誰かに起こされたような気がした。
ライはまだ、体が酷く熱っぽいのに、起きあがった。
(客がお越しだ。可愛がってもらえ。)
頭の中でそんな声が聞こえる。
その声に抗えば、体にも、心にも 辛い仕打ちを受けると
頭が覚える前に体に覚えこまされた。
ライはフラフラと寝床から起きあがった。
目の前の黒い影のように見える男の体に持たれかかり、
男が自分を引き剥がそうとしているのも構う事無く、
・ ・・・そこで本当に止めると また 折檻されるので、
ライは男の前で服を脱ぎ捨てながら 男の勃起していない性器を
訝しく思い、それでも 体が勝手に動いて着衣からそれを引っ張り出した。
さっさと済ませよう。
こんな嫌な事、さっさと済ませて休みたい。
そう思って、ライは 気だるげに男のモノに口を寄せる。
客はライの名前を呼んだ。
ここでは、全く違う名前で呼ばれていて、自分の名など
知っているのは 主人くらいなのに。
「ライ!」
風船が弾けるような音がして、頬に強い痛みが走った。
なんで?
まだ、"お仕置き"されるまで、行為は進んでないのに?
ライは頬を打った男を見上げた。
霞みがかかった、星も、月もない夜空を見上げているようで、何も見えない。
また、頬を打たれる。
ライ、俺が判るか、と誰かが怒鳴っている。
頭がガンガンと痛い。
その声がどんどん 遠ざかって、ライは猛烈な眠気に飲み込まれた。
「・・・どうなってんだ、こいつ・・・。」
サンジが夕食を作っている間、ゾロが変わりにライの様子を見に来た。
ライは夢遊病者のように いきなり 起きあがったかと思ったら、
ゾロに近づいてきて、性器を口に含もうとした。
その頬を打っても、ライの視線はさ迷いつづけ、やがて、くず折れるように倒れて意識を失った。
サンジはこの事を知っているのだろうか。
チョッパーには伝えるべきか。
ゾロは着衣を直し、ライを寝床に戻してから考えた。
きっと、この少年の心と体の回復は サンジ次第だろう。
この事をサンジが知ったところで、きっと何も態度を変えない。
むしろ、もっと この少年を大事にするだろう。
だが、この少年が無意識にした事だ。
サンジに大切にされる理由を サンジに憧れ、唯一、生きる希望にしている少年が
淫らな行為を無意識にゾロへした事だと 知ったらその時の衝撃は 計り知れない。
何もかもに絶望するかもしれない。
ジジイが俺を守ってくれたように、ライを守りたい、サンジは言った。
もしも、ライが自ら 命を絶つようなことがあれば、
サンジがどれだけ 悲しむか、・・・・
ゾロの答えはそこに行きついた。
この事は、サンジに知らせるべきじゃない。
チョッパーには知らせておくけれど、サンジは知らなくてもいい事だ。
それがライのためであり、結果、サンジの為だ。
ライの気持ちに応える気もなければ、ゾロに対する気持ちを変える訳でもなし、
自分を何も変えないで、人を変える事が出来ると本気で思っているのか。
それが出来るのは、本当に自分に対しても、他人に対しても、気持ちを
自由自在に操れる、器用な人間だ。
そんな人間に程遠いサンジが どこまで あれだけ弱りきったライを
変えられるのか、ゾロは ほんの少し どす黒い心配を抱えている。
(嫉妬なんて、クソみっともねえ。)
自覚して、自己嫌悪になる。
サンジを信じていないのか。
そんな事はないのに。
静かな寝息を立てているライを眺めて ゾロは深く、息を吐き出した。
その夜。
目を覚ましたライにサンジが食事を与えている。
体が回復して行くに連れ、ライの精神状態が目に見えて不安定になって行く。
内臓も病に犯されていたのか、赤ん坊が食べるような味の薄い流動食でも、腹具合が芳しくない。
その度にサンジに抱えられ、用を足すのが嫌なのか、食事をあまり摂らない。
「そんなこっちゃ、いつまで経って元の身体に戻れねえぞ」と叱るけれど、
元々、自分が決めた事を簡単に曲げられない頑固なところもあり、サンジもてこずっていた。
「言う事をきかねえ奴の看病って、疲れるぜ。」と食事を作っている時、
何気なくチョッパーに愚痴ると
チョッパーは珍しく皮肉っぽい笑顔をサンジに向けた。
「少しは俺の苦労が判ったか?」
それに対して、サンジはチョッパーの目の前に 甘い飲み物を差し出しながら、
飄々と
「素直な患者ばっかり診てるから楽だろ。」と言ってのける。
「本当に俺の苦労が判ってくれたんなら、今度からは俺の言う事、
少しは聞いてくれる?」とチョッパーはサンジの返事を聞き流して尋ねた。
「いつも聞いてるだろ、俺はお前の患者の中でも素直な方だぜ。」
「言う事聞かなきゃ、メシ、食わネエ、なんて言って俺を脅すんだからな。」
と言って笑った。
次の日。
「ライ、お前、字が読めるか。」
朝、目が覚めて サンジはいきなりライに尋ねる。
ゾロから、ライが夢遊病のように男の体に寄って来た事を
伝え、それから 少し 効果の強い睡眠薬を処方された事で
朝はなかなかはっきりと目が覚めない。
けれど、サンジはその事を知らないので、お構いなく
ライを揺り起こした。
「・・・ジ・・・字くらい読めます・・・。」と寝ぼけながらライは
答えるが 意識はあまりはっきりしていない。
サンジは ライの腕を引っ張り上げ、無理矢理起こした。
「これ、読め。」とライの目の前に新聞を突き出す。
眼の焦点をあわせ、ライはその見出しを読んだ。
「大量の麻薬押収・・・?」
「史上最悪の取引・・・?」
×月×日
未明。
かねてから海軍は有力筋から 大量の麻薬取引がこの島の×××で行われるとの
情報を受け、待機していたところ、その情報どおりに麻薬の取引が行われている現場を
押さえる事に成功。
激しい銃撃戦の末、その麻薬を押収した。
死亡したのは・・・・。
そこまで読み終え、ライの顔色が変わった。
麻薬の取引に関わっていて、海軍に銃殺された男の名前の中に、
かつての仲間の名前があった。
「現場、ウソップが見て来たんだがな。お前の仲間の印を服に
縫いつけた奴らが大勢、死んでたそうだ。」
麻薬なんかの取引に関わる筈がない。
例え、カラメルに脅されて、自分を裏切ったとは言え、
もとは誇り高い賞金稼ぎのミルキービーの一角を担った男達なのだ。
「どう言う事だ・・・?」
唇を噛み締め、ライは写真入の新聞をじっと凝視した。
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