理由の有無   1  2  3  4 5 6 7 8 9 10  11 12 13 14. 
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「ロロノアさんは、なんで、サンジさんのことを好きになったんです?」

二人の間柄は男同士ながら恋人同士だ。
いや、それ以上の繋がりがあるとわかっているが、夫婦というのもしっくりこない。
一緒に暮らしていないからかもしれないが、
お互い、相手に対して馴れ馴れしい時もあれば、素っ気ない時もあり、
安定した関係に胡座をかくこともなく、きっと
何年もその関係を継続しながらも 今だに瑞々しい感情を持ちつづけている。

それはわかるが、サニートには若かっただろう、二人がどういう経緯で
こんな間柄になったのかを知りたがった。

若若しいといえば聞こえはいいが、まだ、血の気が多いサンジに聞いて
蹴り飛ばされるより、老獪な雰囲気を漂わせているゾロに聞いた方が
落ちついて話が聞けるだろう。

周りの間に聞くのは、身辺調査をしているようなものだと思うから、
どうしても本人に聞いて見たい。

「そんな昔の事は忘れた。」

二人は、ルフィの気まぐれで立ち寄った、小さな無人島に上陸して、
剣の稽古をしていた、それが一段落した休息の間の会話だ。

「・・・サンジさんもそう言ってました。」
「俺、聞きたいんです。教えてください。」とサニートは真剣な面持ちで
もう一度、ゾロに話してくれるように頼む。

「なんで、そんなに聞きたがる。」

何気なく尋ねて見たが、サニートの口から思い掛けない答えが返って来た。

「俺は、自分で伴侶を見つけられないから、本気で人を好きになっちゃいけないんです。」
「だから、生涯を共にする相手を見つけた瞬間って、どんな感じなのかなって。」
「・・・ちょっと待て。」

ゾロはサニートの言葉を遮った。
「自分で伴侶を見つけられないって、どう言うことだ?」

まさか、ビビやコーザがアラバスタの後継者だからと言って、
サニートを政略結婚させようとしているとは考えられない。

「俺、婚約者がいますから。」

サニートは、耳を指差す。ビビがつけていたのと同じ形、
アラバスタの後継者を現す、独特な形のピアスだ。

「これをつけている王族の男は、結婚しているのと同じ、と言う印なんです。」

ビビの従兄弟の娘、王族の血を受け継いだ、サニートよりも
2つ年上の少女がサニートの婚約者だという。

「俺が5歳の時におじい様が決めたんです。」

人を好きになったとしても、それは決して成就しない。
未来を共に行く人は、自分以外の誰かが決めた相手で、
立場上、それに抗う事も出来ないし、当然、覆す事も出来ない。

「お前、それでいいのか。」

別段、なんのわだかまりも不満も見せないサニートの口振りに
ゾロは怪訝な顔を向ける。

サンジの血を受け継いでいる割りに、女の子を見ても素っ気無かったのは、
そういう理由からだったのか、と納得できるが、
若い男がそんなに禁欲的でいいはずがない。悟りきったようなサニートの態度も
気に食わない。どこかに、「諦め」が匂うからだ。

「相手も同じでしょう。俺と無理矢理結婚させられるんだもの。」
「可哀想だなあ、とは思う。だから、幸せにしてあげなきゃ行けないんだろうけど。」

どうやったらいいのか、わからない、と言ってサニートは苦笑いをした。

「会った事はあるのか?」ゾロは、汗を拭いながら尋ねる。

アラバスタの王族はもっと開放的な考え方をしていると持っていたが、
やはり、それなりの掟はあるのだろう。だが、その型にはめるには、
サニートは異質過ぎるのではにないか、と思った。

「小さな頃からよく遊んでました。」
「同じ城の中に住んでるし、姉みたいなもんだと思ってました。」

サニートは、
「だから、人を好きになるってどんなものなのか、知りたくて。」
と話題を元に戻して、ゾロに「どうしてサンジを好きなのか、」をもう一度
聞いてくる。




「で、なんて答えたんだよ。」
その夜、格納庫で昼間のサニートとの会話をサンジに話すと、
面白そうにゾロに話の続きをせがむ。

「馬鹿だから、って答えたら、妙な顔してたぜ。」
皮肉っぽい表情を浮かべてゾロはそう言った。

「おい、マジでそんな答え方したのかよ。」

サンジは顔を顰めた。

「アラバスタの後継者」として、それを守るべき立場にあることを自覚し、
人を好きになる、と言う人間として当たり前の感情を自らを戒めている、
まだ 若いサニートの真剣な質問をふざけて答えたのだとしたら、
余り 感心できる事ではないし、ゾロらしい事だとは思えなかった。

ゾロは、そのサンジの険しい顔と、訝しげな表情で、その心中を知る。
(なんだ、結構気掛けてるんじゃねえか。)と言う事に気がつく。

「今のところは、そう言った。あとは、あいつが考えればいいだろ。」
「自分でわからねえ事を人に言えるわけもねえ。」

ゾロがサンジを好きな理由の事なのか、人を好きになる時の理由の事なのか、
余りわからないゾロの言葉にサンジは即座に、

「自分でわからねえって事って、俺のどこが好きか、わからねえって事か。」と
細かい事を聞いてくる。

今更、何をそんなにムキになって聞いて来るのか、その心理が判りかねたが、
「そうだ。」とゾロは答える。

「わからねえか。お前の方が俺より馬鹿だな。」
サンジは興ざめしたようにゾロの側を離れ、格納庫に設えた、急ごしらえの
寝床に潜りこんだ。

「お前の方が馬鹿だ。」
ゾロがそれにならって、その隣に身体を横たえる。

馬鹿だ、お前は。
お前の方こそ、馬鹿だ。

そんな会話を、一体何度交わしてきた事か、そしてこれからも
生き続ける限り、何度も、繰り返して行くことだろう、と思うと可笑しくて
二人とも、小さく吹き出した。

「お前が俺を馬鹿だと思う理由はなんだ。」
サンジは、ランプを吹き消した。

波の音が急に冴えたように思う。
それは、視界が漆黒の闇に塞がれて、聴覚が一瞬で研ぎ澄まされたせいだろう。

ランプに伸ばされていた手に、温かい掌が重なり、
指と指の間を割って、サンジの薄い掌を握りこむ。

「俺なんかに惚れたからだ。」笑いを含んだゾロの声がすぐ側で聞こえる。

本当は、理由がないから、ここまで自分を惹き付けて、捕らえて離さない、
唯一無二の存在であるのに、
理由を知りたがる、サンジの思考が愚かだと思う。

本当に必要だからこそ、理由などいらない。


「思いあがるな、間抜け。」
そういい返しながら、
手の甲に重なるゾロの手を穏やかに振り解き、今度は掌どうしが合う様に、
ゆっくりとサンジは指をゾロの指に絡めた。

仰向けになったサンジの唇にゾロの唇が降って来た。

軽く触れ合うと、サンジは小さく吐息を漏らす。

「お前が賢い男なら、俺なんかに惚れネエだろ。」とゾロは耳元で囁く。
何時の間にか、腕の中に閉じ込められていたから、サンジもゾロの背中に腕を回した。

「俺は、お前に惚れた、なんて一度も言ったことねえ。」
「これからも、言わねえよ。勝手に思いあがってろ。」
そういいながら、ゾロの身体を引き寄せた。

「俺は、お前に惚れてる。俺は馬鹿だ。」
天邪鬼なサンジの言葉をゾロは自分の口を使って変換した。
そして、それは自分自身の言葉と想いにもなる。

「お前の事が好きな理由なんてわからねえのに、お前に惚れてる事だけは
判る。俺は馬鹿だ。」ゾロは静かにサンジを抱きしめたまま、囁き続ける。

ゾロが自分の言葉を勝手に喋っているような気がして、サンジは居た堪れなくなった。

「もう、いい。判ったから黙れ。」
「お前がバカな事はもう、判ったから黙れ。」
ゾロは、その言葉に従ったわけではないが、サンジの唇を塞ぐ事で、
口を噤む。
そのまま、二人は温めあって、穏やかに眠りについた。

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