが今 自分に課している訓練と
同じ事をさせては これからのライの剣の発達を 却って妨げてしまう。
カラメルが剣だけでなく、体術にも長けている、と聞いてから、
ルフィも ライの鍛錬に参加する。
「お前エ、弱エなあ。」
ルフィは遠慮なく、ライの技の感想を言う。
ルフィ相手に 鼻血のひとつも流さず、拳を全て 柄で受けとめ、
弾き返したライの力量は 大した物だ、と離れてみていたウソップも
サンジもそう思ったが、
ルフィ曰く、
「俺、あいつからなんのダメージも受けてネエぞ。」
「きり傷一つ、俺につけられネエようじゃ、全然ダメだ。」
ルフィの相手が例え、ゾロでも 傷なんか そう簡単に つけられる筈がない。
弱エ、とルフィに言われたからと言って、落ち込む事はないのだ。
が、ライは一瞬、まともに 「弱い」と言われた意味をそのまま 受け取り、
愕然としていた。
けれど、すぐに立ち上がり、ルフィに もう一度 手合わせを、と頼んでいる。
「うし。」
ルフィは腕をグルグル回して、また、ライの相手をし始めた。
急がないと、カラメルが海軍の手に掛る前に、と 誰もが
焦ってはいけないと 判っていながら 焦っている。
それから、海軍の動きにナミとサンジは かなり敏感に注意を払っていた。
そして、ライがようやく、ゾロに刀を両手に持たせるまでに
上達した頃。
もう、ライの精神状態は完全に安定していて、
夜は男部屋で 皆と一緒に休むようになっている。
ゾロとサンジは その夜、格納庫にいた。
二人とも、ライのこれからの事が心配で、なんとなく、行為を
しそびれて、ただ、ゾロの膝にサンジは頭をのせて
天井へ顔を向けて横になっている。
「諦めたほうがいいと思う。」
主語がなくても、二人の会話は成り立つ。
ゾロがなんの説明めいたことを言わず、いきなり切り出した言葉に
サンジは 相槌を打つ。
「それが出来るなら苦労しねえよ。」
ゾロは膝の上に掛る髪を指で摘んだり、弾いたり、弄びながら
「お前が言いくるめればいいだろ。」
ゾロの言葉にサンジは 掌を振って
「あいつは 年の割りに石頭だ。」
「しかも、ハンパじゃねえ、硬さだ。」と答えた。
「諦めて、あいつに何が残ると思う?」
そう言って、サンジはゾロを見上げた。
ゾロは答えに詰る。
今、ライの魂の一番側にいるのはサンジだろう。
何故か、ライがサンジに特別な想いを抱いていて、
それに 気がついているのか、いないのか 曖昧な態度のままながら、
精神誠意を尽くしているサンジを見ていて、最初の頃に感じた
ほのかな不安が消えている事に気がついた。
それは ライがあまりにひたむきで、真っ直ぐな目をしているからだ。
嫉妬の対象にするのは、サンジの気持ちを疑うようだし、
第一、 サンジがライにそんな感情を持っているなど 有り得ないのに、
それを疑うのは愚の骨頂だ。
無理にそんな風に思わなくても、剣を交え、ライと向き合い、
ゾロは 徐々にライを ただの拾った少年ではなく、
どうにか、生かしてやりたい、死なせたくない、特別な存在になっていた。
「今のあいつから、敵討ちを取り上げたらどうなるか、わかるか?」
サンジは ゾロに重ねて聞いた。
「お前が、鷹の目を倒す前、倒した後のことなんかなんにも考えてなかっただろ?」
「鷹の目を倒す、それだけを考えて生きて来ただろ?」
「それと同じだ。」
そして、もう一つある。
それはサンジは ゾロには言わない。
自分の傷をまた、ゾロに晒すような物になるからだ。
ライの心の傷は 日々の鍛錬に神経が全て集中しているから起きないだけで、
それが無くなったら また 再発する。
拠り所のない心の弱さをサンジは 知りすぎている。
生きて行く意味があって、それを知り、それを追い駆けていると
人間の心はどこまでも強くなれるけれど、
それを失った時に 驚くほど脆くなるのも サンジは知っている。
まして、ライは サンジよりももっと頑固で 頑ななところがあるから、
若い頃のサンジよりも もっと脆い筈だ。
ライを死なせたくない、と思うのは ゾロだけでなく、
サンジも、ルフィも、ゴーイングメリー号の誰もが思っている事だ。
「心が死ぬか、体が死ぬか、その選択はあいつしか出来ねえよ。」
そう言ってサンジは 瞼を閉じた。
昔の事など、思い出したくない、と言いたげにゾロの膝の上で
寝返りを打つ。
ゾロもそのまま、頭の後で手を組んで、壁に持たれて眼を閉じた。
翌朝。
誰よりも早く起きたライが甲板に出てくる。
朝日がまだ 水平線を染めているだけで、夜の余韻が空の半分を覆っていた。
麦わらの一味の船、ゴーリングメリー号のフィギアヘッドに
ライが見なれている、ミルキービーの連絡用に使われている
短い矢が突き刺さっていた。
その鏃(ヤジリ)は、ちょっと弄れば 取り外す事が出来て、
中から 細く丸めた紙が仕込まれている。
ご丁寧に、暗号文だ。
ミルキービーのメンバーしか判らない、特殊な文字だった。
(アスノアサ、カイグンガ クル )
海軍がいよいよ、カラメルを捕縛するのだ、と 短い文だが
それだけでライは 悟った。
「今夜。」ライは 鼓動が耳にまで届くかと思うほど
その文字を見て 武者震いのような緊張で心臓が高鳴るのを感じた。
この夜、カラメルを撃つ、と即座にライは決心する。
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